リベンジ退職

(松江城天守閣、by T.M)

毎日新聞 9/9

「辞める際に必要なデータをすべて消していった」「嫌みが込められたあいさつメールが送られてきた」――。職場で自分の上司や同僚らが退職した際に、そんな困った事態を経験した人が約1割いることが、経営コンサルタント会社「スコラ・コンサルト」(東京都)が行った調査で分かった。会社を辞める際に報復的な行動をとることは「リベンジ退職」と呼ばれる。転職のハードルが以前ほど高くなくなっている中、職場でいま、何が起きているのか。

 「リベンジ退職と言われるものがどれぐらい発生しているのだろうかと考えて、実態を調べてみることにしました」。スコラ・コンサルトの簑原麻穂(みのはら・あさほ)社長は調査のきっかけをそう話す。

 今年5月、転職や働くことに関する意識についてインターネットを通じてアンケートを行い、全国の社員100人以上の企業に勤める一般社員と管理職の男女計2106人から有効回答を得た。(略)

こんなこと、なんで話題になるんだろうと思う記事です。私の意見を書く前に、この記事へのヤフコメが面白かったんで紹介します。次のヤフコメなんですが、web上で名前を売りたい自称評論家のものです。

リベンジ退職」は個人の問題ではなく、組織の構造的課題が表面化した現象のようだ。背景には3つの要因があるだろに労働条件と期待のギャップ。入社後のミスマッチが主因だ。第二、上司と部下間のコミュニケーション、キャリア形成機会の不足もある。成長機会を求める社員に対し、多くの企業が十分な環境を提供できていない。第三、評価制度に対する不満も大きい。企業が重視する数値的成果と、従業員が評価されたいプロセスや努力との認識ギャップが不信感を生む。(以後、略)

なんか、バカバカしい評論です。なぜって、こういうことってもう何十年も前からあったことです。それを何をいまさら、難しく解釈しようとするのでしょう。話題作りのための記事としか思えません。

労使関係って、要するに人間関係のことです。どちらが、いいとか悪いとかはありません。

労働基準監督官やっていて、最初に先輩に教わるのは次のようなことです。

「監督署で労使間のトラブルを扱う場合は、①経営者がおかしい、②労働者がおかしい、③両方おかしい、の3通りしかない。だから、必ず不愉快な人と会う」

労使関係とは、労使対等のもとに締結された労働契約に基づくものですが、実態は人間関係のドロドロしたものです。ブラック企業が悪いのか、リベンジ退職する労働者が悪いのかなんて、すぐに判断できるはずはありません。

リベンジ退職する労働者にひとつアドバイスがあるとしたら、気に入らないのは「①直接の人間関係か、②劣悪な労働環境を許している会社か」それを見極めて下さいということです。「たまたま人間関係が悪かったからといって、会社全体を攻撃してよいのか」、あるいは「会社の方針が悪いのに、偶然に直接の上司等になった者を恨むのか」、リベンジのやり方もそれによって変わってくると思いますし、それを間違えるとリベンジした者の品性が疑われるということです。

事前送検

(出雲大社、by T.M)

お久しぶりです。何か、来年1月から発行部数3万部ほどの安全衛生関係の雑誌に私の記事の連載がされそうです。詳細は決定してからお知らせします。しかし、こういう話はもっと若い時に欲しかったと思います。

琉球新報 9/3

那覇労働基準監督署は2日、フォークリフトの運転資格がない従業員に運転業務をさせたとして、浦添市の運送会社と同従業員を労働安全衛生法違反の疑いで那覇地検に書類送検した。

同署によると、今年2月、同従業員は資格を持たずに同社倉庫で最大荷重1・5トンのフォークリフトを運転した疑いがある。

短い記事なんですが、監督署はよくやったと褒めたいと思います。

どうして、この送検のことを褒めるのかというと、「死亡災害」が関係してないからです。厚生労働省のHPには、定期的に全国の労働基準監督署が送検した事例を掲載しているのですが、労働安全衛生法関係の送検は、ほとんどが死亡災害がらみです。

今回のような送検を監督署では、「死亡災害の発生する前に送検する」ので「事前送検」と呼びます(嫌な言い方です)。

事前送検される事業場は、ある意味「死亡災害」を発生させる事業場より悪質です。なぜなら、たった1回の法違反を監督署が見つけたからといって送検されることは絶対にありません。繰り返し法違反を行っているのを、監督署がマークしているから送検までするのです。もしかしたら、そのような会社の中から、誰かが内部告発するケースもあります。

事前送検は死亡送検と違ってやり易い側面があります。

(注)労災死亡災害関係の送検を監督署内部では、「事前送検」と対にして「葬式送検」と呼びますが、その呼び方は嫌なので、このブログでは「死亡送検」と呼びます。

事前送検では、証人がすべて揃っているのです。死亡送検は、最大の証人が事故で亡くなっていることがほとんどなので、犯罪行為の立証が難しいのです。

もちろん、事前送検にもやりにくい所はあります。その最大の理由は「被疑者の抵抗が強い」ということです。死亡送検なら、送検去れる方はある程度覚悟しているのですが、事前送検の場合は、「これくらいでなんで自分が」と思っているケースがほとんどです。ですから、事前送の場合は監督署は最悪のケースを予想します。それは、裁判所から令状をとっての「強制捜査」を実施することです。(「逮捕」はさすがに難しいかも)

今回の那覇署の送検がどのくらい被疑会社の抵抗があったかは分かりませんが、多分色々なドラマがあったはずです。それが想像できるから、この送検はすごいと思うのです。

大谷!

(伯耆富士とも呼ばれる大山を望むJR伯備線の車窓、by T.M)

8/13 スポーツ報知

ハワイ州巡回裁判所に提出された訴状では、2人が当地のハプナコーストに14戸の住宅を建設し、1戸あたり平均1730万ドル(約25億円)で販売する計画を11年前に立てたとされる。23年に同プロジェクトの広告塔として大谷と契約を締結。1戸の購入やオフシーズンの滞在など約束し、日本への波及効果を見込んでいたが、その後バレロ氏が開発側に繰り返し譲歩を要求。「話が通らなければ大谷を撤退させる」と脅したといい、今年7月には同氏の要求によって2人が解雇されたとしている。

原告側は「これは権力の乱用だ。被告は脅迫と根拠のない法的主張で原告を追い出した。(大谷も)行動の責任を負うべきであり、代理人に守られるべきではない」と数百万ドル程度の損失を主張。請求する賠償額は裁判で決めるとしている。バレロ氏の代理人事務所「CAA」社はこの件に関するコメントを拒否した。

よく訳の分からない訴訟ですね。結局、この記事は何を言いたいんだろう。

1 原告は、「解雇」されたことが不当だと主張している

2 原告は、「解雇の原因」を作ったのが「大谷」であると主張している

3 だから、原告は大谷を訴えた

この記事の分からないことは、「原告を解雇した会社は誰だ」ということです。別に、「大谷」が解雇した訳ではありません。その会社のことが、この記事にはまったくでてこないのです(原告を解雇した相手を「A社」と呼びます)。

日本の元労働基準監督官からしたら、解雇問題ですから、「原告は労働契約の締結者であり、その契約を解除したA社」相手に裁判をすべきと考えます。要するに、今回の問題は、日本の企業に置き換えたら次のようなケースに該当すると思います。

  1 労働者XはT会社に勤務していた。

  2 T会社の顧客Yは、労働者Xの態度が悪いとT会社にクレームを入れた

  3 T会社は顧客Yのクレームに屈し、労働者Xを解雇した

この場合、「解雇権の濫用」で争うのは、あくまで労働者XとT会社であり、「顧客Yのクレーム」の正当性についてはT会社と顧客Yが争えば良いだけです。

なんか、この原告は「金を持っていそうな大谷」を訴えたような気がします。またA社と原告の関係も気になります。意外とA社と原告は「仲が良かった」ことも考えられます。

話は変わりますが、労災事故でもよくこんなことが起こります。会社の安全管理が悪くて死亡災害が発生したのに、なぜか遺族は会社を恨むのでなく、被災者の直接の上司を恨むのです。被災者の心情としては、抽象的な「会社」という概念より、目の前の「個人」を恨みたくなるものなのですよね。また、会社側をあえて「上司」を恨ませるように誘導することもあります。労災事故は殺人事件とは違いますので、「誰が起こした」というより、「管理体制の不備」「事業トップの無理解」が原因であることがほとんどなのです。

だから、労災事故が発生した時は事業主が第一番目に責任を取るべきなのです。

最低賃金の季節

(イタリア山公園の庭園・横浜市中区、by T.M)

7/5 朝日新聞

「担々麺一つ、ギョーザ一つですね」

 6月下旬、千葉県我孫子市のラーメン店「豆でっぽう」では、アルバイトの竹原久美子さんが店の前に並ぶ客から注文を取って回っていた。

 茨城県取手市の自宅から週4回、約30分かけて電車で通う。

 5年ほど前までは自宅近くのコンビニで働いていたが、当時100円以上高かった時給が魅力で移った。アルバイト9人中3人が茨城から通う。「茨城組」が集まるLINEグループもある。

 「通勤に多少時間がかかっても、時給100円の差は大きい」。竹原さんの時給は1150円。月に7万円以上稼ぐ。茨城より時給が高いのは、ベースとなる最低賃金の差と連動しているためだ。

毎年秋に改定となる最低賃金が話題となる季節になりました。(そのうち、「最低賃金」が俳句の季語になるんじゃないかな)。毎年恒例の最低賃金に関する、私の提案の話です。毎回同じこと書いているけど、

   派遣業労働者への全国一律の産業別最低賃金

を設定しましょうよ。もちろん、この金額は東京都の地域最低賃金を上回る額でなければなりません。産業別(特定)最低賃金とは、昔はけっこうあった制度で業種別に最低賃金を決めていくことです。聞きなれない言葉でしょうが、現在でもあります。例えば、茨城県の鉄鋼業で働く人は、茨城県の地域最低賃金の1005円でなく、鉄鋼業最低賃金1098円が適用されます。ある意味雇用が不安定な派遣社員の賃金は高く設定されるべきです。もちろん、短期雇用のスポットバイト等の賃金についても上げるべきですが、まずは突破口として派遣業労働者の賃金に手をつけるべきでしょう。

派遣業の最低賃金の話をしたついでに、何年か前にも書いたけど、派遣業の問題点についてまた書きます。

   派遣業では、構造的に違法残業が発生しています

「構造的な違法残業」の説明をする前に、「正常な残業」とは何かを説明します。1日8時間の法定労働時間(例外有)以上の残業をするためには、労働基準法第36条に規定された労使協定(36協定)を締結し、「残業をすること」について、労働者代表の承諾を得なければなりません。労働者代表の承諾がない残業は、すべて違法残業となります。

一般的な民間企業では、この労働者代表を選出するための、なんらかの民主的な方法がとられています(そのはずですが・・・)。そして、労働者代表は使用者に意見を言える立場です。

さて、派遣業についてなんですが、派遣業の36協定は派遣元で締結されます。例えば、X社という派遣会社が、A工場に10人派遣、B工場に10人派遣、C工場に10人派遣、本社で10人労働者いたとします。X社では、全ての派遣先労働者と本社労働者の合計40人の労働者から労働者代表を選任しなければなりませんが、A工場に派遣されている労働者はB工場やC工場、本社でどのような人がいるのかを知りません。また、自分が労働者代表に立候補したくても、他の職場に伝える方法はありません。だから、選ばれるのは必ず本社の事務担当者ということになります。このようにして選ばれた「労働者代表」が36協定の締結者となっているのです。適切な労働者代表が選出されないという理由で、構造的に派遣業では違法残業が発生しているのが現状です。

さて、最低賃金の話をはじめたら、なんか派遣業の話になりました。派遣業と最低賃金についての詳細な話は、また後でします。

損害賠償

(オナガ・智光山公園こども動物園、by T.M)

7/28 東海テレビ

愛知県江南市の教育委員会によりますと、市立古知野中学校で7月18日夕方、プールの水を足そうとした教師が水道の栓を閉め忘れて帰宅し、3連休明けの22日朝まで水が出たままになっていました。

 プールおよそ2杯分1031立方メートルの水が流出し、余計な水道代およそ52万円には公費を充てる方針です。

 文科省は2024年、プールの管理をめぐり教師の業務の負担を減らすとともに特定の教師に賠償責任を負わせないよう求める通知をしていました。

 学校では閉め忘れを防ぐため栓を開ける前に「水を止める」と書いたメモをデスクに残す決まりでしたが、今回の教師はメモを書いていなかったということです。

この記事は「余計な水道代およそ52万円には公費を充てる方針です」という文言を強調し、公務員のミスのために税金を無駄にしたと印象づけたいだろうけど、仕方がない処置でしょう。職員のミスで事業場に損害がでた時に、一方的にその職員に弁済を負わせようとするなら、元労働基準監督官としてはひと言いいたくなります。相手が民間企業であっても、役所であってもあたり前のことです。

以前発生した同じような事件では、学校の職員が弁済したことが新聞記事に載っていました。バカげたことです。その先生は支払いを拒否をすればよかったのにと思います。裁判やったら、多分職員の方が勝つと思います。

それにしても、お粗末な事故ですよね。再発防止対策は簡単だと思います。一番確実なのはハード的措置を行うこと。「プールへの流量が一定以上なら水道をストップさせる」「プールからの排出量が一定以上なら、水の流入を辞める」等です。また、遠隔で監視というのもまたいいかもしれません。

また、古い設備なのでアナログでいきたいというなら、それこそ労働安全衛生の点検基準を参考にすればよいのです

    1 責任者及び担当者を決める

    2 チェックリストを作成する

    3 担当者がチェックし、チェックリスト記入後、

          責任者がチェックリストをチェック

一番いけないことは、一人の人間にまかせること。人は必ずミスをすることを前提に、ミスをカバーできる体制を作ることです。公的機関ではこのへんの管理体制がまったくできていないところも多く、多分上記記事の学校現場もそのようなものではなかったかと思います。それで事件が発生すると、責任はすべて現場では、現場の職員はやってられません。

某公的機関に、「安全経費は予算の優先順位の最上位として下さい」と言ったら怪訝な顔をされました。「なぜ」と聞かれたので、「安全第一だからです」と答えたら、ようやく納得されました。要するに、そんなこと考えたことなかったんですね。