私は建設現場の監督で恥をかきましたー外伝(1)

DSCN0161

私の尊敬するS原氏のことをもう少し書きたい。

ある日、私が監督から戻ってくると、監督署の相談窓口がなにか騒がしい。カウンターの前には、私の先輩のY監督官が座っている、その前にはスーツ姿の男が4人。そして、その後ろには10人位の作業服姿の男が起立して控えている。

私は席に戻ると、隣のA女性監督官に事情を尋ねた。
「どうしたんですか・・・」
「ほら。こないだの電鉄事故・・・」
とA女史は話はじめた。
先日、私鉄の電線工事に関係して労災事故が発生した。高所の作業場で電極が剥き出しになっている個所があり、通電中にそこに接触した労働者が墜落し、事故後4ヶ月たった現在まで意識が戻らないのだ。
その事故の担当となった、私より1年先輩のY監督官は、2週間ほど前に現場代理人を呼出し、安全管理体制の是正を求め文書指導を行ったのだ。
ところが、ややこしいことにその現場の統括責任者は現場に一度も来たことのない、電鉄会社だったことが、この騒動の原因なのである。

建設業の現場について不明な方に断っておくが、建設現場の安全管理体制と言うのは、法律上、製造業等の他業種とはまったく違うものである。
派遣法ができてからは、特に厳しくなったが、製造業においては、元請けは同じ工場で働く下請け労働者が不安全行動をしていても、直接是正の指示ができない。例えば、粉じん職場において、粉じんマスクをしていない者を元請け職員が現認しても、直接に「マスク着用」と指示せずに、その下請労働者の所属する会社の責任者に述べてから、その責任者を通し労働者に注意してもらうしかないのである。なぜなら、もし元請けの労働者が直接に下請けの労働者に「マスク着用」と言えば、元請労働者が下請労働者を指揮命令したことになり、偽装請負の問題が発生してしまう可能性があるのだ。
(もっとも、私の知合いの某自動車部品工場の工場長は、こう言っている。「労働安全に元請けも下請けもあるか。不安全行動しているものがいたら、気づいた者が注意しろと私の工場では決めている。」 私はこの工場長が正しいと思うが、それを書くと長くなるので、また後日)

(続く)

私は建設現場の監督で恥をかきましたー外伝(2)

DSCN0156

(続き)
製造業と建設業の安全管理の違いについて、もう少し説明する。

製造業と建設業の相違で一番顕著なものは、労災保険の適用の問題である。大規模製造業の甲社の敷地内に、構内協力会社として、乙社、丙社があるとすると、甲も乙も丙も、それぞれ個別に公的な労災保険に加入しなければならない。労働基準監督署に「継続事業」として登録するのである。
建設業の場合は、元請けが労災保険に加入する。つまり、元請けA社の1次下請けにB社、2次下請けにC社とあれば、A社はB社、C社の労働者の分を含め労災保険に「有期事業」として登録されるのである。その労災保険料は、例えば元請けA社の請負代金を基に算出される。
元請けに建設現場の統括責任を負わせるといった制度は建設現場の安全管理に有効なのだが、ここで問題がいくつか発生するケースがある。それは、プラント建設工事等によく見受けられるのだが、施工能力のない元請けが名目上の元請けになってしまうことがあるのだ。例えば、地方公共団体が、大きなゴミ処理プラント工事を発注し、プラントメーカーが受注した場合、プラントメーカーは工事が困難になればなるほど、その工事を優秀なゼネコンにまかせ、自分たちは機械の納入、据付け工事だけを行うケースが多い。しかし、地方公共団体の入札は自分たちがやるので、名目上の元請けは工事開始から最終までプラントメーカーということになってしまう。この偽装請負と紙一重の施工管理体制では、うまく仕事が回っている時は良いが、一度歯車が狂うと、責任体制があいまいとなってしまうのである。

今回、監督署のY監督官が担当となった事故はまさしくそのケースだった。工事は大手電鉄会社のX社が書類上元請ということになっていた。しかし、実際は鉄道工事専門ゼネコンのY社が施工管理を行っていたのだ。今回の事故で、Y監督官は、マニュアル通り、元請けのX社の代表取締役宛てに指導票を交付したが、それが気に入らないとしてX社がY社をはじめとする下請けの主だった者を引き連れ、監督署に文句を言いにきたのだ。
カウンターで講義を続けるX社の4人は、元請の安全衛生の責任者とその部下たちだが、どうも全員が現場を知らない事務屋さんのようだった。
(続く)

私は建設現場の監督で恥をかきましたー外伝(3)

DSCN0158

(続き)
X社の4人の男の態度は不遜だ。Y監督官を見下して話している。「わが社は決して、安全管理を指摘されるような会社ではない。」しゃべっているのは社内の地位が高そうな太った男。まるでパワハラ上司が部下を説教するように話す。

また、担当のY監督官も、あまり良くない。彼は頭はいいのだが、気が弱く、人を説得できない。現場でいかに仕事をおさめるかよりも、上司の評価を気にするタイプ。署の監督官でいるより、早く出世して、局や本省で現場に関係ない仕事をすることが似合うタイプだ。

X社の男の声がひときわ高くなった時に、Y監督官の後ろで聞いていた次長のS次長が動いた。Y監督官の隣に座り、X社の4人と対峙した。

私の隣のA女史が、私に向かい小声で話した。
「もめるわよ。」
私は尋ねた。
「どうして」
A女史は答えた。
「あの人たちね、この署にくる前に挨拶だとか言って、局に先に言ったのよ。そして、ここに来る前に署長のところに行ったの。署長も管内の有力企業の偉いさんが来たから相手をした。それから、ここへ来てY監督官に回りに聞こえるように、文句を言っている。
Y監督官も確かに悪い。何が悪いのか説明不足の点がある。
でもね、あのX社の一番偉そうな男は、自分が偉いんだっていうことを、下請けの人たちに見せつけるために、彼らを今後ろに立たせているんでしょ。」
A女史の声は、期待に満ちてとても弾んでいた。
S次長の欠点はケンカ早いことである。

S次長は、4人に次々と名刺を差し出した。そして、いきなり尋ねた。
「それで、今回の災害はなぜ発生したんですか?」
男達はS次長の突然の言いように面食らったようだった。
S次長は続けた。
「そして、再発防止措置を説明してくれますか。」
4人の男のうちの一人が何か言った。
「今は、そんなことを話しているんではない。」

(続く)