長時間労働規制の問題点(8)

(大宮動物公園で撮影、by T.M)

前回お話ししたとおり、労働者は①適切な理由、②就業規則への記載、③36協定の締結という3点が整ってしまうと、会社の残業命令は拒否できなくなり、断ってしまうと解雇されることもありうるのです。

この3点を順番に検討していくと、
一つ目の「適切な残業をする理由があること」については、残りのふたつの要素と比較し、まだ解釈の余地があるもので、実際に労働者が解雇された場合は、争う材料となりえます。
しかし、二つ目と三つ目は適切な手続きをしろという、手続きの問題なので、労働者が異議を挟むことはできません。

もちろん、「就業規則」も「36協定」もその成立過程において、労働者の過半数を代表する者が事業主に対し、意見を言うことも、書類への署名押印を拒否することもできます。

問題は、「労働者個人」が「労働者代表」に対し適切な意見を言えるかどうかの保証はないということです。「労働者代表」は民主的に選出されさえすれば、個別労働者の意見は別に無視してもかまわないのです。個別労働者は自分が選出していない代表であても、他の労働者が選んでいれば、その労働者代表が事業主と締結した36協定に従うしかないのです。

大きな組織になればなるほど、少数の個人の意思は無視されるものです。労働組合のように個別労働者の権利・保護を目的のため存在する組織でも、それは同じです。
組織の維持が、大きな意味で組合員の生活をまもることに繋がっていて、そのために組織の維持を第一に考える時に、組合代表が、どれだけ組合の団結を大切にし、労働者の個人ごとの事情を考慮しようとも、意見に反対のものは現れるのです。
y

長時間労働規制の問題点(7)

(写真提供 T.M氏)

36協定の第2番目の問題について、残業を受け入れることについての、個人の労働者の意思の反映ということを挙げます。

平成3年11月28日に、最高裁で、時間外労働(=残業)に関する極めて重要な裁判の判決が言い渡されました。
残業を拒否したことを理由に懲戒解雇された労働者が、それを不服として、解雇無効を訴えた裁判です。いわゆる「日立製作所武蔵工場事件」です。

その判決は労働者側の訴えを退け、懲戒解雇を有効としました。

その時に最高裁は、会社側に残業の命令権が発生するためには、次の条件が必要だとしています。
第一 会社が労働者に残業を命じる適正な理由
第二 就業規則に、当該会社には「残業を命じることがある」と明記されていること。
第三 36協定が有効に締結されていること。 

つまり、上記の3条件が整っていれば、労働者が残業を拒否した時に、会社は労働者を懲戒解雇できるのです。

 (注) ただし、この裁判の事例では、会社側は残業を拒否した労働者に対し、直ぐに懲戒解雇したものではない。複数回の残業拒否の事実の確認の後に適正な、社内手続きにより解雇が行われた。
会社が上記な理由で労働者を解雇するような場合は、まず、第1回目の残業拒否については、「注意処分」とし、第2回目は始末書の提出を命じる「訓告処分」、第3回目は「減給制裁」、第4回目は「出勤停止」、そして最後は「懲戒解雇」となる。
この処分手続きについては、当然就業規則に記載があるもので、1回ごとの処分について、その度に懲罰委員会が開催される。
この懲罰委員会は社内裁判にあたるもので、事実関係の確認と処分内容の妥当性が確認された後、会社代表への意見具申をするものであるが、その委員には、過半数組合が選出した者もいる。

長時間労働規制の問題点(6)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

(ウチの猫たち)

過半数労働組合がない会社においての36協定の締結は、労働者の過半数代表者が適正に選出されていないケースが多く、労働者の意見が反映されていないということは、労働基準監督署の現場の監督官の間では常識でした。

その典型的な事例は、「派遣業」です。
派遣会社の多くは、過半数組合を持ちません。そこで36協定の締結のためには、労働者の代表を選出する必要があります。派遣業の36協定は、労働基準法と派遣法の定めでは、派遣元が一括して作成することが義務です。
派遣元は、いくつかの派遣先を持つことが通常です。例えば、A社、B社・・・H社などですが、ここで困ることは、A社へ派遣している派遣社員と、B社に派遣している派遣社員がまったく面識がなく、またA社とB社では派遣先の労働時間に関する勤務形態がまったく違うという場合が多いということです。
お互いが、一面識もまったくないの同士で、どうやって自分たちの意見を反映させる代表を選出することが可能でしょうか。また、何とか代表を選出したとしても、お互いの労働条件が違うのに、どうして「労働時間の規制」について、意見を言うことができるでしょうか。

従って、派遣会社が法を遵守しようと思えば、派遣元本社の労働者が労働者代表に立候補し、派遣先の各労働者の賛意を個別事業場ごとに得るしかないのです。
これで、法違反はなくなりますが、そのようにして締結された36協定が、果たして「残業時間の上限」を労使の話合いによって決定するといった協定本来の主旨に合うものであるか、甚だ疑問です。

これは、「会社の問題」というよりも、そもそも「法の欠点」と言うべきものだと思います。

長時間労働規制の問題点(5)

(横浜では桜の季節も終わりました・・・)

過半数労働組合が、36協定の締結者であること以外にも、労働基準法・労働安全衛生法の法規定上、重要な役割を果たすことは、今思い出せる範囲でもいくつもあります。
①  就業規則の意見書を出す
②  有給休暇の一斉付与の協定書締結
③  賃金控除の協定書締結
④  労働安全衛生委員会への委員の選出
また、労働法規に明記してなくても、
 「従業員の不法行為に対する懲罰委員会への委員の選出」
 「従業員を解雇する時の意見の提出」等
が過半数労働組合の業務の一部となっています。

さて、では「過半数組合がない会社」において、その代替をする者は誰でしょうか。それは、労働基準法等には「労働者の過半数を代表する者」となっています。
では、労働者の過半数を代表する者とはどのように選出されるのでしょうか。それが実は、労働基準法にも細部に渡る明確な規定はないのです。労働基準法施行規則第6条の2には、「会社の管理職が代表とはなってはいけない」「代表は挙手等の民主的な方法で選出されなければいけない」と規定されているのですが、具体的な手順について示されているものは何もありません。

例えば、会社が立候補者を募り、選挙を行い、結果を発表しても、それは公正な選挙といえるのでしょうか。会社が選挙の事務手続きにどこまで関与していいかは、一切決められていないのです。
選挙管理委員を、労働者から選んでから選挙を行えばいいという意見もありますが、選挙管理委員を選ぶ「選挙」をどうするかで、同じ問題が発生します。
客観的に見て、公正であることに会社側が細心の注意を払い、従業員代表の選挙を行おうとしても、立候補者がいない場合、会社側が従業員の1人を指名し、その人の信任を従業員全員に選挙等の方法で得た場合、その人は法に違反なく労働者の過半数を代表する者と言えるのでしょうか。その是非を問う判例等の資料は何もないのです。

長時間労働規制の問題点(4)

(大岡川の満開の桜です)

過半数労働組合があれば、闘争手段はいくらでもあります。
私が、労働基準監督官に採用された30年ほど前に、労働組合がよく仕掛けた闘争手段が36協定を締結しないという方法でした。

労働組合の要求、例えば賃上げ・ベースアップ等に会社が満額回答しなければ、36協定に労働側がサインしないのです。こうすると、労働者が行う残業はすべて違法残業となってしまいます。
どこの会社でも、すぐに残業がゼロにできる訳ではありませんし、昔は現在ほど、労働者も使用者も36協定のことをそれほど気にしてはいません。そうすると、労働者は36協定の期限切れの後も通常どおりに残業をしますので、法違反がどんどん累積していく訳で、頃合いを見計らって、労働組合は労働基準法第32条違反で監督署に申告するのです。

監督官が会社に臨検監督に行くと、法違反は明白なので是正勧告書交付ということになるのですが、会社は渋い顔で対応します。
労働組合は、監督署から是正勧告が出たということで、「今度は刑事告訴だ」と会社を脅しますが、そこまではしません。
監督署の立場としては、会社に「法を遵守しろ」と言う一方で、内心では組合に、「そこまで言うのなら、組合員に命じて、残業拒否闘争でもやればいいのに」と思いますが、組合はそうはしません。残業代がでなくなった場合の組合員の反発が怖いのです。もっとも、組合に言わせると、「生活残業をしなくてもよいほど、会社はベースアップをしろ」ということになります。

目的が「違法残業の告発や防止」でなく、別のところにある36協定闘争は、監督署にとって迷惑そのものでしたが、よくよく考えてみると、現在の過重労働対策には、労働組合が検討しても良いような手法に思えます。