長時間労働規制の問題点(17)


(5月28日の日曜日、日本丸の帆が満開でした)

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話が少しそれます。「ちょっと今から仕事やめてくる」という映画を観ましたが、とてもよかったです。社内パワハラを題材とした物語で、原作の本が上梓されたのは、2015年の2月。電通事件(被災者の自殺)はそれから10ヶ月後です。まさしく、時代を反映した作品です。御興味のある方はぜひ御覧下さい。
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(前回ブログの続きを書きます。)
「36協定(労使協定)」による上限時間の制限より、個別の労働契約による時間制限の方が、「働き方改革」には有効ではないかという問題提起の事例をもうひとつ挙げます。前回は、女性パートタイマーの事例を書きましたので、今回は、ホワイトカラー男性に置き換えてみます。

Xさんは、現在仕事が面白くて、面白くてたまりません。自分の仕事が世の中に影響を与えていると思っていますし、仕事仲間を信頼できますし、収入もほどほどにあります。彼はこの仕事のために「倒れても後悔はない」とさえ思っています。
Xさんの同僚のYさんは、親御さんの介護をしなければならなくて、最近は残業をすることが苦しくなってきました。なんとか定時に帰りたいといつも思っています。

このXさんのような方と、Yさんのような方が自ら残業時間を選択できるようになって、Xさんは「ひと月60時間の残業」を選択し、Yさんが「残業ゼロ」を選択できるような社会制度が理想ではないでしょうか。

もちろん、XさんとYさんでは、将来的に会社内の地位に違いがでてきます。しかし、それこそ、本人の「選択」の問題であると思います。

長時間労働規制の問題点(16)

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(MOMA、in N.Y)

私は、このブログで現在の労働時間制度への提案を2つ行いたいと思います。

その一番目は
  「36協定による、労働時間上限制度の廃止もしくは緩和」
です。労働時間の上限規制を「労働組合」との協定でなく、労働者個人の契約に委ねてしまうのです。

現在は、「過半数組合」もしくは「過半数組合の代表者」が締結した協定によって、個人の労働時間の縛りができます。このブログで紹介したように、最高裁判例では、「36協定を締結したことにより、企業に残業をさせる権利」が発生しますので、36協定の範囲内の残業命令に逆らうと企業から懲戒処分される可能性があります。しかし、個別契約で各々の労働者が、「自分は何時間まで残業可能です。」と契約しておけば、この残業命令が納得できるのではないでしょうか。

ある会社がパートタイマーを、新たに2人雇用したとします。そのうちの1名のAさんは「自分は育児があるので、残業はできない」という立場であり、Bさんは「生活が苦しいので、少しでも多く稼ぎたいから残業したい」と思っていたとします。しかし、このAさんも、Bさんも、会社と労働者代表が予め締結していた36協定の残業時間の上限時間に従わなければならないのが実情です。

これを、Aさん、Bさんの個別契約により、「Aさんは、残業不可」「Bさんは、ひと月残業45時間まで」と出来るようにしたら、労使双方の益になることではないだろうか。

もちろん、この私の提案には次のような反論が予測できます。
「労働者は弱い立場なので、個別契約では、結局は使用者の言うことを聞かんばければならない」
「採用されるのは、残業不可のAさんではなく、残業オーケーのBさんのような人ばかりになる」
「36協定を締結した上で、個別労働者の意見を反映できるようにすればよい」
といったものです。

長時間労働規制の問題点(15)

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(アンディウォフォール、NYのMOMAにて)

(続き)

「私はこれから是正勧告書を交付する。それの受取りを拒否するなら、それを止めることはできない。あなた方に法の主旨を諭さなければならない立場だが、今回はあなた方が正しいと思う。
通常、是正勧告書を交付するといえば、大きな会社は何も言わずにそれを受取る。あなた方は、それに反論してきた。私は当初、『こいつら、何を言っているんだ』と思ったが、実はあなた方こそが、私の話に誠実に対応をしていることが分かった。まことに申し訳ないことをした。
あなた方の主張は本省に伝えたのだが、本省は方針を変えず、あなた方に是正勧告書を交付すべきだと言ってきた。
ひとつ提案がある。本日、私の名前で是正勧告書を交付するので、受取って欲しい。そして、この勧告書に対する反論という形で、私に対する『報告書』として、あなた方の主張を述べて欲しい。
その『報告書』を持って、もう一度本省と協議する。」

弁護士と会社は私の提案に乗り、是正勧告書を受領した上で、「是正勧告書に記載されていた法違反」の是正はせずに、「独立した事業場でもない支店が、36協定を締結することはできない。それこそが労働基準法で規定されている、労働者ー使用者の関係を否定するものだ」と記載された報告書を提出してきました。
私はそれを本省に報告しましたが、本省はそれを無視しました。

もっとも、その会社は今でも、本省の主張する「法違反」を継続しており、本省はそれに対して「書類送検しろ」とは命令してこないので、結果として黙認ということになっています。

長時間労働規制の問題点(14)


(写真撮影、by T.M)

「名ばかり店長」の問題は、「適用事業場の概念」に大きな変動があったからだとすれば、説明がつきます。そもそも、現在では「場所的に離れているから独立した事業場であり、独立した労使関係が成立している」という考えはそぐわないのです。

私はこのことに気付いた時に、これは大きな問題となると思いました。
適用事業場の概念は、労働基準法の問題だけでなく、労働安全衛生の基本的な考えであり、労災保険の適用の考え方も、この「場所的概念を基にした事業場」に立脚しているからです。
ただ、この問題を放置すれば「名ばかり店長」の問題は解決しないと思いました。
そこで、前回の記事で説明をした弁護士の意見を本省に説明し、次のような意見具申を、局を通し本省に行いました
  「場所的に離れていても、直近上位の組織により支配を受けている事業場は、
   ひとつの適用事業場とみなさずに、直近上位の組織の一部とみなし、36
   協定・就業規則等は直近上位の労使関係に組込む」
すると、本省の見解は「一地方機関が本省のやることに何をケチつけてるんだ」というようなものでした。

私は、本省に何を言っても無駄だと思い、そのことを弁護士に説明しました。
そして、その弁護士に次のように説明しました。
「私は、あなたの主張が正しいと思う。しかし、私は、現在36協定を提出していない支店については、『適用事業場なので、36協定を監督署に提出していないことが法違反となる』として是正勧告書を交付しなければならない立場である。」

   (続く)

長時間労働規制の問題点(13)


(大宮動物公園で撮影、by T.M)

その弁護士は、次のようなことを何度も主張しました。
「本社が一括管理しているんだから、問題がないんだ」
私は、他の事業場が一支店ごとに36協定を締結しているのにおかしなことを主張するなと思っていました。しかし、「名ばかり店長」の問題を考えている時に、弁護士のこの主張を思い出し、気づきました。
弁護士が正しく、行政機関の考えが間違っていたのです。

労働基準法と労働安全衛生法では、「適用事業場」という考えが基本にあります。
「労働基準法第9条 労働者とは、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」
ここで述べる、「事業又は事務所」の概念は、「場所的概念によって決定すべきもの」とされています。
つまり、労働の基本である「使用者」と「労働者」の関係は、「場所」により規定される事業場で成立しているという考えです。
この考えは、50年前は正しかったと思います。インターネット等の通信手段がなく、場所が離れた事業場は、それぞれ独立した労使関係しか築けなかったのです。労働基準法はこの時代の労使関係を基準に作られているため、36協定等はこの単位でしか締結するしかなかたのです。

しかし、現在では、「場所が離れているから」独立した事業場という考えができなくなりました。
平成20年にマクドナルドの店長が、「自分は管理職」でないと申立て、残業代を請求して勝訴しました。いわゆる「名ばかり店長」事件ですが、マクドナルドも1970年に銀座に1号店ができた時は、そこは「名ばかり店長」の店ではなかったのです。店長が独立した労務関係の権限を持っていました。
それから、40年して店舗には、「店長」がいなくなりました。本店が、POSシステム等を通し、遠隔場所の店舗も管理するようになったのです。