ダブルワークと労災保険(2)

(みなとみらいの夜景、by T.M)

先日、「MOV」というアプリをスマホにいれました。タクシーを、必要な時に必要な場所に呼出し利用できるアプリです。実際に試してみると、10分以内に必ずタクシーが利用できました。やってきたタクシーが所属する会社は様々で、呼び出した場所に一番近いところにいたタクシーをMOVが呼出していたようでした。

(もっとも「MOV」は、呼出す「場所」の登録がすごくやっかいです。GPS機能がもっとうまく利用できないのでしょうか)

スマホを利用するサービスが最近増加しているようです。この間、NHKの午後7時からのニュースで「ウーバーイーツ(Uber Eats)」の特集をしていました。

ウーバーイーツというのは、レストランからの料理の配達を個人で請負うものです。気楽にできる兼業ということで、興味を持っている人も多いということです。私は、この会社の業務は「やばい」と思っているのですが、私の意見を述べる前に、このブログを読んでる私のような高齢者の方に(?)、webで集めた同社の業務形態を紹介します。

① この会社はUSAで始まったスマホを利用した「白タクサービス(配車サービス)」の「Uber」が基です。「Uber」は、日本では「白タク」が認められていないので、「Uber Eats」として、料理の配送に特化しました。因みに、「Uber」自体は世界で爆発的に成長している会社です。

② この会社は、加盟のレストラン等から個人宅等に料理をデリバリーする会社です。つまり、昔の「そば屋の出前」の「出前」に相当する業務を加盟レストランから委託されています。

③ 加盟レストランは、今年の6月に10000店を超えたそうです。現在では東京地区・大阪地区のみですが、今後名古屋地区でもサービスを開始するそうです。加盟レストランの、有名どころでは、マクドナルド・スターバックス・ジョナサン(ファミリーレストラン)・吉野家(牛丼)等があるそうです。つまり、東京では既に、このサービスを利用すれと、家に居ながら、吉野家の牛丼の「出前」を楽しめる訳です。

④ このサービスを利用したい人(利用者)は、スマホ等を使用して、この会社のサイトに住所・氏名・利用しているクレジットカードの番号等を登録します。そして、アプリから「出前」の注文をします。利用者が支払った代金は、まず「ウーバーイーツ(Uber Eats)」に入金され、それから「ウーバーイーツ(Uber Eats)」の使用料金を差し引かれ、加盟レストランに支払われます。

⑤ 配達人は、「パートナー」として「ウーバーイーツ(Uber Eats)」に登録します。配達人になるためには、書類審査及び事前の簡単な研修(説明)があるそうですが、主婦や学生や、ダブルワークをしたい人等が登録しているそうです。研修会への参加費用が支給されるのかは、不明です(多分でないでしょう)。「自由な時間に働ける」が配達人勧誘のうたい文句です。

⑥ 配達人は働きたい時間にアプリを起動させます。そうすると、配達の注文があれば「ウーバーイーツ(Uber Eats)」の方から連絡があります。配達人は、その仕事をしたかったら、それを受けますし、その気がないなら放って置きます。ひとつの注文に対し、複数の配達人に情報が流されますので、注文を受ける場合は早い者勝の場合もあるそうです。配達人は、仕事を受ければ、注文を出したレストランに行き、料理を受取り、利用者に届ければ業務完了です。報酬は、運んだ距離に応じて支払われるそうです。

⑦ ネット上の噂では、「自由な時間に働いて、月10万円くらい」稼げるそうです。運ぶ方法は、徒歩でも、自転車でも、バイクでも配達人に任せられているので、自転車を使って「健康作り」のために、この仕事をしている人も多いそうです。(この会社、流石にネットを利用した口コミの宣伝がうまいですよね)

何か、この記事の冒頭に紹介した「MOV」を利用したタクシー配車サービスに似ていますが、決定的に違うものがあります。「MOV」の場合はタクシー運転手は「労働者」ですが、「ウーバーイーツ(Uber Eats)」の配達人は「個人事業主」です。私と同様に、少し労使関係の調整の仕事をしてきた者にとっては、この「配達人の業務」の危険性がすぐに理解できます。

(続く)

 

ダブルワークと労災保険

(牛伏寺山門とツツジ・長野県松本市、by T.M)

最近友人に、厚生労働省の政策審議会のサイトが面白いから覗いてみろと言われました。試しに見てみたんですが、確かに興味深い議論をしていました。「ダブルワークをする人の労災保険の適用」についてです。次のような問題に対し、討議されていました。

Aさんが、朝8時から17時までをX工場でで働き、月給20万円をもらい、そしてさらに、17時30分から21時30分までYコンビニで働き、月給10万円をもらっていたとします。AさんがYコンビニで就業中に転倒し休業した場合、労災保険からはいくら支払われるべきでしょうか?

この問題については2つの考え方があります。

「労災保険は、生活に対する補償給なのだから、X工場とYコンビニの月給の合計30万円を労災保険から支払われるべきだ」

というのがひとつの考え方です。一般の方(つまり労災保険とは通常無縁の方)は、この考えを支持します。しかし、私のような労災保険制度に関する業務をしてきた者は、次のように反射的に考えてしまいます。

「補償されるべきはYコンビニで働いていた分の10万円だけだ。だから、X工場の給与分は不支給となる」

そして制度の運用も実際にそうなっています。このような結論に至る理由は、次のように考えるからです。

「労災保険とはまさしく『保険』であって、事業主が補償すべき休業給付、療養給付を、事業主に代わって支払っているのである。従って、Yコンビニでの労災事故は、X工場には何の関係もないので、X工場が支払っている労災保険料に充当するような補償はすべきでない」

とはいっても(実際の運用はそうだといっても)、それが正しいとは限りません。労災保険が「単なる保険」であるなら、何も「国」でやる必要はなく、「民間」の保険でも十分なはずです。その「生活補償としての労災保険」と「事業主が資金を支払っている保険」との関係をどう調整するか。その議論の内容が、冒頭の審議会のサイトから見て取れます。

「上記のような作業形態でAさんが過労死した場合の労災保険の支払いをどうするのか?」

「Aさんが、Yコンビニでの作業で労災事故にあった時に、はたして現行法規の範囲で労働基準監督署の担当官はX工場に対し、賃金台帳等の提出を要求できるのか?」

「X工場からYコンビニへ行く途中に、Aさんが交通事故にあった場合、通勤労災の適用はあるのか?」

「X工場は、Aさんの欠勤を理由にAさんを解雇できるのか」等々

様々な課題が同審議会では議論されているようです。

ところでこういう議論って、何で国会でされないでしょうか?

ダブルワークの話は次回でもします。

 

優秀な新聞記者の話(2)

(明治時代の治水・牛伏川フランス式階段工・長野県松本市、by T.M)

ある大企業の工場で、クレーン使用中の死亡災害が発生しました。クレーン運転手はその大企業の作業員で、なくなったのは関連会社の作業員でした。落度は、クレーン運転手にもありましたし、関連会社の安全管理体制の欠陥にもありました。その事故に対し、労働基準監督署が関連会社を労働安全衛生法違反で送検し、警察が大企業のクレーン運転手を業務上過失致死の罪で送検することになりました。そして、検事の指示で、監督署と警察の送検の日は同日ということになりました。

この事件について送検のことを、監督署は新聞発表することになりましたが、警察はなぜか新聞発表しないことになりました。

送検する日の前に、その関連会社には一応新聞発表のことを伝えました(監督署が、新聞発表について、被疑会社に伝えるかどうかはケースバイケースです)。関連会社の担当者は、次のように話しました。

「大事な社員が当社の落度で亡くなってしまったのですから、当社が送検されることと、新聞発表は仕方ありません。しかし、クレーン運転していた親会社の方が、お咎め無しなのは納得できません」

私は、警察での送検のことを関連会社に説明したかったのですが、立場上それはできませんでした。

(関連会社と被災者遺族は、その時点で既に「民事倍賞の和解」がなされていました。その点では、関連会社は誠意を尽くしていました。)

さて、前述のクレーン事故について、送検日に事件送致の後に「投げ込み」の新聞発表を行いました。そして、その後で監督署で取材を待っていると、何件かの新聞社から連絡がありました。どの社の記者も監督署が発表した文書の内容の確認ばかりでした。ところが、たった一人だけ次のような質問を私にしました。

「ところで、クレーン運転手はどうなったのですか」

私はその質問に、思わず「ヘー」と答えてしまいました。その記者は私の感嘆の声に「どうしたんですか」と問いかけました。私は答えました。

「他の記者と違い、あなただけが、その質問を為されたので驚いたのです。クレーン運転手は監督署では罪は問いません。労働安全衛生法違反はないからです。他の法律で裁かれとしたら、それは警察の仕事でしょう。今回の災害で警察がどう動いているのかは、私はお答えできません。」

私のこの回答に、その記者は何か感じたようでした。

翌日の各社の新聞には、労働基準監督署が関連会社を送検という記事が小さく載っただけでしたが、その新聞社は、クレーン運転者が所属する大企業も責任が問われたことを大きな記事としました。

監督署が発表した文書だけで情報のすべてと判断した記者と、その情報を手がかりとして、新たな情報を入手した記者の能力の差が明確にでた事件でした。

(後日談)

関連会社の人が後で教えてくれました。

新聞に記事が掲載された日、関連会社ではプレス報道のために待機していたそうです。でも、多くのマスコミが、大企業の方に押しかけ、何の用意もしてなかった大企業は困ったそうです。警察も送検することくらい、当事者の事業場に教えてやればいいのにと思いました。

 

優秀な新聞記者の話(1)

松田山からの夕暮れの富士山・松田町、by T.M)

私がギランバレーのリハビリに必死になっていた平成26年に、私にとって衝撃的なニュースが流れました。東日本大震災の時に、福島原発の作業員がパニックになり、職場放棄をし逃げ出したという記事でした。

私は、ベッドに横たわりながら、震災直後に石巻労働基準監督署で仕事をしていた時のことを思い出しました。当時、女川原発の作業員たちと話をしたことがありますが、誰もが未曾有の災害の後で、自分の職場を立て直すことに懸命でした。

(注:女川原発は福島原発と同様に津波の被害を受けましたが、なんとか大事故にならずに堪えました。しかし、震災直後は、内部は大きな被害を受け混乱していたそうです。)

私は、この記事の内容が信じられませんでした。いえ、信じたくありませんでした。原発で一生懸命仕事をしていた人たちが逃げたと思いたくありませんでした。でも、「とても苦しかったんだな」とも思いました。

しかし、その記事について、時が立つと捏造だという噂が立つようになりました。そして、その記事を掲載した新聞社が誤りを認めることになりました。

それ以来、私は新聞記事が以前ほど信じられなくなりました。

監督署に在職中に多くの新聞記者の方と知合いになりました。多くは、知的な常識人の方でしたが、中には、まさしく「記者ゴロ」という言葉が似合う、ユスリ・タカリのような言動をする方もいました。でも、小さな権力をカサに、ひどい態度をとる者がいるというのはどこの社会も一緒です。「警察」にもいますし、「検事」にもいます、「自動車教習所の教官」にもいますし、もちろん「労働基準監督署の職員」にもいます。

前述の誤報をした新聞社の記者さんたちにも、何回か取材を受けたことがあります。特に親しくなったのは2名ですが、お二人とも、質問の主旨が明確で、賢いだけでなく、誠実な方でした。会社という組織と、現場の記者さんの雰囲気は大分違うなと思います。

監督署の監督官と新聞記者との接点の多くは、法違反をした事業場の検察庁への事件送致の時の新聞発表です。

新聞発表とは、送検を行う検察庁を担当する記者クラブに送検内容を記載した文書を届けることです。記者クラブは、当番の記者1名を除き、他の記者は不在のことが多く、発表文を記者クラブに届けた後は、監督署の担当官はそのまま監督署へ戻り、各マスコミ機関からの連絡を待つことになります。(人が何人も亡くなった大きな事故の後で、記者会見をすることはありますが、大抵の新聞発表はこのような「投げ込み」となります)。

さて、その新聞発表の時に、私が出会った非常に優秀な記者さの話を書きます。

(続く)

 

労働組合の陳情の思い出(2)

(日本三大奇橋の一つ、甲斐の猿橋・山梨県大月市、by T.M)

(前回までの話)

監督署の一課長時代、労働組合のナショナルセンターの支部の人が多数で監督署に陳情しにきた時に、大企業の女性正社員が、「人事異動で清掃の仕事をさせられることになった。そんな仕事したくない」という言動をしましたが、私はその言葉に切れました。

私は、女性組合員に対し、次のように尋ねました。(私は普通に話したつもりですが、内心は怒りでいっぱいでした)

私「あなたは、清掃の仕事に人事異動されたということですが、あなたがその清掃の仕事をする前に、その仕事は誰がしていたのですか?」

女性組合員「それはパートさんや、派遣の人です」

私「それでは、あなたがその仕事をすることになって、そのパートさんや、派遣の方は現在なんの仕事をしているのですか」

女性組合員「契約が終了したり、解雇になったんですが、そんな事知りません。」

私「つまり、あなた方正社員の雇用を守るため派遣やパートの方は契約を打ち切られたり、解雇になったが、あなたはそんな仕事はしたくないと言うのですね」

ここで、女性組合員は私の怒りに気付いたようで、黙ってしまいました。

私は続けました。

「ここで、人事異動の妥当性を問うことはできません。労働組合員という理由で、不当な人事を受けたなら、それは不当労働行為にあたりますが、それは監督署では判断できません。私は解雇されたパートの方や派遣の人を気の毒に思います。」

私が、陳情の時にこんなことを言い出したのには、訳があります。陳情のひと月くらい前に、女性組合員が勤務している大企業の工場が大量のパート従業員や派遣の方を解雇等したのですが、私は解雇された複数の方から相談を受けていたのです。相談者の中には、シングルマザーで子供を育てている人もいました。

私は、その時の陳情でパート労働者や派遣の方の解雇について、何等かの要請があるかと思っていたのですが、陳情ではその話題は何もありませんでした。

さて、私は、「陳情の時は黙って頭を下げる。ノラリクラリ回答する。」といった役所の暗黙のルールを破った訳ですが、陳情の途中で、「今の私の言動は後から労働組合に責められ問題になるかな」なんて考えてしまいました。web上での炎上はなかった時代ですが、労働組合は気に食わない役人の言動については、役人個人を糾弾するビラ配りなどは平気でしていた時代でした。

そんな心配をしながら陳情が終了した時に、陳情時に組合員席の後ろに座っていたひと達が複数名私に向かってきました。私は咄嗟に「まずい」と思いました。何か文句を言われると思ったのです。

ところが、一番最初に私のところに来た方は、名刺を差し出しこう述べました。

「××労働組合の○○です。今度相談に来ますのでよろしくお願いします。」

その人は地域の小さな会社の労働者が集まっている労働組合の役員でした。

それから、何人もの人が、私に名刺を差し出しました。名刺を持っていなかった人は、口頭だけで挨拶をし、私の名刺を受取りました。

私は、陳情の最後に大勢の人から自己紹介を受けるのは初めての事なので驚きました。何が起きているのか分かりませんでした。しかし、彼らが帰った後に気付きました。あの女性組合員と陳情を先導していた男性組合員(大手事業場正社員)は他の団体の組合員から「浮いていた」のです。

20年前の労働基準監督署での出来事ですが、非正規労働者の増加が著しい現在、私はあの時の陳情を思い出します。