万葉集と申告(4)

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(続き)

大化の改新により、蘇我氏から権力を奪還した英雄天智天皇は、その弟である大海人皇子より妻の額田王を取り上げる。額田王は、この2人の男性の列席する宴会で、他の大勢の者たちの見守るなかで、かの有名な歌を披露する。

「茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる」
(紫草の咲く野を、標野を行くとあなたが袖を振って合図なさった。野守にそれを見られてしまったのではないでしょうか)

自分を見捨てた大海人皇子に対する怨歌である。
すると、大海人皇子は次のような返歌をする。

「紫草のにほゑる妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾恋ひめやも」
(紫草のように美しい、匂うがごときあなただから、人妻なのに私は恋をしているのだ)」
これもまた、変わらぬ心を詠った恋歌である。

大勢の目の前で堂々とこの歌のやり取りを、妻と弟がするなら、天智天皇も苦笑いをするしかなかったのだろうが、心中はどうであっただろうか。

そして天智天皇崩御の後、大海人皇子は天智天皇の子である大友皇子に叛旗を翻し、史上名高い「壬申の乱」に突入していくのである。
多分、大海人皇子(後の天武天皇)はマキャベリストの政治家だったのだろう。実力者の天智天皇の崩御の後に、冷酷に天皇の地位を簒奪したことが事実なのだと思う。
しかしそれでは、歴史愛好家達(歴史オタク)は面白くない。ここは、何が何でも、女を天皇に取られた情けない王子が、その女の非難と挑発をこめた勇気ある行動に奮起し、剣を取り革命を志したと思いたいのである。「臆病者を勇者に変えるのは女性だけ」そんな西洋の諺を信じていた方が人生は楽しいのである。

そして、この料亭のオーナーの老人は、まさしくその類の人だった。

(続く)