裁量労働時間制

(甲斐駒ヶ岳とたんぽぽ・長野県富士見町、by T.M)

まる4年もブログをやってますと、週1回だけの更新といえどもネタが無くなってきます。先週は苦し紛れに、韓ドラネタなんてやってしまいましたが、誰が私のドラマ評なんて読みたいものかと思いました(またやるかもしれないけど)。やはり、少なくはない方にこのブログを読んで頂けるのは、私が「元労働基準監督官」で「現役の労働安全衛生コンサルタント」であり、労働問題に少しだけ独自の視点(偏狭な視点かもしれませんが)で書くことができるからでしょう。そして、毎回「T.M氏」が素晴らしい写真を提供してくれることも大きいと思います(多謝!)。
そんな訳で、最近はもっぱら「新聞記事」を利用して、その意見を書いてます。ブログに載せられそうな新聞記事は、たくさんある週もあれば、まったくない週もあります。最近2~3週はまったくなくて、困っていて「韓ドラ」だったんですが、今週はブログで話題にしやすい話題が何件も起きていました。そのうちの1件です。

訴訟中、未払い残業代弁済 アニメ制作会社、裁判終了へ 東京地裁
6/23(火) 19:18配信 時事通信
東京都千代田区アニメ制作会社「STUDIO4℃」(東京都)が裁量労働制を適用し、残業代を支払わなかったのは違法として訴訟を起こした男性社員(26)らが23日、都内で記者会見し、同社から一方的に未払いの残業代が振り込まれたと明らかにした。
 訴訟の継続は事実上不可能となり、終結する見通しという。
 原告側の代理人弁護士は「事実上違法性を認めたと言えるが、和解が成立したわけでもなく、こうしたケースは聞いたことがない」と困惑。社員も「気持ちは複雑だ」と話している。
 原告側によると、社員は映画「海獣の子供」を担当し、アニメ制作の工程管理をしていた。2019年4月に残業代を支払うよう同社に請求。同6月には三鷹労働基準監督署が是正勧告したが、同社は支払いを拒否した。
 社員は同10月、過去2年4カ月分の残業代と付加金計約530万円の支払いを求め、東京地裁に提訴。同社からは和解の申し出があったが、社員側は判決を希望し、訴訟は続いていた。
 ところが今月8、9両日、社員の口座に未払い残業代など約320万円が振り込まれた。同社に裁量労働制の適用が妥当だったか見解を求めたが、「支払いをした以上、回答の必要性はない」と応じなかったという。

まず解説です。裁量労働制とは、業務の性質上、それを進める方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある場合に導入することができます。その業務を進める手段や、時間配分の決め方など、具体的な指示を使用者がしないと決めたものについて、あらかじめ「みなし労働時間」を定めます。
その上で労働者をその業務に就かせた場合に、その日の実際の労働時間が何時間であるかに関わらず「みなし労働時間」分労働したものとする制度で、労働基準法第38条の3・4に規定されています。

ようするに、この制度を導入できれば、労働者はいつ出勤するも、いつ退勤するも自由。事業主は「あれやれ、これやれ」という指示はしないという制度です。サラリーマンにとっては夢のような制度ですが、「専門型裁量労働制」では業種が限定されます。例えばそれは、研究者とか、大学教授とか、証券アナリストとか、公認会計士とか、弁護士の業務です。数学者がリーマン予想を研究するのに、労働時間なんて関係ありませんからね。
(注)裁量労働時間制は「専門型」の他に「企画型」(ホワイトカラーサラリーマン向け)もある。「企画型裁量労働時間制には色々問題が多い」と指摘する方もいますが、その「指摘される問題」については、今日は書きません。

さて、この新聞記事のアニメ制作会社ですが、この労働基準法で指定されている専門型裁量労働時間制の該当業種のうち、何の業種を指して「専門型裁量労働制」をしていたと主張しているかが、疑問なんです。というか、(元労働基準監督官の私が)どう考えても、法で定める業種のなかで、この制作会社が使える業種は、どこにもでてきません。これでは、最初から裁判などできません。
(注:かろうじて主張できる業種としては「放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務」がありますが、いくらなんでもこれは無理でしょう。)

まあ、そんな訳で「裁判に負ける」と判断したから、判決が出る前に支払ってしまったのでしょうが、それなら最初から払えよと思います。

さて、この新聞記事から気になる点は「三鷹労働基準監督署が是正勧告書を交付していた」ということと、「同社に裁量労働制の適用が妥当だったか見解を求めたが、『支払いをした以上、回答の必要性はない』と応じなかった」こと。

この是正勧告で特定した法違反は「原告1名を対象とした」ものであったのでしょうか「他にも会社内で同様な者がいたことを確認できたので、他のものについても遡及是正を命じた」ものであったのでしょうか。それによって、今後の三鷹労働基準監督署の対応も変わってくると思います。(それとも、法違反は完全に是正され、これでこの事案は終了したのでしょうか?)