(旧国鉄日中線熱塩駅・福島県喜多方市,by T.M)
BLM運動が世界で燃え上がっています。
差別の問題というのは、複雑で繊細です。
だから、このブログで取り上げるのをためらっていたのですが、ふと思うところがありましたので、それを書きます。
少し古い話ですが、次のような事件がありました。
時事通信 2020年3月30日
時間外労働を抑制する目的で歩合給から残業代を差し引くタクシー会社の賃金規則の適法性が争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第1小法廷(深山卓也裁判長)は30日、労働基準法に反すると判断、「割増賃金が支払われたとは言えない」と述べ、会社側逆転敗訴を言い渡した。同様の賃金規則は運送業界で広く採用されているといい、判決は一定の影響を与えそうだ。
訴訟を起こしたのは、タクシー大手国際自動車(東京)の運転手。同社の規則では、残業した場合、形式的に「割増金」が支払われるが、歩合給から同額が差し引かれ、「どれだけ残業しても給与が変わらないのは不当だ」と訴えていた。
小法廷は「売り上げを得るための経費を運転手に負担させているに等しく、法の趣旨に反する」と判断。正当な割増賃金を算定させるため、審理を東京高裁に差し戻した。
同社の賃金規則は既に改められたという。
タクシー会社の賃金体系は、ほとんどの会社が上記のようなオール歩合制です。例えば、歩合率60%としたら、運転手が100万円稼いだとすれば、会社が40万円、労働者が60万円とるシステムです。このシステムでは、残業代がでません。だから、労働基準監督署の中の就業規則の中の賃金規則で、このことを明記しているところはありません。労働時間や有給休暇等については、就業規則が守られていますが、賃金規定は嘘のところが多いです。
私は、この件で何回是正勧告書を交付したでしょうか。何回労働争議に巻き込まれたでしょうか。何回ケンカをしたでしょうか。何回吊し上げられたでしょうか。そして、指導しても、指導しても、最後はタクシー会社はオール歩合給の制度に戻って行くのです。(多分、上記のタクシー会社もそうなるのではないでしょうか)
(注) タクシー会社には、オール歩合制以外に、関西の古都に本社を置く、○○タクシー方式という賃金体系をとるところもあった(今は改善されているかもしれない)。これは、労働者が「定額」を事業主に収める方式である。これをが、形を変えた「オール歩合制」である。
私は、愛知県、宮城県、北海道、栃木県、神奈川県の5都道府県の監督署で仕事をしましたが、行く先々で、地元のタクシー会社の人と、そしてタクシー業界の2大労働組合の専従職員らと知り合いになりました。私は、ケンカの後で親しくなった、専従職員に次のようなことを訪ねたことがあります。
「あなたは、何度も傘下の労働組合員の労働条件について陳情にくるけど、結局最後はオール歩合制の賃金体系に戻っている。そして労働組合もそれを後押ししている。労働争議の焦点は、いつも『オール歩合制の歩合率を上げること』ではないですか」
すると、専従職員は次のように答えてくれました。
「私たちも、組合には、固定給プラス残業代の賃金体系の方がオール歩合制よりいいと言っています。でもそれを理解してくれる組合員は少数です。多くの組合員は『残業代がでるなら、流しで客をつかまえるより、駅のタクシー乗り場で客を待つ間に休んでいる方が得になる。そんな、不公平なことより、稼いだ分だけもらった方がいい』と言っています」
50歳を超える頃に、私の中で、「オール歩合制に関する考え」が少し変わってきました。多くの監督官が長年努力してきて、労働組合の方が奮闘し、そして心ある経営者の方が改革を志しても、タクシー業界から「オール歩合制賃金体系」が追放できないのは、オール歩合制賃金に、著しい合理性があるのではないかと考えるようになったのです。
ここで少し、労働基準法における残業代についての位置づけを確認します。
「労働者と使用者は対等である。しかし、使用者の立場の方が圧倒的に強い。そこで、法により労働条件の最低基準を設ける。それが労働基準法である。使用者が残業代を支払うということは、労働時間の抑制及び長時間労働への補償の意味がある」
この労働基準法の意義を上回る、「オール歩合制賃金」の合理性(長所)とは何か?私は、それが
オール歩合制賃金が公平で差別のない賃金制度
であることに気づきました。
オール歩合制とは「分かりやすく」、そして「性差」「年齢差」「国籍」「勤務年数」等で一切差別されない「同一労働同一賃金」です。これは、すごいことです。
このことに気づいて以来、私は「オール歩合制」イコール「悪」という考えではなくなりました。
オール歩合賃金制が悪いのではない、それが原因となり、「過重労働」が発生することが悪ではないのか。ならば、「過重労働対策」と「最低補償給制度の充実」があれば、別にオール歩合制賃金でもかまわないのではないかと考えるようになりました。(最近では、これに「高齢労働者対策」を加えなければいけません)
私と同じ考えの社労士さんがいて、「歩合部分に割増賃金を組み込むオール歩合制」プラス「最低補償給」と「時間管理の厳密化」の制度を考えてくれました。
これは、例えば、「歩合給60%」でなく、「歩合給50%、歩合の割増賃金5%、深夜労働割増5%で合計60%」を支払う方法です。私は、この社労士さんの工夫はひとつの進歩だと思います。
(注)この賃金計算が合法であるかどうかが疑問の方は、月の所定労働時間170時間、時間外労働45時間、深夜労働40時間のケースで計算してみて下さい。私は合法であると思います。ただ、実際に事業場の方が、この賃金制度を試みようとするなら、事前に管轄の労働基準監督署と相談して下さい。
因みに、求める歩合給の歩合割増をX%、歩合深夜割増をY%とする時に
X=Pa/400(T+a)、Y=Pb/400(T+a)
となります。
P(基本の歩合率 %) T(所定労働時間) a(残業時間) b(深夜労働時間)