(C12型蒸気機関車・真岡鐵道真岡駅、by T.M)
ひと月ほど前の新聞記事ですが、こんなものがありました。
居酒屋大手のワタミが、社員への残業代の未払いがあったとして、高崎労働基準監督署(群馬県)から是正勧告を受けていたことがわかった。今月15日付。未払いがあったのは、高齢者らの自宅に弁当を届ける「ワタミの宅食」の群馬県内の営業所の社員。社員を支援してきた労働組合によると、「過労死ライン」を大きく上回る月175時間の残業や休日出勤をしていたという。 会社が28日、未払い残業代があると認めた上で、この社員に対して「深く謝罪いたします」などとした文書を公表した。残業時間を精査し、未払い分を支払うという。渡辺美樹会長が月額報酬を6カ月にわたって5割、清水邦晃社長が同3割減らすことも明らかにした。
「ワタミよ、またか」という気分です。
10年ほど前に、私が神奈川労働局に勤務中に横須賀労働基準監督署の管内で、26歳の女性店長の過労死事件を起こしています。その後に、社長の渡邉美樹氏は参議院議員となられ、なにかと話題になりましたが、現在は議員を辞められ経営に専念されているようです。
この渡邉氏が、相当な苦労人であることは現首相の菅氏によく似ていますが、苦労人であるがゆえに、自分のしてきた努力・苦労を基準に自分の部下に働きを請求するので、それがパワハラであると感じる者も多数いるようです。
さて、この事件ですが、「残業時間の記録の改竄」も行われていたという一部マスコミの報道もあるようですが、それが事実とするのなら、高崎労働基準監督署の措置は、「是正勧告書交付に是正勧告」でなく、「即時司法処分着手」でも良かったと、元労働基準監督官の私は思います。
通常は、残業代不払いについては、臨検監督・是正勧告という手法をとります。そして、是正勧告に従わない場合について、司法事件着手となります。しかし、「悪質」な事案は即時司法着手です。
「かつて、過労死事件を起こした会社が、労働時間の改竄を行い残業代不払いを発生させた」
これが事実なら、十分に即時司法の理由となる「悪質事件」です。そして、司法着手となれば、法人の代表取締役が送検されます(法人に複数の代表権をもつ取締役がいる場合は、そのうち1名が送検の対象となる)。
もっとも「即時司法」だと、事業場に「未払い残業代の遡及是正」は命じませんので、申告者の方から「取り敢えず未払い分」を払わしてくれという要請があったとも考えられますし、申告者は「未払い残業代」が払われても、その後に「刑事告訴」することは可能ですので、なぜ監督署が現在司法事件に着手していないのかについては、色々な理由が考えられます。
(注1) 監督署は「未払い賃金を支払わせる」といった行政官の行為と、司法警察員業務を明確に区分する。一度司法着手したら、「民事的な解決方法」については一切手を出しません。これは、一般警察が「泥棒を逮捕し処罰する」が「泥棒が盗んだ物の返還」について、何も言わないことと同じである。
今回のケースが、もし司法事件となったら、難しいのは「誰を被疑者」とするのかということです。今回の事件について、ギリギリに法条文を検討していくと、被害労働者は「所長の立場であり、労働基準法第41条の監理・監督者に該当する」ということになるような気がします。被疑者(実行行為者)は店舗に所属しない、外部の者ということになるのでしょうか。
(注2)書類送検は、「残業命令を出した実行行為者」と「代表取締役」の2名について行われる。
確かに厚生労働省は、「名ばかり店長」に対し取り締まりを徹底するように各監督署に命じています。しかし、厚生労働省の示す「名ばかり店長」の定義が、「民事事件」ならともかく「刑事事件」で通用するかは未定です(少なくとも、私の知る範囲では「名ばかり店長」事案の送検事案はないように思えます)。それは、「定が規定する事業場の一単位とは何か」という、労働基準法の根本の問題になってくるからです。
(注3)名ばかり店長のいる店舗は、そもそも独立した一事業場とは認められずに、直近上位の事業場の一部と考えられる。そうすると、「名ばかり店長」のいる事業場に、36協定の締結や就業規則の届出、労災保険の独立した事業場としての加入を義務づけている、現行の法解釈と矛盾する。
さて、今回の「ワタミ」の問題は奥が深そうです。申告者が従事していた「宅食」について、今後のマスコミ情報を待ち問題点を整理して記事にしたいと思います。