最低賃金への意見

(ドナウ川につながる運河⦅ウルム⦆、by T.M)

朝日新聞 7/25

厚生労働省の中央最低賃金審議会の小委員会は24日、最低賃金(時給)を全国加重平均で50円(5・0%)引き上げて1054円とする目安をまとめた。長引く物価高を受け、過去最高の上げ幅となった。25日の審議会で正式に決定する。

非常に良い決定だと思います。「たった、これっぽちの引き上げでは生活できない」とか、「価格転嫁できないのに、中小企業をいじめるな」とか、色々な意見はあると思いますが、「5%の賃上げ」はどう考えても大きいと思います。この「賃上げの流れ」が今年限りでなく、来年以降も継続することを望みます。

さて、毎年この時季にブログに同じ主張をするのですが、最低賃金について提案があります。

それは、

派遣労働者の最低賃金を、通常の最低賃金の150%として欲しい

ということです。突拍子もないことのうように思えますが、実はそうでもないのです。それは次の2つの理由からです。

第一 業種別最低賃金というのは、現在でも存在します。例えば、千葉県では、「通常の最低賃金は時給1026円」ですが、「鉄鋼業については時給1096円」です。このように、業種によって最低賃金が決定されるのは珍しいことではありません。

第二 派遣労働者の最低賃金は「派遣先の最低賃金が適用される」ことが法に定めてあります。例えば、上記で事例で言えば「千葉県の鉄鋼業に派遣される派遣労働者の最低賃金は、千葉県の最低賃金の1026円ではなく、派遣先の最低賃金の1096円が適用」されます。従って、現行法では「派遣業の業種別最低賃金」を決定することは不可能です。しかし、平成20年前後までは、派遣労働者の最低賃金の適用は「派遣元が該当する最低賃金」とされていましたが、法改正が行われ「派遣元の最低賃金」から「派遣先の最低賃金」が派遣労働者に適用されるようになりました。つまり、法律を基に戻すだけで、「派遣労働者の最低賃金」を「派遣元」に適用させることができるようになります。

派遣労働者の最低賃金を通常の労働者より大幅にアップさせるということ次の3点のメリットがあります。

第一 派遣労働者の収入が増加する

第二 派遣労働者の正規労働者化がすすむ

第三 派遣労働者を望むものが多くなり、人材の流動化がすすむ

もちろん、現在派遣労働者を使用している企業からは苦情がでるでしょうが、「人員調整が可能な労働者にはより多くの賃金が支払われるのは当然のことだ」と理解してもらうしかないでしょう。

お休みです

(ローテンブルクの家並み、by T.M)

熱がでました。フラフラです。今日のブログ更新は中止します。

せっかく、お出で下さったのに申し訳ございません。

リチウムの思い出

(広大な菜の花畑・バーデン・ビュルテンベルク州、by T.M)

少し前の新聞記事です。

NHK 6/25

韓国・ソウル近郊の電池メーカーの工場で24日、発生した火災では、22人の死亡が確認されました。およそ3万5000個あったリチウム電池が次々に爆発したとみられていて、現地の警察や消防が25日、現場を詳しく調べる方針です。

ソウル近郊のキョンギ(京畿)道ファソン(華城)にある電池メーカーの工場で24日、火災が発生し、22人の死亡が確認されました。

現地の消防によりますと、このうち、18人が中国籍、2人が韓国人、1人がラオス国籍で、残る1人の国籍は分かっていないということです。

また、死亡した人のほとんどは、製造したリチウム電池の検査や包装などを行う2階で見つかったということで、工場の外に通じる階段があったものの脱出できなかったとみられるとしています。

24日夜、現場を訪れたユン・ソンニョル大統領(尹錫悦)は「非常口の近くに発火物質があったため、多くの人が脱出できずに死亡した」と述べ、原因の究明や再発防止の徹底を指示しました。

今回の労働災害で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。また、ケガをされた方の早期回復を願います。

私は、リチウムのよる火災現場の災害調査をしたことがあります。今日は、その思い出を書いてみようと思います。

ある半官半民の研究機関です。そこは、ひとつの建屋の中に30くらいの研究室があります。研究員は一応そこの労働者ということになっていますが、労働時間等に特に決まりはなく、ひとつの研究室に研究員一人くらいの配置で助手はいません。「建物の使用方法」等の連絡はありますが、研究室どおし横の連携はまったくありません。最初に、この研究棟にいった時に、大学でもないのに、こんな会社があるのだなと思いました。

その研究所で、リチウムを研究している研究室が火災を発生しました。幸いにして、ケガ人はなく、研究室内の延焼のみですみました。労働安全衛生規則第96条には、火災の場合は労働基準監督署に報告が必要とされていますが、その報告がなされたので、私はいってみることにしました。

研究室に行くと、研究している先生が一人で待っていてくれましたが、まるで「何しに来た」といわんばかりで、とても不愛想でした。そこで研究内容を尋ねると、「リチウムを原子力発電の冷却材として利用する方法についてだ」とだけ答えてくれました。そこで、私は「高速増殖炉のもんじゅが冷却材のナトリウム漏洩事故を起こしたことがありましたが、ナトリウムではなくリチウムを冷却材を使用する研究ですか」と尋ねました。

(注)元素の周期律では、ナトリウムとリチウムは親戚どおしで、とても発火しやすい物質です。両者とも水中では水素を発しながら溶けますが、自ら発する反応熱と水素が反応し爆発することがあります。

私の質問を聞いた先生は急に顔が明るくなって、こう言いました。「君は技術が分かるのか?」 私は、自分が一応理系の大学出身であること、東北電力女川原発には定期的に行っていたことがあること、理系の安全衛生関係の資格をいくつか持っていることを述べたところ、先生は一気に自分の研究のことを話しだした。「自分は長年、リチウムの研究をしてきた。業界では“リチウムの魔術師”と呼ばれている。リチウムは冷却材として、ナトリウムより優れているが、発火しやすいのが難点だ。電力会社から依頼され原発内の冷却材への応用を考えている。」

技術屋が嬉しそうに自分の仕事を自慢する話を聞くことは、私は好きです。しかし、あくまで目的は災害調査。事故の原因を明らかにし、再発防止対策を樹立することです。そこで、私は、なぜ火事が起きたか尋ねたところ、研究室の片隅の水槽を指し、こう述べました。

「研究の秘密だから、公にしないで欲しいのだけど、私が考案したこのような方法でいつも、リチウムを水に入れている。そうしたら、タイミングが悪くて火がでてしまったんだ」

先生が説明する「技術の結晶である」リチウムを水に投入する所作は、私は料理の×××をしているようにしか見えず、どうしてその手順だと火がでないかは、さっぱり理解できませんでした。

気をとりなおして、「消火設備はどのようなものですか」と尋ねたところ、当然のことですがスプリングクーラーは使用できず、研究室の片隅の物品の山の中に埋もれた普通消火器が1台あるだけでした。

この事故は大事に至らぬこともなく、誰一人傷ついてはいませんが、リチウム専門で研究者であるのに、意外と自分の研究室内の事故については防災意識が低く、避難経路の確保もできていなければ、災害発生時の緊急連絡先も決め手なく、対策マニュアルもないという現状でした。優秀研究者ほど事故を起こすという都市伝説は、どうも本当だと思ってしまいました。

さて、今回のソウルのこの災害ですが、続報によると、どうも消火設備等に大きな欠陥があったそうです。もしかしたら、この「先生」のように、災害を甘くみていたのでしょうか。人為的なミスで起きた労災により多くの犠牲者がでるということは、どうもやるせないものです。さて、もうすぐ梅雨明け。熱中症に気を付けて下さい。デハデハ。

最高裁判例

(人形劇三国志の関羽雲長、by T.M)

7/4 朝日新聞

労働者の病気やけがを国が労災と認定した際、事業主が不服を申し立てられるかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷(堺徹裁判長)は4日、「不服を申し立てられない」とする初めての判断を示した。「申し立てられる」とした二審・東京高裁判決を破棄し、国側の逆転勝訴が確定した。

 裁判官5人全員一致の結論。事業主の不服申し立てが認められれば、一度認められた労災が後から取り消されるおそれが生じ、労働者の立場が不安定になる懸念があった。判決で、こうした事態は回避された形だ。

 労災保険は、労働者が業務や通勤でけがや病気をしたり死亡したりした場合、治療費などを補償する公的制度。「メリット制」と呼ばれる仕組みがあり、自らの会社で労災認定がされた労働者を雇用する事業主は、負担する保険料が増額される場合がある。ただ、労災認定に対し事業主は不服申し立てができないとされてきた。

 今回の訴訟では、一般財団法人「あんしん財団」(東京都)が国を相手に、職員の労災認定取り消しを請求。保険料増額という不利益を受ける事業主には「認定の是非を争う権利がある」と主張した。一審・東京地裁は訴えを退けたが、2022年の二審は一転して「権利がある」と判断した。

この判決は労働問題において、とても重要なものです。私は、自分なりに調べています。まだ、自分の意見を持つというところまでは至っていないのですが、今日は、分かっていることだけ書きます。

まず、この新聞記事からは「メリット制」のことが書かれていますが、この件については、すでに論点の整理ができています。新聞記事からは、「メリット制について、不服申し立てができない」というように読み取れますが、これは間違いです。正しくは次のとおりです。

ア) 労災保険給付の支給要件非該当性に関する主張を認める。

イ) 労災保険給付の支給要件非該当性が認められた場合には、その労災保険給付が労働保険料に影響しないよう、労働保険料を再決定するなど必要な対応を行う。

ウ) 労災保険給付の支給要件非該当性が認められたとしても、そのことを理由に労災保険給付を取り消すことはしない。

要するに、「1 メリット制適用の事業場は、それがおかしいと述べる権利を持つ」「2 審査してみて、事業場の主張が正しい場合はメリット制を適用しない」「3 メリット制が非適用だからといって、一度労災認定をしてしまったら、その結果は覆らない」ということです。

今回の裁判の争点は実は、「3」の部分なのです。確かに、「労災保険の認定の結果が覆ってしまったら、それまで支払われていた療養給付や休業給付を一度に返還しなければならず、労働者は困る」ということは一理あります。だから、「一度支払ったものは、労働者に請求すべきではない」という主張は正しいと私も思います。

では、障害給付(年金)についてはどうでしょうか。「2」のケースになった時に、もし「労働基準監督署の労災決定が間違っていた」ということが明らかになった時にも、「年金」はは払い続けられます。労災の年金は、厚生年金や国民年金と違い若くしてもらえ、厚生年金の障害補償よりはるかに高額です。そして、その原資は事業主から支払われる労災保険料です。その労災保険料の使い方について、「労働基準監督署長が一度労災認定したものは、労災保険料を支払っている事業主からの意義は認めず、絶対に覆らない」という主旨が、今回の判決なのです。

(注)「労働基準監督署長が不認定と決定した事案」につては、労働者側からいくらでも裁判できます。そして、往々にして行政側が負けることがあることは「過労死訴訟」等で明らかです。要するに、労働基準監督署長の判断は、間違いが発生することは明らかなのに、そのことについて、労働者側から文句は言えても、事業主側から一切異議申し立てはできないということです。

労働者保護の立場から言えば、何件かにひとつは事業場側が納得できない労災認定があってもかまわないと思います。また、「事業主が支払う労災保険料を稼いでいるのは労働者」っていう考えもあります。ですから、今回の最高裁判断は理解できます。しかし、なんとなく納得できない気も残ります。冒頭に書いたように、この件についてはもう少し調べ、自分なりの意見を整理し、またブログに書いてみようと思います。