(広大な菜の花畑・バーデン・ビュルテンベルク州、by T.M)
少し前の新聞記事です。
NHK 6/25
韓国・ソウル近郊の電池メーカーの工場で24日、発生した火災では、22人の死亡が確認されました。およそ3万5000個あったリチウム電池が次々に爆発したとみられていて、現地の警察や消防が25日、現場を詳しく調べる方針です。
ソウル近郊のキョンギ(京畿)道ファソン(華城)にある電池メーカーの工場で24日、火災が発生し、22人の死亡が確認されました。
現地の消防によりますと、このうち、18人が中国籍、2人が韓国人、1人がラオス国籍で、残る1人の国籍は分かっていないということです。
また、死亡した人のほとんどは、製造したリチウム電池の検査や包装などを行う2階で見つかったということで、工場の外に通じる階段があったものの脱出できなかったとみられるとしています。
24日夜、現場を訪れたユン・ソンニョル大統領(尹錫悦)は「非常口の近くに発火物質があったため、多くの人が脱出できずに死亡した」と述べ、原因の究明や再発防止の徹底を指示しました。
今回の労働災害で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。また、ケガをされた方の早期回復を願います。
私は、リチウムのよる火災現場の災害調査をしたことがあります。今日は、その思い出を書いてみようと思います。
ある半官半民の研究機関です。そこは、ひとつの建屋の中に30くらいの研究室があります。研究員は一応そこの労働者ということになっていますが、労働時間等に特に決まりはなく、ひとつの研究室に研究員一人くらいの配置で助手はいません。「建物の使用方法」等の連絡はありますが、研究室どおし横の連携はまったくありません。最初に、この研究棟にいった時に、大学でもないのに、こんな会社があるのだなと思いました。
その研究所で、リチウムを研究している研究室が火災を発生しました。幸いにして、ケガ人はなく、研究室内の延焼のみですみました。労働安全衛生規則第96条には、火災の場合は労働基準監督署に報告が必要とされていますが、その報告がなされたので、私はいってみることにしました。
研究室に行くと、研究している先生が一人で待っていてくれましたが、まるで「何しに来た」といわんばかりで、とても不愛想でした。そこで研究内容を尋ねると、「リチウムを原子力発電の冷却材として利用する方法についてだ」とだけ答えてくれました。そこで、私は「高速増殖炉のもんじゅが冷却材のナトリウム漏洩事故を起こしたことがありましたが、ナトリウムではなくリチウムを冷却材を使用する研究ですか」と尋ねました。
(注)元素の周期律では、ナトリウムとリチウムは親戚どおしで、とても発火しやすい物質です。両者とも水中では水素を発しながら溶けますが、自ら発する反応熱と水素が反応し爆発することがあります。
私の質問を聞いた先生は急に顔が明るくなって、こう言いました。「君は技術が分かるのか?」 私は、自分が一応理系の大学出身であること、東北電力女川原発には定期的に行っていたことがあること、理系の安全衛生関係の資格をいくつか持っていることを述べたところ、先生は一気に自分の研究のことを話しだした。「自分は長年、リチウムの研究をしてきた。業界では“リチウムの魔術師”と呼ばれている。リチウムは冷却材として、ナトリウムより優れているが、発火しやすいのが難点だ。電力会社から依頼され原発内の冷却材への応用を考えている。」
技術屋が嬉しそうに自分の仕事を自慢する話を聞くことは、私は好きです。しかし、あくまで目的は災害調査。事故の原因を明らかにし、再発防止対策を樹立することです。そこで、私は、なぜ火事が起きたか尋ねたところ、研究室の片隅の水槽を指し、こう述べました。
「研究の秘密だから、公にしないで欲しいのだけど、私が考案したこのような方法でいつも、リチウムを水に入れている。そうしたら、タイミングが悪くて火がでてしまったんだ」
先生が説明する「技術の結晶である」リチウムを水に投入する所作は、私は料理の×××をしているようにしか見えず、どうしてその手順だと火がでないかは、さっぱり理解できませんでした。
気をとりなおして、「消火設備はどのようなものですか」と尋ねたところ、当然のことですがスプリングクーラーは使用できず、研究室の片隅の物品の山の中に埋もれた普通消火器が1台あるだけでした。
この事故は大事に至らぬこともなく、誰一人傷ついてはいませんが、リチウム専門で研究者であるのに、意外と自分の研究室内の事故については防災意識が低く、避難経路の確保もできていなければ、災害発生時の緊急連絡先も決め手なく、対策マニュアルもないという現状でした。優秀研究者ほど事故を起こすという都市伝説は、どうも本当だと思ってしまいました。
さて、今回のソウルのこの災害ですが、続報によると、どうも消火設備等に大きな欠陥があったそうです。もしかしたら、この「先生」のように、災害を甘くみていたのでしょうか。人為的なミスで起きた労災により多くの犠牲者がでるということは、どうもやるせないものです。さて、もうすぐ梅雨明け。熱中症に気を付けて下さい。デハデハ。