熱中症と倉庫内作業

(ボーデン湖マイナウ島にある庭園、by T.M)

8/19 毎日新聞

ヤマト運輸の倉庫で仕分け作業をする男性社員(55)は19日、東京都内で記者会見し、熱中症対策の拡充を求めてストライキを実施したと明らかにした。男性は「風通しの良くない倉庫内では、気温計の針が40度で振り切れ、身の危険を感じる労働環境だ」と訴えている。

男性は兵庫県尼崎市の営業所に勤務。長年、宅配ドライバーの仕事をしていたが、昨年8月から倉庫で荷物の仕分け作業をするようになった。

男性によると今年7月、倉庫内の気温計の針は40度で振り切れ、熱中症指数は運動の原則中止を求める「危険」に達していたという。頭痛薬を飲んで勤務していたが、8月上旬に病院を受診すると医師に「熱中症の症状」と言われた。

男性は9日、勤務先の営業所と団体交渉。男性は空調服の支給を求めたが、所長は「気温計は壊れていた。最大でも36度だった」と主張し、受け入れられなかった。このため男性は1人で19日に終日ストライキを行った。

男性の勤務先は、荷物の仕分け場所に扇風機やスポットクーラー、ウオーターサーバーを設置し、塩あめを用意するなどの熱中症対策を実施しているという。

驚く人も多いと思うのですが、上記のような作業を行う人に対する「熱中症対策」について、労働安全衛生法で規制する法条文はありません。やっぱり、温暖化現象なのだと思いますが、労働の現場で熱中症が話題になってきたのは、20年くらい前からです。50年以上前に制定された労働安全衛生法には、そもそも「熱中症対策」の概念がないのです。それでも、事務室で働く人には、労働安全衛生法事務所衛生基準規則第5条で「エアコン(空気調和設備)を使用している場合は室温を28度以下にするように努めなければならない」という規定があるんですが、現場で働く人にはそのような規定はありません。もっとも、記事の中にあるような倉庫の中の作業ではなくて、例えば「溶鉱炉の近くで働く人」みたいなもっと厳しい環境で働く人については、定期的に作業環境測定を行うことみたいな規定はあるんですが、じゃあ何をしたらよいかというと、「健康診断を年2回やれ」くらいしか、法規制はないんですよね。

この新聞記事では分からなかったんですけど、別の新聞記事を読むと、この男性の具体的な主張は以下のとおりです

①倉庫内でつけっぱなしにすることで温度上昇をもたらしている配達車のエンジンを可能な限り切ること。

②倉庫内の温度・熱中症指数を記録、管理すること。

③空調服、首に巻く扇風機、スポーツドリンクなどの支給および、通風または冷房設備の充実。

④労働者の健康状態の確認、安全衛生教育の実施、応急処置の流れの共有をすること。

⑤全社的な熱中症対策の実態調査。

非常に具体的で良い主張だと思います。労使交渉では、愚にもつかぬことを主張する労働組合もたまにあるのですが、この主張は要点を押さえていて、経験の少ない新人監督官に見習わせたいくらいです。

唯一、実施が難しいかなと思うのが①についてです。これは倉庫を管理する者が動かなければできないことです。オンラインショップが隆盛となった近年、労働の分野には大きな問題が発生しました。それは、倉庫内での作業について、労働災害が多発しているということです。原因は、重曹構造の請負関係、個人事業主と労働者の境界が曖昧、登録型派遣の雇用問題等いくつかありますが、最大のものは倉庫内の事故の最終責任が「倉庫の所有者(アマゾン等のオンラインショップ経営者)と「倉庫の総括管理者(ヤマト運輸等)」のどちらであるか判明しないということでしょう。

「倉庫内でつけっぱなしにすることで温度上昇をもたらしている配達車のエンジンを可能な限り切ること」

という環境整備は果たして誰の責任でしょうか?こんな疑問からも今回のスト騒動の帰趨が気になります。

追記

上記を書いた後で、現在上映されている、邦画の「ラストマイル」を観ました。巨大なオンラインショップ倉庫が舞台のミステリーですが、通販大手と運送会社とその下請けの関係がリアルでした。けっこう面白かったです。

トランスジェンダーと労働法

(ウルム市庁舎、by T.M)

8/10 日テレニュース

9日、パリオリンピックのボクシング女子66キロ級決勝で“性別”をめぐる議論の渦中にいるアルジェリアのエイマヌン・ハリフ選手が中国の楊柳選手に5対0で判定勝ちし、金メダルを獲得しました。

試合は終始、ハリフ選手の優勢で進み、鋭いパンチが決まるたびに会場中は大歓声に包まれました。

これまでの試合では、イタリアの選手が開始わずか46秒で棄権したり、別の選手が抗議の意を示すリアクションをしていたとSNS上で話題になったりする場面もありましたが、決勝戦の勝利直後には中国の楊選手と拳を突き合わせて互いに笑顔でたたえ合う様子がみられました。

試合後のインタビューでハリフ選手は、家族や観客らに感謝を述べた上で、「私は女性として生まれ、女性として育ち、参加資格を満たしている、それは間違いない」と改めて主張。世界に向けて「今後こうした誹謗中傷が無くなることを願っている」と話しました。

何か、この人のニュース聞いていたら改めて、「女性って何だろう、男性って何だろう」と考えました。難しいことは分からないけど、男女による法規制の差について、労働法制ではどうなっているか、説明します。

まず、労働安全の分野なんですが、妊産婦や年少者を除いて、女性労働者が男性労働者と比較して、体力面で保護されているのは、次の規定です。

「重量物の取扱いについて、男性は無制限だが、女性は断続労働で30kg、継続労働で20kg以上を取扱ってはならない」

これは刑事罰を伴なう法条文であり、この規定から判明するように、明らかに男女体力面の差を認めています。草薙剛主演の2020年日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画「ミッドナイトスワン」ではトランスジェンダー(出生の性別は男性、性自認は女性)の主人公(草薙)が、建設現場で重量物を運び悪戦苦闘する姿が描かれていましたが、このような場合の重量物の取扱いについては、労働基準法上今後どうなるのでしょうか?

次に労働衛生面ですが、これは安全面より規制があります。母性保護のため有害物質に汚染された場所(例、作業環境測定結果が第3管理区分の箇所等)等が全面的に就業禁止となります。これは、性自認が女性にしろ男性にしろ、「母性保護」が理由である就業制限の適用は安全面より難しい気がします。(出産能力がある性自認は男性の方の保護は不必要? 性自認は女性の方の母性保護はどうする?)

労働基準法設立から約80年、労働安全衛生法は50年以上の歴史を持ちます。何か、トランスジェンダーの方々の権利と保護を労働法の分野でも見直す時機かもしれません。

熱中症と役所の対応

(ポルシェとウルムの街並み、T.M氏のドイツ出張中の写真です)

毎日暑い日が続きます。今日は熱中症のことについて書きます。

世の中には、猛暑の中でも、熱から逃れられない仕事があります。例えば、私が見聞した作業の中では、ビル建築現場の屋上の防水工事がそれに当たります。真夏に、ビルの屋上に熱したアスファルトを敷いていました。火傷防止のため作業員は、長袖の作業服の袖をとめ、軍手をしています。当然、ヘルメットを被っています。そんな過酷な建設現場で、熱中症の死亡災害が発生しましたが、それは懸念されていた屋上の防水工事ではなく、日が差さない地下の電気工事の作業員でした。被災者は60歳代で、直近の定期健康診断で高血圧症と診断されていました。

熱中症はやっかいな疾病です。

その理由の第一は、どこで起きるか分からないということです。鉄工所の溶鉱炉の傍の業務とか、空気の流通のなお造船所の船底の業務では意外と発症しません。それはみんな注意しているからです。そして、思いもかけない所で発症してしまうのです。墜落災害は墜落危険個所で作業している者にしか発生しませんし、機械への巻き込まれ災害は機械近くで作業している者にしか発生しません。しかし、熱中症はエアコンが有効に機能していない場所ならば、どこでも発症します。しかも同じ環境で、同じ時間仕事をしていても、熱中症となる者、ならない者がいます。高齢者、基礎疾患のある者、その日たまたま体調の悪い者等がリスクが高くなります。

やっかいだという理由の第二は、重篤災害となる可能性が高いということです。労災の統計によると、他の労災と比較して発生率はさほど高くはありませんが、一端発症すると、死亡率は他の災害の6倍に上ります。ウチの会社は今まで大丈夫だったからと安心していると、いきなり重症となる熱中症が発生する可能性があるということです。

理由の第三は効果的な保護具がないということです。高所作業なら「安全帯」、化学物質関係なら「保護マスク」等の保護具があります。しかし、熱中症にはそのような保護具はありません。各企業は現在こぞって、熱中症対策の保護具を開発中のようですが、その中には、JISで規格化されるような決定的なものはありません。私も、いくつかは試してみましたが、クールベストが一番良いようでした。しかし、それは効果時間が限られています。結局は熱中症対策とは、「休憩」「給水」くらいしか思い浮かびません。

そういえば、「給水対策」といえば、こんなことがありました。私が、市営の大きな公園の安全診断をした時のことです。非常に大きな公園で、雑草抜きや刈払機を取扱う現場の人が数人いたので、そこの管理事務所に「現場で働く人のための熱中症対策としてスポーツドリンクを用意して下さい。建設工事現場や工場ではそのような対策をしています」と依頼したところ、「それはできません」と断られました。「税金で職員にスポーツドリンクは用意できない」ということでした。エアコンの利いた事務所で予算を管理する役所の人の感覚ってこんなものかと思いました。私が役人だった時から変わっていません。

さて、来週は夏休みでブログの更新はしません。次は8月18日に更新します。

暑さが続きますが、皆様、体調管理にお気をつけ下さい。