つながらない権利

(三浦市の隆起海岸、by T.M)

8/28 中日スポーツ

杉村太蔵元衆院議員が28日、テレビ朝日系の情報番組「大下容子ワイド!スクランブル」にコメンテーターとして出演。番組内で紹介されたオーストラリアで新たに施行された、休みの日に仕事関係の連絡を無視できる「つながらない権利法」について、「これね、本当やった方がいい」と私見を述べた。

番組によると、従業員のワークライフバランスを保つのが狙いで、悪質な違反をした企業には罰金が科されるという。日本国内でも同様の法整備を求める声があることが紹介された。

実業家、投資家でもある杉村さんは「明日の朝でいいからやってって、夜10時くらいに(連絡が)来ると、そこから頭の中仕事モードになるでしょ。最悪だよね。気持ち、よく分かる」と共感。

番組は街頭インタビューで「夜間に現場でトラブルが起きたら、勤務時間外でも担当者に連絡せざるを得ない実態がある」という50代執行役員の声を紹介。

これに対し、杉村さんは「これはね、会社の業務を把握してないあんたが悪いでしょ、と。なんで(担当者に)聞かないと回せないの。日頃あんたら何やってんだ、というのが私の考えですね。絶対に時間外につなげてはいけない労働者がいますんで、そこは保護してあげないといけない」と持論を展開した。

この意見、大賛成です。杉村さん、いい事いうなあ。この意見、大賛成です。でも、けっこう難しいですよ。

東日本大震災から数か月たったある日、横浜北労働基準監督署の方面主任をしている私のところへ、ある電力会社が相談に来ました。その内容は次のとおりです。

「地震の後始末で、わが社は混乱している。休日に福島から他県へ行く場合は、すぐに連絡が取れるように職員に義務化したいのですが、何か労働基準法に違反しますか」

私は、その時に相談者の顔をまじまじと見ました。そして、考えました。

「この人、私に何を言わせたいのだろ」

けして「良い」とは言えません。でも、あの時期に冷たく「ダメ」というのも憚れました(もちろん、労働者にとっては「No」が当たり前です)。

次に考えたのは、「こんなの黙ってやればいいだろ」ということです。労働者から指摘がでたら、「労働基準法違反であることは分かっているが、会社のため、社会のために私がやらせた」と会社内で誰かが言えばいいだけの話です。そして、その「誰か」が責めを負えばいいのです。それができなくて、責任逃れして監督署に聞くなと思いました(もちろん、監督署も思いっきり責任逃れをしていることに変わりはありません)。

私は、その時に「検討します。後日連絡します」としました。そして、監督署内部及び神奈川労働局とも「相談」して、後日に相談者に対し「労働基準法の残業命令と法の主旨」等の関係ないことを長々説き、「有耶無耶」にしてしまったことは言うまでもありません。

(注)因みに、役所からの返答を逃すまいと思ったら、「文書質問」し「文書回答」をもらうことです。もっとも、こんなケースの文書回答は何年先になるかは分かりません。

こんな経験をした私ですから、労働基準法無視で提案させて頂きますが、時間外に業務のことで使用者から労働者へ連絡し、それに労働者が対応した場合は、対応に至る費用として1分間につき幾ばくかの賃金を支払うというのはいかがでしょうか。この「対応」というのは「連絡」に対する対応であり、何か行動することではありません。「行動」した場合は「通常の時間外労働手当」が発せします。例え、労働者の答えが「今は、分かりません」であったとしても、使用者から賃金が支払われるべきではないでしょうか。

労働者が会社の業務から完全に離れる時間を持つことは必要です。しかし、「安全に関する問題」等の連絡ということを考えると、致し方無いこともあるということです。

追記

このブログを書いた後に、兵庫県の斎藤知事が部下に対して、真夜中に部下にメール等で指示(叱責?)をしていたことを、百条委員会で認める発言をしたともマスコミ記事がありました。知事曰く、自分が官僚だった時にはそれが当たり前だったとか。

なるほど、知事は「霞が関の勤務対応は正しく、地方は間違っている」と考えている人間だということがよく分かりました。こういう人間に監督官時代に時々会いました。銀行職員がいきなり取締役となったり、一流企業の職員が関連会社の社長となったりするケースです。みんな「元の職場は・・・・」というような話をしていました。労働基準監督官が現役時代にそういう人と出会うということは、そういうことです。

熱中症と倉庫内作業

(ボーデン湖マイナウ島にある庭園、by T.M)

8/19 毎日新聞

ヤマト運輸の倉庫で仕分け作業をする男性社員(55)は19日、東京都内で記者会見し、熱中症対策の拡充を求めてストライキを実施したと明らかにした。男性は「風通しの良くない倉庫内では、気温計の針が40度で振り切れ、身の危険を感じる労働環境だ」と訴えている。

男性は兵庫県尼崎市の営業所に勤務。長年、宅配ドライバーの仕事をしていたが、昨年8月から倉庫で荷物の仕分け作業をするようになった。

男性によると今年7月、倉庫内の気温計の針は40度で振り切れ、熱中症指数は運動の原則中止を求める「危険」に達していたという。頭痛薬を飲んで勤務していたが、8月上旬に病院を受診すると医師に「熱中症の症状」と言われた。

男性は9日、勤務先の営業所と団体交渉。男性は空調服の支給を求めたが、所長は「気温計は壊れていた。最大でも36度だった」と主張し、受け入れられなかった。このため男性は1人で19日に終日ストライキを行った。

男性の勤務先は、荷物の仕分け場所に扇風機やスポットクーラー、ウオーターサーバーを設置し、塩あめを用意するなどの熱中症対策を実施しているという。

驚く人も多いと思うのですが、上記のような作業を行う人に対する「熱中症対策」について、労働安全衛生法で規制する法条文はありません。やっぱり、温暖化現象なのだと思いますが、労働の現場で熱中症が話題になってきたのは、20年くらい前からです。50年以上前に制定された労働安全衛生法には、そもそも「熱中症対策」の概念がないのです。それでも、事務室で働く人には、労働安全衛生法事務所衛生基準規則第5条で「エアコン(空気調和設備)を使用している場合は室温を28度以下にするように努めなければならない」という規定があるんですが、現場で働く人にはそのような規定はありません。もっとも、記事の中にあるような倉庫の中の作業ではなくて、例えば「溶鉱炉の近くで働く人」みたいなもっと厳しい環境で働く人については、定期的に作業環境測定を行うことみたいな規定はあるんですが、じゃあ何をしたらよいかというと、「健康診断を年2回やれ」くらいしか、法規制はないんですよね。

この新聞記事では分からなかったんですけど、別の新聞記事を読むと、この男性の具体的な主張は以下のとおりです

①倉庫内でつけっぱなしにすることで温度上昇をもたらしている配達車のエンジンを可能な限り切ること。

②倉庫内の温度・熱中症指数を記録、管理すること。

③空調服、首に巻く扇風機、スポーツドリンクなどの支給および、通風または冷房設備の充実。

④労働者の健康状態の確認、安全衛生教育の実施、応急処置の流れの共有をすること。

⑤全社的な熱中症対策の実態調査。

非常に具体的で良い主張だと思います。労使交渉では、愚にもつかぬことを主張する労働組合もたまにあるのですが、この主張は要点を押さえていて、経験の少ない新人監督官に見習わせたいくらいです。

唯一、実施が難しいかなと思うのが①についてです。これは倉庫を管理する者が動かなければできないことです。オンラインショップが隆盛となった近年、労働の分野には大きな問題が発生しました。それは、倉庫内での作業について、労働災害が多発しているということです。原因は、重曹構造の請負関係、個人事業主と労働者の境界が曖昧、登録型派遣の雇用問題等いくつかありますが、最大のものは倉庫内の事故の最終責任が「倉庫の所有者(アマゾン等のオンラインショップ経営者)と「倉庫の総括管理者(ヤマト運輸等)」のどちらであるか判明しないということでしょう。

「倉庫内でつけっぱなしにすることで温度上昇をもたらしている配達車のエンジンを可能な限り切ること」

という環境整備は果たして誰の責任でしょうか?こんな疑問からも今回のスト騒動の帰趨が気になります。

追記

上記を書いた後で、現在上映されている、邦画の「ラストマイル」を観ました。巨大なオンラインショップ倉庫が舞台のミステリーですが、通販大手と運送会社とその下請けの関係がリアルでした。けっこう面白かったです。

トランスジェンダーと労働法

(ウルム市庁舎、by T.M)

8/10 日テレニュース

9日、パリオリンピックのボクシング女子66キロ級決勝で“性別”をめぐる議論の渦中にいるアルジェリアのエイマヌン・ハリフ選手が中国の楊柳選手に5対0で判定勝ちし、金メダルを獲得しました。

試合は終始、ハリフ選手の優勢で進み、鋭いパンチが決まるたびに会場中は大歓声に包まれました。

これまでの試合では、イタリアの選手が開始わずか46秒で棄権したり、別の選手が抗議の意を示すリアクションをしていたとSNS上で話題になったりする場面もありましたが、決勝戦の勝利直後には中国の楊選手と拳を突き合わせて互いに笑顔でたたえ合う様子がみられました。

試合後のインタビューでハリフ選手は、家族や観客らに感謝を述べた上で、「私は女性として生まれ、女性として育ち、参加資格を満たしている、それは間違いない」と改めて主張。世界に向けて「今後こうした誹謗中傷が無くなることを願っている」と話しました。

何か、この人のニュース聞いていたら改めて、「女性って何だろう、男性って何だろう」と考えました。難しいことは分からないけど、男女による法規制の差について、労働法制ではどうなっているか、説明します。

まず、労働安全の分野なんですが、妊産婦や年少者を除いて、女性労働者が男性労働者と比較して、体力面で保護されているのは、次の規定です。

「重量物の取扱いについて、男性は無制限だが、女性は断続労働で30kg、継続労働で20kg以上を取扱ってはならない」

これは刑事罰を伴なう法条文であり、この規定から判明するように、明らかに男女体力面の差を認めています。草薙剛主演の2020年日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画「ミッドナイトスワン」ではトランスジェンダー(出生の性別は男性、性自認は女性)の主人公(草薙)が、建設現場で重量物を運び悪戦苦闘する姿が描かれていましたが、このような場合の重量物の取扱いについては、労働基準法上今後どうなるのでしょうか?

次に労働衛生面ですが、これは安全面より規制があります。母性保護のため有害物質に汚染された場所(例、作業環境測定結果が第3管理区分の箇所等)等が全面的に就業禁止となります。これは、性自認が女性にしろ男性にしろ、「母性保護」が理由である就業制限の適用は安全面より難しい気がします。(出産能力がある性自認は男性の方の保護は不必要? 性自認は女性の方の母性保護はどうする?)

労働基準法設立から約80年、労働安全衛生法は50年以上の歴史を持ちます。何か、トランスジェンダーの方々の権利と保護を労働法の分野でも見直す時機かもしれません。

熱中症と役所の対応

(ポルシェとウルムの街並み、T.M氏のドイツ出張中の写真です)

毎日暑い日が続きます。今日は熱中症のことについて書きます。

世の中には、猛暑の中でも、熱から逃れられない仕事があります。例えば、私が見聞した作業の中では、ビル建築現場の屋上の防水工事がそれに当たります。真夏に、ビルの屋上に熱したアスファルトを敷いていました。火傷防止のため作業員は、長袖の作業服の袖をとめ、軍手をしています。当然、ヘルメットを被っています。そんな過酷な建設現場で、熱中症の死亡災害が発生しましたが、それは懸念されていた屋上の防水工事ではなく、日が差さない地下の電気工事の作業員でした。被災者は60歳代で、直近の定期健康診断で高血圧症と診断されていました。

熱中症はやっかいな疾病です。

その理由の第一は、どこで起きるか分からないということです。鉄工所の溶鉱炉の傍の業務とか、空気の流通のなお造船所の船底の業務では意外と発症しません。それはみんな注意しているからです。そして、思いもかけない所で発症してしまうのです。墜落災害は墜落危険個所で作業している者にしか発生しませんし、機械への巻き込まれ災害は機械近くで作業している者にしか発生しません。しかし、熱中症はエアコンが有効に機能していない場所ならば、どこでも発症します。しかも同じ環境で、同じ時間仕事をしていても、熱中症となる者、ならない者がいます。高齢者、基礎疾患のある者、その日たまたま体調の悪い者等がリスクが高くなります。

やっかいだという理由の第二は、重篤災害となる可能性が高いということです。労災の統計によると、他の労災と比較して発生率はさほど高くはありませんが、一端発症すると、死亡率は他の災害の6倍に上ります。ウチの会社は今まで大丈夫だったからと安心していると、いきなり重症となる熱中症が発生する可能性があるということです。

理由の第三は効果的な保護具がないということです。高所作業なら「安全帯」、化学物質関係なら「保護マスク」等の保護具があります。しかし、熱中症にはそのような保護具はありません。各企業は現在こぞって、熱中症対策の保護具を開発中のようですが、その中には、JISで規格化されるような決定的なものはありません。私も、いくつかは試してみましたが、クールベストが一番良いようでした。しかし、それは効果時間が限られています。結局は熱中症対策とは、「休憩」「給水」くらいしか思い浮かびません。

そういえば、「給水対策」といえば、こんなことがありました。私が、市営の大きな公園の安全診断をした時のことです。非常に大きな公園で、雑草抜きや刈払機を取扱う現場の人が数人いたので、そこの管理事務所に「現場で働く人のための熱中症対策としてスポーツドリンクを用意して下さい。建設工事現場や工場ではそのような対策をしています」と依頼したところ、「それはできません」と断られました。「税金で職員にスポーツドリンクは用意できない」ということでした。エアコンの利いた事務所で予算を管理する役所の人の感覚ってこんなものかと思いました。私が役人だった時から変わっていません。

さて、来週は夏休みでブログの更新はしません。次は8月18日に更新します。

暑さが続きますが、皆様、体調管理にお気をつけ下さい。

最低賃金への意見

(ドナウ川につながる運河⦅ウルム⦆、by T.M)

朝日新聞 7/25

厚生労働省の中央最低賃金審議会の小委員会は24日、最低賃金(時給)を全国加重平均で50円(5・0%)引き上げて1054円とする目安をまとめた。長引く物価高を受け、過去最高の上げ幅となった。25日の審議会で正式に決定する。

非常に良い決定だと思います。「たった、これっぽちの引き上げでは生活できない」とか、「価格転嫁できないのに、中小企業をいじめるな」とか、色々な意見はあると思いますが、「5%の賃上げ」はどう考えても大きいと思います。この「賃上げの流れ」が今年限りでなく、来年以降も継続することを望みます。

さて、毎年この時季にブログに同じ主張をするのですが、最低賃金について提案があります。

それは、

派遣労働者の最低賃金を、通常の最低賃金の150%として欲しい

ということです。突拍子もないことのうように思えますが、実はそうでもないのです。それは次の2つの理由からです。

第一 業種別最低賃金というのは、現在でも存在します。例えば、千葉県では、「通常の最低賃金は時給1026円」ですが、「鉄鋼業については時給1096円」です。このように、業種によって最低賃金が決定されるのは珍しいことではありません。

第二 派遣労働者の最低賃金は「派遣先の最低賃金が適用される」ことが法に定めてあります。例えば、上記で事例で言えば「千葉県の鉄鋼業に派遣される派遣労働者の最低賃金は、千葉県の最低賃金の1026円ではなく、派遣先の最低賃金の1096円が適用」されます。従って、現行法では「派遣業の業種別最低賃金」を決定することは不可能です。しかし、平成20年前後までは、派遣労働者の最低賃金の適用は「派遣元が該当する最低賃金」とされていましたが、法改正が行われ「派遣元の最低賃金」から「派遣先の最低賃金」が派遣労働者に適用されるようになりました。つまり、法律を基に戻すだけで、「派遣労働者の最低賃金」を「派遣元」に適用させることができるようになります。

派遣労働者の最低賃金を通常の労働者より大幅にアップさせるということ次の3点のメリットがあります。

第一 派遣労働者の収入が増加する

第二 派遣労働者の正規労働者化がすすむ

第三 派遣労働者を望むものが多くなり、人材の流動化がすすむ

もちろん、現在派遣労働者を使用している企業からは苦情がでるでしょうが、「人員調整が可能な労働者にはより多くの賃金が支払われるのは当然のことだ」と理解してもらうしかないでしょう。