マスパセ氏と解雇予告除外認定

(木塀と松が美しい街並み・近江八幡市、by T.M)

コロナ鬱になってしまいました。自分がコロナではないかと気になって毎日10回以上、検温しています。仕事は在宅勤務が主ですが、通常の「安全診断」と「安全教育」はしています。こういう時だから、「安全教育」等に写真を参加させるのは辞めようというお客様と、こういう通常業務が暇な時だからこそ「安全教育」を受講させようというお客様に別れます。安全教育に参加されるお客様に対し、講義の質は落とすまいと努力していますが、マスクをつけての何時間もの講習はやはりつらいです。

さて、本題です。今回は例のマスパセ氏のはなしです。マスクをしないで飛行機を停めた方ですが、監督署の監督官は拘置所等まで彼に会いにいったのでしょうか?

労働基準監督官は時々、拘置所や留置場に行くことがあります。そこに拘束されている人に面会に行くためです。拘留中の者が何か労働争議の被害労働者のこともありますし、賃金不払いで逃亡中の事業主が別件の刑事事件で捕まっていることがあります。

ところで、よく労働基準監督署が「逮捕権」はあるのに逮捕はしない、ザル捜査機関だなどという陰口を言う人がいますが、労働基準監督署は物理的に逮捕が不可能なんです。つまり、逮捕しても収監する場所がないのです。マニュアルどおりですと、「拘置所」という所に、逮捕した人を入れることになっているのですが、拘置所はいつも満杯です。私も一回、横浜拘置所に逮捕手続きについて相談に言ったのですが、「空きはない」と怒られてしまいました。要するに、社会的な重要事案(例えば、大企業の過労死事案で、労働時間の不正操作がある場合)で、検察庁からの強い要請でもありゃ別ですが、賃金不払いの常習事業場のようなチンケな悪党に貸す部屋はないということです。この点、警察は羨ましいです。各警察署には留置場があって、逮捕すればそこに収監できます。代用監獄とか言われて、人権の部分においては評判の悪い留置場ですが、犯罪捜査ということについては、その存在は貴重なものです。

マスパセ氏に会いに監督官が、彼が勾留されている刑務所等に行くというのは、要するに労働基準法第20条の解雇予告の件です。事業主は、労働者を解雇する場合はひと月前に予告するか、ひと月分の賃金を解雇予告手当を支払わなければなりません。ただし、所轄労働基準監督署長が、「労働者の責による解雇」であると事実認定した場合は、事業主は即時解雇ができます。事業主がこの認定を労働基準監督署長に認定を申請することを「解雇予告手当除外申請」と言います。

マスパセ氏は雇用されていた大学を今回の件で解雇されたという報道ですが、この「解雇」が事実であるなら、社会的な信用を重んじる企業である大学側から所轄労働基準監督署にこの申請がなされた可能性が高いと思います。そうであるなら、監督官は事実関係の調査のために彼に会いに行く必要があります。

申請の該当要件は次のとおりです。

「事業場外で行われた刑法犯に該当する行為であっても会社の名誉、信頼を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるもの又は労使間の信頼関係を喪失せしめるものであるとき」

今回のケースでいくと、マスコミ等で大学の名前も公表されてますので、「会社の名誉、信頼を失墜するもの」であることは明らかです。問題は、前半の「刑法犯に該当する行為」であったかどうかです。

監督署の職員はこのケースでは、一般的に被申請労働者に事実関係を問います。傷害事件・交通事故等の場合は被申請労働者があっさり事実を認めてくれることが多いのですが、今回はどうでしょうか?

そもそも、裁判所でもない一行政機関が、「犯罪行為の事実関係の認定の有無」ができるのかという根本的な問題がこの認定申請にはあるのです。

大学側は、既に解雇したそうです。多分、認定申請が不認定となった場合は、改めて解雇予告手当を支払うつもりなのかもしれません。

逮捕したのは大阪府警、大学のキャンパスのあるのは横浜市戸塚区。横浜の監督署の監督官が、大阪まで出張して留置所(あるいは拘置所)で被申請労働者と面会したのか?その時、被申請労働者はマスクをしていたのか?監督署OBとしては興味があります。

現役中は、けっこうつらいなと思った、留置場や拘置所での事情聴取が、マスパセ氏の件で思い出しました。そう言えば、独特な主張の方とも話し合う機会が時々あるのが、監督官の仕事の醍醐味かもしれません。

新聞記事から(1)

(旧中山道柏原宿・滋賀県米原市、by T.M)

新聞記事がwebで掲載されると、yahooコメントで様々な意見が掲載されます。その傾向をみると、私の感想と、世間の大多数の感想が全く違っていると気づかされるものもあります。典型的な2例を挙げます。

朝日新聞1月13日

飲食店で営業時間の短縮が進むなか、大手チェーンの働き手から、シフトを減らされた分の収入減が補償されないとの訴えが相次いでいる。職場が休業手当を払う必要はないと主張する企業がある一方、そうした場合に国が働き手に直接払う支援金は、大手の働き手が対象外になっているからだ。事態の改善を図るべきだとの指摘も出ている。

 大手ラーメン店チェーン「一風堂」で働くアルバイトの男性(29)が13日に記者会見し、新型コロナウイルス対応の営業時間短縮で減ってしまうシフト分の休業手当を求めて、会社と交渉中だと明らかにした。

男性は、神奈川県内の店で7年ほど前から夜を中心に週45日働き、コロナ禍までは月20万円弱の収入を得てきた。店は今月8日から、閉店を午後10時から午後8時に早めた。会社側は、既にシフトが組まれていた1月前半分についてはシフト削減分の休業手当を払うとする一方、シフトが未定だった1月後半以降については、休業手当を支払う義務はないと主張しているという。

(略)

この事件について、アルバイトの方の請求が過大なものだというコメントが多かったです。でも、私は、アルバイトの請求は当然だろうと思いました。2週間ごとのシフト改正とは、労働基準法第32条の2で定められた「1ケ月以内の変形労働時間制」を2週間単位で運用していると思われます。労働契約の事業場側からの解除(解雇のこと)がなければ、「シフトの入っていない」未来の週についても、労働契約が継続される限り休業補償がなされるべきです。このケースでしたら、会社が雇用調整助成金の手続きを進めればいいだけのような気がします。

それでは、次のケースです。少し引用が長くなります。

琉球新報1月15日

沖縄県浦添市内の会社に勤める40代の女性が昨年12月、タイムカードの取り扱い方法が就業規則に違反したとして、同社を懲戒解雇となった。女性は法で定める就業規則の掲示などを受けてなかったといい「一方的に会社を追われた」と訴える。会社側は「(女性に対する)処分に問題はない」との見解を示す。女性は処分の撤回と未払い賃金などの支払いを求め、民事提訴を検討している。

 労働基準法では、就業規則は各作業所の見えやすい場所への掲示、備え付け、書面の交付等により労働者に周知しなければならないと定めている。女性は解雇される前に就業規則の一部を遠目に見せられたが、約5年間の在籍中は一度も開示を受けなかったという。

 女性によると、管理職だった女性が出先から直帰する日などに、同僚が便宜を図りタイムカードを打刻したことが問題視された。就業規則違反として昨年11月末、女性は会社から降格処分を告げられた。処分を受け入れなかった女性は自宅待機を命じられ、10日後に懲戒解雇になった。

 女性は固定給で、打刻によって残業手当の発生はなく、社内でタイムカードは形式的な扱いだったと主張する。

 同社の社長は琉球新報の取材に「(タイムカードの打刻で)女性は会社を欺いた。会社としては降格処分にとどめたが、納得しないようだったので退職を促した。不当解雇とは考えていない」と説明する。就業規則については周知が不十分なところもあったとし、今後は周知に努めるとした。

(略)

 

このニュースに対して、yahooのコメント欄は労働者に対し同情的です。私も「解雇」処分は重すぎると思います。ただ、労働者が、自分がどれだけ悪い事をしたのか、まったく理解してないようで残念です。

労働安全衛生法第六十六条の八の三 事業者は、労働者の労働時間の状況を把握しなければならない。

労働安全衛生規則第五十二条の七の三 法第六十六条の八の三の厚生労働省令で定める方法は、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。

この条文から分かるように、例え相手が残業代が支払われていない管理職であっても、事業者はタイムカード等の方法で労働時間を把握する義務があるのです。この条文は、過労死の防止等のため、2019年に制定されたものです。

今回の事件の労働者のタイムカードの不正打刻は、結果として企業の法違反となるもので、企業の労働者への処分はある意味仕方がないことなのです。ましてや、この労働者の方は「管理職」という立場だそうですが、部下はいたのでしょうか?自分が管理職として労働時間を管理する部下がいたとすれば、この方のタイムカードの不正行為は、もっと咎められるべきものとなります。

だから労働者についても、「就業規則に書かれていなかった」などと弁明しないで、会社を法違反に抵触させてしまった行為を詫びた上で、重すぎる処分の妥当性を争うべきであると思います

以上、最近読んだ新聞記事で、yahooコメントの大多数の意見に私が違和感を覚えたものでした。