西鉄タクシー労働組合

(ウェス・アンダーソンすぎる風景展写真・渋谷ヒカリエ、by T.M)

朝日新聞 6/14

西日本鉄道の子会社「福岡西鉄タクシー」(福岡市)の勤務体系は労働基準法に反するなどとして、同社の運転手ら87人が会社に賃金計約2億694万円の支払いを求める訴訟を福岡地裁に起こした。第1回口頭弁論が14日、同地裁(中辻雄一朗裁判長)であり、会社側は請求棄却を求めた。

原告は、いずれも「私鉄福岡西鉄タクシー労働組合」の組合員。

 訴状などによると、西鉄タクシーは、長時間勤務する代わりに休日をまとめ取りできる「変形労働時間制」を社員に適用している。この制度は労働日や時間を特定することが条件だが、原告側は、会社が業務の都合で労働時間を変更できる規定を設けていると主張。制度を無効とした場合に発生する残業代などを支払うよう求めている。

 弁論では、原告代表で同組合執行委員長の塩塚大雄さん(37)が思いを語った。

 運転手は給与が少なくならないよう、体調が悪い日も無理をして出勤し、十分な休憩も取らずに働いていると主張。「従業員の命や健康を軽視し、利益のみ追求する会社の姿勢は人権を無視した経営だ。乗務員不足や高齢化が問題になっているタクシー業界の労働環境を適切なものにしたい」などと訴えた。

 一方、同社は「訴訟内容を精査し、適切に対応する」などとコメントを出した。

一体何が起きているんでしょうか?私が知っているタクシー会社の実情では、ありえない裁判です。

ネットを調べてみると、「私鉄福岡西鉄タクシー労働組合」は私鉄総連に加入しています。私鉄総連は連合系、とういうことはこの労働組合は全自交参加のはずですが、全自交って、基本的に賃金はオール歩合給と思っていましたど、どうなんでしょうか。

(注)タクシーの労働組合の大きな勢力は、「全自交(連合系)」と「自交総連(労連系・共産党の影響大)」です。

オール歩合給の場合は、基本的に残業代はでません。残業計算は、通常の賃金の場合は1時間あたり時間給の1.25倍ですが、オール歩合の場合の1時間当たりの残業代は、歩合給を総労働時間(基本時間プラス残業時間)で除算したものになります。ようするに、通常の残業代の5分の1以下になってしまうのです。そして、一人作業であるタクシー運転手の労働時間管理というのはとても難しいものなのです(運転手が休憩を取っているのか、手待ち時間なのか把握が難しい)。だから、事業主側も労働者側も計算しやすいように、残業の割増分を支払わないことを前提に歩合率を決めておくのです。

このように労働基準法を無視してしまうことに対し、組合の幹部は何とか是正しようとして指導してきたようです。しかし、組合員から「稼いだ分が明確になるオール歩合の方がいい」という意見が強く、このような賃金体系が長年続いています。

上記の新聞記事を読んだ時に、私が監督官をやっていた時代と違いオール歩合制はなくなったのかなと思いましたが、ネットで全自交の機関紙なんかを見ると、やはりオール歩合給は継続しているようです。

では、残業代がでないオール歩合給であることを労使承知で行っているのに、なぜ残業代不払い訴訟なのでしょうか。どうも原因は他にありそうです。

タクシーの労働問題で一番多いのは、実は「労働契約の変更による労働条件の低下」なのです。「労働組合」と「会社側」の間で一番重要なのは「信義則」。労働組合が飲めない労働条件変更が一方的に為されたではないでしょうか。

「変形労働時間制が無効だから、正規の残業代を払え」といった主張は、ある意味無理筋な裁判です。なぜなら、「タクシー業界においては、1日8時間労働は、パートタイム勤務労働者等を除いてはありえず、変形労働時間制が常態であり、それが何十年前からも継続されていた」からです。変形労働時間制でなければ、オール歩合給の運転手は稼げません。

このような「事業主からみると言いがかりとも見える裁判」を約90人の労働者が起こしたということは、この新聞記事からは見えない所で、多くの労働者の怒りを買う不実を経営側がしたのではないかと想像します。

アマゾンとライドシェア

(重要文化財指定の岳南電車本吉原駅、by T.M)

共同通信 5/24

アマゾンジャパンの商品配送を個人事業主(フリーランス)として請け負うドライバーら16人が24日、契約する同社の下請け運送会社などに計約1億1680万円の残業代を支払うよう求め、横浜地裁に提訴した。個人事業主には労働基準法が適用されず、本来は残業代を請求できないが、ドライバーらは会社の指揮命令を受けており、実態は雇用された労働者だと主張。労基法に基づく割増賃金を受け取れるとしている。

 被告は横浜市の「Gopal」など5社。原告の代理人弁護士によると、16人は5社のいずれかと契約し、アマゾンのアプリで指示を受けて配送に従事していた。

数年前にこのブログで書いたけど、Mという運送会社の株価がその頃高騰していました。いわゆる「テンバーガー」というやつで、5年で100円前後の株価が2000円を超えました。今は、持ち株会社になって上場していますが、相変わらず株価は1000円を超えています。

このMという会社が急成長した原因は、「アマゾンの下請け会社として、個人事業主を使用している」からです。どうも、宅配便を行う運送会社が個人事業主を下請けとして使用するといった業務形態は、運送会社は大分もうけるようです。

宅配便の下請け個人事業主をモデルとした映画では、ケン・ローチ監督の「家族を想う時」(2019年、イギリス映画)という名作があります。この映画を私は、横浜黄金町の映画館ジャック&ベッティで観たけど、終わった後に宅配便業務の過酷さへの怒りと、主人公の家族愛の強さに打たれ、しばし席から立ちあがれなかったものです。

(もっとも、「アマゾン」の業務については、季節労働者の業務が賃金が高く、福利厚生が良いと評価している、「ノマドランド」⦅2020年アメリカ、ヴェネツィア国際映画祭、金獅子賞⦆もあります)

そんな訳で、宅配便事業の個人事業主の業務はかなり厳しいと思うので、このような記事がでると個人事業主の方を応援したくなります。

労働者と個人事業主の違いは、原則として「労働時間を管理されているか、事業主の指揮命令下にあるか」等ですが、上記の記事のケースでしたら、私が判断するなら「業務の代替性」を重視します。つまり、仕事を運送会社から発注された時に、それをさらに「下請けに出す」ということは認められているのでしょうか?要するに、仕事に対し「属人性」を求められるということであれば、私は労働者性が強いと判断します。

(注)ある人が働いていることについて、「100%労働者である」とか「100%事業主である」というケースは稀です。ほとんどが「この部分を取り上げると労働者だが、別の側面から考えると事業主である」、といったケースです。それを最終的には裁判官が判断します。

記事にある個人事業主の業務対応について、ひとつ疑念なのは「自家用車持ち込み」の業務ではないかということです。もしそうであったら、自動車の減価償却等について、所得税の控除としているのではないでしょうか。自動車は通常、労働者の所得税控除の対象とはなりません。もし、控除等を行っているのなら、「税金を払う時は事業主」「報酬を得る時は労働者」となってしまうので、労働者性認定の場合は不利になってしまいます。

追記

ここまで書いていたら、ふと「日本型ライドシェア」のことが気になりました。以前、このブログでも書きましたが、あれは、「タクシー会社と契約する自家用車持ち込の労働契約」です。この辺の税金問題はどうなっているのかを、国税庁(タックスアンサー)に電話で尋ねたら、電話に出た人は「本庁から、何の連絡もない」とのことでした。何かライドシェアって、政治指導で性急に始まったけど、何か細かい所で各省庁間の連携がとれてないようです。ライドシェアに携わる労働者の方に不利益が生じなければ良いのですが。

定額減税!

(横川の鉄道文化むら、by T.M)

先週、衛生管理者受験準備講習会の法令講師をしてきました。今年で4年目です。出来の良し悪しは受講生が決めることですが、講習後に質問者が複数来てくれたことは嬉しかったです。でも中には、「ウチの職場で、×××のような状況があるのだが、これは労働基準法違反ではないのか」なんて相談もありました。行政を離れてもう8年ですが、まだまだ元労働基準監督官だと思われているのだと思いました。

さて、いつもこのブログを書くのは水曜日か木曜日なんですけど、木曜日に記事を仕上げた後にこんなビッグニュースが飛び込んできました。早速、差し替えました。

毎日新聞 5/29

林芳正官房長官は29日午前の記者会見で、6月から始まる定額減税のうち所得税の減税を給与に反映しなかった企業への罰則について「税法上の罰則は設けられていないが、労働基準法に違反し得るものと考えられる」と述べた。

その上で林氏は、企業に違反が認められた場合には「まずは労働基準監督機関から是正指導が行われる」との見解を示し、直ちに罰則が適用されるものではないと説明した。

定額減税では所得税が3万円、住民税が1万円減税され、給与所得者の場合は6月以降の給与に反映される。

このニュースを聞いた日本全国の労働基準監督署の監督官たちは、腰を抜かすほどビックリしたと思います。「なんでオレたちが・・・・」

まあ、理論上、この件で労働基準法第24条違反(賃金不払い)が成立するのは理解できます。労働者へ本来入るべきお金が、事業主が誤魔化していることはあってはなりません。でも、実際これを労働基準監督署で取り締まれといっても、「是正勧告をする技術的な問題」により、あまりにハードルが高い気がします。

理由は2つあります。まずひとつ目は、「いつ法違反が発生したのか特定が難しい」ということです。賃金は、所定期日に支払わなければなりません。そして、賃金から「税金が控除」することは事業主の義務です。

例えば、6月1日から月末までの賃金が7月5日に支払われることが労働契約で定められていて、本来「定額減税が1万円」されるべきところを、「5000円」しかされなかったとします。この場合、「5000円の賃金不払い」であると言えるかというと、そうではありません。「年末調整」という制度があるから、12月分の給与で是正されればいいのです。今までだって、ほとんどの企業が、ある意味「毎月の賃金からアバウトに源泉徴収」して、年末調整でつじつま合わせしてきたのではないでしょうか。

もし、年末調整でも「定額減税が反映されない」場合は、労働基準法違反は7月の給与で発生したのか、12月に発生したのか、どちらでしょうか。

また、私のように「後から確定申告を自分でするから、別に年末調整はいらいない。源泉徴収票だけくれ」というような労働者への、定額減税の不払いにはどのように対処したら良いのでしょうか?

「監督官が是正勧告をする時の技術的な問題」の2つ目としては、「労働基準監督官はそもそも税金のことなど、よく分からない」ということです。給与明細や賃金台帳を見て、「定額減税が不足している」なんて判断できる監督官がいると思っているんでしょうか。

また、「税金のことがよく分からない」監督官が、税金のことに口を出して税務署の職員は黙っているのでしょうか。いまでさえ、監督署と税務署は仲が悪いというのに!

まあ、官房長官が記事のようなコメントを出すということは、厚生労働省労働基準局と話しがついているのかもしれません。もっとも、偉い人達で話を決めてしまって現場は混乱するというのはよくある話なんで、そうはならないことを願っています。

准教授?

(峠の釜めし「おぎのや」、by T.M)

5/9 毎日新聞 「追い出し行為だ」 北海道大准教授ら、待遇改善を求め陳情書

北海道大理学研究院(札幌市北区)の化学部門で、複数の准教授が「教授会が不当に業務をさせず、教育・研究活動を阻害している」などと訴え、改善を求める陳情書を同院に提出していたことが、北大関係者への取材で判明した。准教授らは「教授会によって組織的に孤立させられ、退職を事実上迫られている」と主張している。

 関係者によると、准教授らは所属する研究室の教授が退職した後、研究室業務から切り離され、研究指導する学生も配属されていない。それぞれが1人で研究に従事しており、准教授らは「追い出し行為に当たる」と批判している。

 毎日新聞が入手した北大化学部門の内部文書などによると、同部門では教授が定年退職や異動などで不在になった場合、残った准教授や助教ら教員を「旧スタッフ」「旧研究室スタッフ」と呼んで区別。教授会に当たる講座委員会は2020年度に「内部基準」を設け、新任教授は研究室で旧スタッフを引き受けない▽合意を得た上で教授退職後1年間をめどに居室を移動する▽新たな学生は配属しない▽既存研究室に所属するが研究室業務は原則担当させない――などと取り決めた。

 4月現在、無期雇用の准教授と助教計4人が旧スタッフの扱いを受けている。4人は、理学部の学生向けに研究室を紹介する化学部門のパンフレットに名前が記載されていない。学生の研究指導に3年以上関わっていない教員もいる。ある准教授は取材に「教授の交代で追い出し部屋に入れられるのは予想外だった」と話した。

 複数の准教授は1月、大学のハラスメント相談室を通じて、理学研究院に改善を求める陳情書を連名で提出。講座委員会は25年度以降、旧スタッフに学生を指導させる方針を示すなど制度の見直しを始めた。

 化学部門長の松井雅樹教授は内部基準の存在を認めた上で「同じ分野でも新任教授と研究方針の相違などで研究室の運営が難しくなるケースも出てくる。旧スタッフのキャリアアップを支援するもので、転出を強要することは全くない」と説明した。

 アカデミックハラスメント問題に詳しい広島大ハラスメント相談室の北仲千里准教授は「組織で特定の人を冷遇しようとしている。不当な取り扱いだ」と指摘している

私が不明なのかもしれませんが、当事者は気の毒と思いますが、現在の情報だけでは、労働問題にはなりえないと思います。 もっと分かりやすく説明して欲しいと思います

別の毎日新聞の記事によると、この人たちは「期間の定めのない雇用」だそうです。そして、研究室を追い出されて「4平方メートル」の部屋(仕切った空間?)を与えられているということです。その部屋の写真が掲載されていましたが、独立した部屋のようでした。

状況を整理すると、次のような事実関係であると思われるのですが・・・(事実関係の把握が間違っていたらごめんなさい)

1 給与等は定年まで保障されている

2 過重労働等はなく、自由な研究ができる

3 研究を手伝ってくれる学生は配置されていない

4 パンフレットに自分の研究が掲載されない

要するに、「以前は花形職場だったのに、不遇となり、組織内で丁重に扱われなくなった」ということでしょうか

記事のタイトルには「追い出し行為」とありましたが、私が知っている追い出し部屋というのは、「労働者を孤立させる」「労働者に何もさせない」「労働者に無意味な仕事を長時間させる」「一日中デスクに座っていることを強要し、それを他の労働者への見せしめとする」等の陰湿なものです。

記事にある「准教授」になれない、「期間の定めのある労働契約」で、低賃金のポスドクの方がたくさんいます。それと比較して、「身分が定年退職まで保障され、厚生年金等に加入されている准教授」なら、労働基準法上は何も問題がないように思えます。

(この記事内で、私の「事実関係の把握」が間違っていたら、すぐに記事を訂正します)

ただ単に、現在の状況からいい仕事(いい研究)をして、見返してよればいいだけではないでしょうか。それとも、仕事上で他の嫌がらせがあるのでしょうか

USスチール社

(松永安左エ門の旧邸「老欅荘」・小田原市、by T.M)

NHK サタデーウォッチ 4/13

幅広く関係強化を確認した日米首脳会談。

この中で日本企業による、ある買収案件が話題に上るのか、注目されていました。

粗鋼の生産量で世界4位の「日本製鉄」が、アメリカで100年以上の歴史を持つ「USスチール」をおよそ2兆円で買収するという計画です。

しかし、そこにアメリカ大統領選挙の影響が…

USスチールという企業には、労働安全の分野で神格化されている逸話があります。

今から約100年前の1900年代はじめ、当時世界最大の製鋼会社のUSスチール社の社長であるエルバート・ヘンリー・ゲーリー社長は、労働災害がたびたび発生する同社工場について、次のように考えたという。

「同じ神の子である人たちが、こんな悲惨な災害を被り不幸な目にあっているのは、見るに忍びない」

そして工場内の改善をすすめるとともに、こんな言葉を述べました。

Safty First,Quality Second,Productivity Third

(安全第一、品質第二、生産第三)

これが労働安全史において、「安全第一」という言葉が最初に使われた事例です。そして、

USスチール社はこの方針どおりの経営をすすめ、災害の少ない、品質の良い製品を作る製造現場を作り上げたそうです。

私は「安全第一」も凄いが、次の「品質第二、生産(性)第三」という言葉も重いと思います。約100年前に製造業において、「もうけ(生産性)より、製品の品質が大事」だなんて、まさしくプロジェクトXの世界です。

先日「戦場のおくりびと」という映画を観ました。これは、ケビン・ベーコン主演のいわゆる「ロードムービー」で、イラク戦争の頃、ある海兵隊員が、戦死したアメリカ兵の遺体を、彼らの故郷まで飛行機やクルマを使用して移送する任務につきますが、その旅の途中で起きた様々な出来事を描いている、けっこう重い作品です。その映画の一場面にラストベルトの閉鎖された工場の中に主人公が入っていく場面があるんですけど、その誰もいない廃工場の壁に「safty first」っていう掲示があったことが印象的で、この言葉がいかにアメリカ社会に浸透しているかが分かりました。

このアメリカの製造業の歴史を体現しているような企業を、日本製鉄は買収しようというのですから、アメリカ社会から反発が起きても当然というような気がします。

さて、買収する側の日本製鉄のついても私は思い出があります。約40年前に愛知労働局に在籍していた時に、先輩と一緒に日本製鉄(当時は「新日鉄」と呼んだ)の名古屋製鉄所に臨検監督に行ったことがあります。その時に、最先端そして最高の安全管理の手法を目にすることができました。従業員一人一人が自主的に実施するKYや指差し呼称。安全を重視し、少しでも不審な点があると業務をストップさせるその姿勢。挨拶の時に、「こんにちは」のかわりに、工場内では「ご安全に」と声を掛け合うものだと、この時に知りました。

日本製鉄がUSスチールを買収することに意義や問題点については、私は良く分かりません。しかし、日本最高峰の安全管理を行う日本製鉄と労働安全のレジェンドともいえるUSスチールでは、現場サイドでは相性がいいかもしれません。