表彰のこと(8)

CA3I0655
CA3I0655

(M氏寄贈)

私は、課長から依頼のあった「安全衛生の良好な会社」に、この会社を推薦しました。課長は、従業員7人ということで驚きました。過去にそんな小さい会社を表彰したことがないのです。

推薦には、強度率や度数率といった数字が問題となります。(度数率は延労働時間数100万時間に何件災害が発生したかを表し、強度率は延労働時間数1000時間に対し労働災害損失日数が何日かを表します。)しかし、従業員7人の事業場では、年間総労働時間数が15000時間前後なので、度数率も強度率もあまり意味をなさないのです。つまり、零細事業場では、どんなに安全管理が悪くても、数年間は事故がないのが当たり前で、私が推薦する事業場がどんなに素晴らしくても、それが客観的な数字となって表れないという理屈になるのです。

私は自分が臨検に回った事業場の中で、その会社が他の会社と比較し安全設備に費用をかけていたことを説明し、社長さんがどれだけ工場で事故が起きないように努力しているかを力説しました。結局、課長が一緒にその工場に行って調査してくれることになったのですが、経験豊かな課長もその工場のファンとなってくれました。そして、署の推薦として局に表彰候補としてその事業場を挙げたのですが、やはり、前例がないという理由で、局には署の推薦は通りませんでした。

その時に、当時の古川労働基準監督署長は、職員が数度その事業場を訪問し、その工場の努力と結果を確認しているので、なんらかの表彰が必要と考え、署の関係公益社団法人の労働基準協会が表彰するよう手配してくれました。

労働基準協会の表彰式は署の会議室で行われました。出席者は署長と課長と私、そして労働基準協会の事務局長の4名でしたが、地元の新聞社が取材に来てくれました。
表彰式に出席した社長は、その後で、新聞社の写真撮影を受けました。その時に、盛装した社長がガチガチになっているのは、傍で見ている私にも伝わりました。そして、社長は私たちに対し、何度もありがとうございましたと言って、頭を下げました。
翌日の新聞には、「ゴミひとつ落ちていない清潔な工場」の説明文と社長のこんな言葉が載っていた。「当たり前のことをやってきただけなのに、表彰されて驚いています。」

私は若さゆえ、前例にないことをしてしまいましたが、この時の表彰式での社長の顔を思い出すと、いい仕事をしたなと思います。

表彰のこと(7)

CA3I1050
CA3I1050

(M氏寄贈)

表彰のことを大分長く書きすぎたので、今度の話で最後とします。
私が表彰の件でいい仕事をしたなと思うのは、表彰のことなど何も知らなかった監督官6年目で、宮城労働局の古川署に勤務していた時の出来事です。

一般的に署の労働基準監督官は表彰関係の仕事はしません。方面主任もしくは課長以上のもので対応するのが慣例だからです。だから、その時私は表彰制度というものを全く理解してなく、無知でした。

ある日、表彰担当の課長から、管内の工場等を監督する監督官として、何か安全衛生の良い事業場について心当たりはないかと、尋ねられました。表彰対象が、見当たらないというのです。

その頃はバブルの最盛期で、景気はとても良かった時期です。古川市(現在の大崎市)はアルプス電気やYKKといった大企業もいくつかあり、その関連企業も多数所在しました。私は、月に10件程度のプレス機械加工を代表とする金属加工業や電気機械部品製造業の臨検監督を実施していました。当時のプレス機械は、今では当たり前となった安全プレスは少なく、ピンクラッチが主体で事故も多発していました。また、プレス屋さんには、アーク溶接・ガス溶接・金属研磨等の作業が付随することが多かったのですが、授業員10人未満の零細企業では、安全設備に費用をかけることもなく、堆積粉じんで床が真っ黒な工場も少なくありませんでした。そしてそんな事業主相手に安全設備設置を指摘する私は、よくトラブルを起こしました。

工場を多数臨検する中で、ひとつ驚いた工場を見つけました。従業員7人の工場ながら、プレスの安全装置は完璧で、研磨装置1台1台に局所排気装置が設けられ、工場床は光るように清潔でした。そこの社長さんは、何年か前に職人さんから独立した人で、汚い工場が嫌いで、ともかく清潔な工場としたので、結果的に安全設備に金をかけることになったと話していました。

表彰のこと(6)

CA3I0570
CA3I0570

(M氏寄贈)

10年以上前の局長出席のプレゼーション会議で、労働安全衛生で表彰される事業場の「身体障碍者の雇用率」を表彰の調査内容に含めるべきだと決まり、労働基準監督署の現場は大混乱となったことがあります。
最終段階での新しい項目についての追加調査は、それまで協力してきてくれた推薦会社との関係で調査がやりにくいものです。
推薦会社にとって、労働安全衛生のことが理由で表彰が為されないのであるなら、自分たちの力不足ということで納得します。しかし、膨大な資料を提出し、書類を作成した後で、安全衛生に関係しないことで、あなたを落選させましたでは、行政に対し不信感を持ってしまうのです。

現場と局幹部の意思の不疎通は問題ですし、それが、本当に必要なことであるなら、調査開始前にそれを提案する機会はいつでもあったのだから、プレゼンテーションの時に問題にして欲しくなかったいうのが現場の本音です。
それで、実際に何か月間も労働基準監督署の調査に協力した事業場が、推薦を辞退したケースも発生しました。

さて、表彰式の当日の運営についても少し問題点を提起します。
数年前までは、表彰式はホテルの一室を借り、神奈川県下の全労働基準監督署長が集まり、表彰式を実施し、その後にはそこでパーティとなりました。現在は局の会議室で局長が表彰状を渡し、大臣表彰を伝達するだけです。
このように、質素・簡略となったのは、当然予算の関係であるが、表彰式は誰のためにあるのかを考えると残念だと思います。表彰される人が華やかな気分になる場が必要だと思うからです。
このことに予算を使用することは、社会的な非難は受けないでしょうから、ここは、ぜひとも労働局の予算を遣い、栄えある人をもてなすべきでしょう。
局幹部が表彰される人々に対し、晴れがましい場で「受賞おめでとうございます。(そして)ありがとうございます。」と述べる機会があってもいいと思います。

表彰のこと(5)

CA3I0679
CA3I0679

(M氏寄贈)

前回、「労働局は褒めることが下手」という話をしましたが、私が経験した「最低な表彰式」というのは、他の役所のものでした。ある地方公共団体の話です。私は労働局の職員として、その行事に参加していました。式典は交通安全に長年協力してきた、民間の人々を称えるものでした。式典の最初に、その地方公共団体の首長はこう述べました。
「最近物忘れが激しくて、今日の催し物は、昨日やった会と同じじゃないかと思い、秘書に尋ねたら、別の会だったんですよ。ハハハ・・・」
この首長は選挙で選ばれている人ですが、選挙民に対しては、普段から自分の部下を非難する姿勢をとっています。だから、軽口を述べ、自分は役人とは違うというポーズを取りたかったのかもしれません。
「×××長○○○賞」といって、自分の役職で賞状を渡す人たちが最前列に座る中、彼は「今日の催しなんて、毎日似たような会が続くんで、よく覚えてない」と言ってしまった訳です。
表彰される人は当然社会の片隅で立派なことをしてきた人たちであり、表彰されるということで晴れがましい気分になっていて、自分の家族たちにも話をしていたかもしれないのに、彼はその人たちの事蹟を表彰式の日に侮辱したのです。

さて、労働局の表彰のことに話を戻します。
各署から表彰の推薦が局に上がってきた後は、今度は法律で定められた労働災害防止団体等の推薦を受理します。そして、それを局の安全課及び健康課内で討議し、どこを表彰する、どこを落とすの案を作成します。そして、その後、いよいよ神奈川労働局内の最高決定機関である局長・部長会議で、候補事業場のプレゼンテーションを行い、最後の了承を得る訳ですが、中にはここで、ストップがかかるケースもあります。

表彰のこと(4)

CA3I0712
CA3I0712

(山梨県大月市で撮影、カタクリの花、M氏から頂きました)

安全課の表彰担当者であった時に、表彰事業場の事蹟を作成しようとしたところ、各署が作成する「表彰の理由」に、このアピールポイントがほとんど記載されてなく、表彰理由について「安全管理体制、安全教育、労働安全衛生マネジメントシステム、リスクアセスメント」等が述べられているだけなので、事蹟が書けず困ったことがありました。
安全管理体制等が優良なことは、表彰される会社にとっては、あたり前のことです。この「あたり前」のことをマンネリ化しないような、継続できるような努力を各会社は必ずしているはずなので、それこそが表彰理由となるのです。
この「あたり前の継続」は、尊くて難しいものです。そして、その継続が存在する限り、無災害1億時間も夢ではありません。
そんな訳で、事蹟を書く時に、署が記載した文書を無視して、会社作成の資料に目を通してみました。すると、すべての事業場で、このことについて何らかの独自対策を行っていることが判明しました。

例えば、「安全道場」なるものを企業内に作成し、活用している事例がありました。「安全道場」というのは、なんとも素晴らしいネーミングだと思いました。実態は、安全衛生に係る研究機関であり教育機関なのでしょうが、そのネーミングに会社の意気込みを感じます。ところが、署の報告書では、その活動の実態が一切記載されていませんでした。また、あるコンプレッサーメーカーの企業のトップによる「安全宣言」は、それは美しく詩的で、私は思わず表彰式の神奈川労働局長の挨拶文にその一節を導入して下案としてしまいました(私は退職時にその文章のコピーを持ってこなかったことを後悔しています)。

労働局という役所は、企業の不手際を指摘することには長けていますが、褒めることが苦手なのです。もちろん、これは労働局が、基本的に取締り機関であることが理由です。