(M氏寄贈)
私は、課長から依頼のあった「安全衛生の良好な会社」に、この会社を推薦しました。課長は、従業員7人ということで驚きました。過去にそんな小さい会社を表彰したことがないのです。
推薦には、強度率や度数率といった数字が問題となります。(度数率は延労働時間数100万時間に何件災害が発生したかを表し、強度率は延労働時間数1000時間に対し労働災害損失日数が何日かを表します。)しかし、従業員7人の事業場では、年間総労働時間数が15000時間前後なので、度数率も強度率もあまり意味をなさないのです。つまり、零細事業場では、どんなに安全管理が悪くても、数年間は事故がないのが当たり前で、私が推薦する事業場がどんなに素晴らしくても、それが客観的な数字となって表れないという理屈になるのです。
私は自分が臨検に回った事業場の中で、その会社が他の会社と比較し安全設備に費用をかけていたことを説明し、社長さんがどれだけ工場で事故が起きないように努力しているかを力説しました。結局、課長が一緒にその工場に行って調査してくれることになったのですが、経験豊かな課長もその工場のファンとなってくれました。そして、署の推薦として局に表彰候補としてその事業場を挙げたのですが、やはり、前例がないという理由で、局には署の推薦は通りませんでした。
その時に、当時の古川労働基準監督署長は、職員が数度その事業場を訪問し、その工場の努力と結果を確認しているので、なんらかの表彰が必要と考え、署の関係公益社団法人の労働基準協会が表彰するよう手配してくれました。
労働基準協会の表彰式は署の会議室で行われました。出席者は署長と課長と私、そして労働基準協会の事務局長の4名でしたが、地元の新聞社が取材に来てくれました。
表彰式に出席した社長は、その後で、新聞社の写真撮影を受けました。その時に、盛装した社長がガチガチになっているのは、傍で見ている私にも伝わりました。そして、社長は私たちに対し、何度もありがとうございましたと言って、頭を下げました。
翌日の新聞には、「ゴミひとつ落ちていない清潔な工場」の説明文と社長のこんな言葉が載っていた。「当たり前のことをやってきただけなのに、表彰されて驚いています。」
私は若さゆえ、前例にないことをしてしまいましたが、この時の表彰式での社長の顔を思い出すと、いい仕事をしたなと思います。