表彰のこと(3)

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(丹沢のアカヤシオです。M氏から頂きました)

表彰のアピールポイントについて、もう少し詳しく書きます。

私が藤沢労働基準監督署の安全衛生課長をしていた時に、管内のヨーグルト製造業者を「局長奨励賞」の対象に推薦したことがあります。
その会社は最終的に「厚生労働大臣優良賞」まで受賞しましたが、その会社のアピールポイントは「ドライフロア」です。食料品製品製造業は災害多発業種であり、その中でも「すべった転んだ災害」が多いものです。そこで、この会社では「転倒の原因となる床の湿潤化」に着目し、ドライフロア化に取り組みました。例えば、外気と温度差があるパイプの全個所に布をまく、蒸気の排気箇所を設置する、バルブ箇所には必ず水滴防止措置を施す等です。こう記載すると簡単なようですが、床を滑らなくするために、工場の何千もの箇所を特定し、それに措置を施した工場担当者は、本当に凄いことをしたと思います。
元々、工場見学には積極的な会社でしたが、ヨーグルト目当てに来場する家族連れ以外にも、この設備を目当てに来る技術屋さんも多いと聞きます。実際私も、他署に転勤した後で、この工場の見学を災害多発の事業者に薦めたことも何回かありました。

このように、表彰のために重要なのアピールポイントについてですが、署から局に推薦が挙がってくる時に、あまり強調されてないケースも多いのです。つまり、署がアピールポイントというものを強調せずに、単に「何年間も災害が発生していないから」といった理由で推薦されてくるのです。これは、その署の業務多忙が最大の原因ですが、書類上の数字に気を取られ、推薦会社の長所を見落としていることは、署の姿勢として非常に残念な場合があります。

表彰のこと(2)

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(頂いた写真です。小さい元気者のジムニーです。)

表彰には2種類あります。「無災害労働時間」を表彰するものと、夏の安全週間に合わせ年1回表彰するものです。このブログで話題にしているのは、後者の安全衛生表彰のことです。

安全衛生表彰は通常2種類に分かれます。「厚生労働大臣表彰」と「(地方労働)局長表彰」です。この2つの表彰はそれぞれさらに、「奨励賞」と「優良賞」に分かれています。通常は「奨励賞」受賞後に数年して「優良賞」を授与する形になります。つまり、表彰とは、下から、「局長奨励賞」「局長優良賞」「大臣奨励賞」「大臣優良賞」の順となり、「局長奨励賞」から「大臣奨励賞」まで、段階を得て受賞することが一般的です。この先は、本当に例外として「内閣総理大臣賞」となります。なお、この受賞の対象は、企業だけに留まらず、地域で労働安全衛生活動をしている一般の人も対象です。例えば、地方に産業安全保健活動を実施している医師等です。個人の場合は、この表彰がきっかけで叙勲ということになり、園遊会で天皇陛下と謁見できるという名誉を得る場合もあります。

表彰のプロセスは次のとおりです。
2月頃から準備に入り、局から各労働基準監督署に連絡し、各署で把握している優良事業場を局に情報を挙げてもらいます。労働基準監督署の職員は、署が推薦したいと判断している事業場を訪問して、推薦に相応しいものであるか調査することになります。その内容は、事故はなかったか、法令違反はないか、安全衛生活動で優れている点は何か、なぜ同業他社と比較し災害がすくないのか等ですが、その調査の目玉は当然「表彰のアピールポイント」は何かということになります。
表彰のアピールポイントとは様々ですが、他の事業場が災害防止のために参考にできるかかどうかが焦点となります。

表彰のこと(1)

ぽるしぇ
(クルマ好きの友人から頂いた写真です。クリスタルラインのポルシェです。)

まずは、近況報告を。
安全週間が近いので、私もいくつかの会社の安全大会で安全講話を話しました。中には、ある木造家屋の建設会社なんですが、直前まで現場で働いていた職人さんが、私の話を聞きに来てくれたなんてこともありました。そんな現場の人に直接話せる機会を得て、とても感激しています。まずは、私の話を聞いて頂いた方々に感謝の意を表します。ありがとうございました・・・
そんな訳で、今回からは安全週間に縁の深い、「表彰」の話です。

神奈川県内のある大手電気機械メーカーで、「無災害1億時間」を達成しています。この1億時間とは延労働時間数のことですが、これが、どのくらい凄いことかというと、従業員数1000人の事業場でこの記録を達成しようとしたら、労働者1人あたりの労働時間を年間2000時間とすると、50年間かかることになります。当然、日本1の大記録です。この会社は、安全衛生管理の優良事業場として、厚生労働大臣賞はとっくに授与されていますが、1億時間無災害を達成したので、前例はなかったのですが、内閣総理大臣賞が授与されました。
この会社には私の学生時代の友人が勤務しています。その友人に、そのことを尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。「あー、1億時間ね。知ってるよ。でも、あの記録、この間に、つまらないことで止まったんじゃないの」。 私はそのことが初耳だったんで、急いで調べましたら、友人の勘違いであったことが判明しました。
この会社の安全衛生担当者は、多分、淡々と、そして確実に安全衛生管理を行っているのだと思います。その職にある者と担当役員が陰でどれだけの努力をしようが、労働者が無災害を当たり前のことと思い、それを意識せずに空気のように感じるようにまでならなければ、大記録を達成できないのかも知れません。

表彰制度というものは、労働安全衛生活動が活発な会社を表彰することにより、その会社に他の会社の模範となってもらい、社会的な労働安全衛生の意識を啓発することを目的とします。私は、神奈川労働局の安全課にいる時に、この表彰制度の担当者であったことがあります。

万葉集と申告(6)

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(頂いた画像です。旧古河庭園のバラの花です。)

(続き)

A亭のおかみさんからの電話は、老人が風邪をこじらせ一週間程前に亡くなったということだった。死ぬ数日前に彼の論文が掲載された雑誌が出版され、老人は私にその雑誌を送りたいと言っていたというので、それを郵送するということであった。私は少し迷ったが、おかみさんに「郵送するには及ばない。私が取りに行く」と述べた。
数日後、私は午後の半休を取得した。そして、鎌倉駅近くの花屋で花束を購入するとA亭を尋ねた。老人の仏壇は世田谷の自宅にあるとかで、そこには何もなかったが、生前彼が好きだった場所でお線香を上げてくれというおかみさんに案内され、ある座敷に通された。「MK(老人)はここで庭を観ることが好きでした」というおかみさんの示す先には桃の花が満開だった。
帰り際、おかみさんから「歴史研究」という雑誌と彼の色紙を手渡された。わずか600円足らずのその雑誌ではあるが、おそらくは老人の遺作となりであろう論文が掲載されていた。

ところで、彼の私へのこのプレゼントであるが、果たして国家公務員倫理法に違反しているであろうか。監督官として被申告者との過度の付き合いはいかがなものであろうか。
私は難しいことを考えることを辞めた。そして、老人と女の話をしただけだと思うことにした。

彼の色紙は、料亭で結婚式を挙げるカップルに毎回彼が贈っていたものらしい。彼の自筆でこう書いてあった。
水無月乃 我妻能久尓波 佐久花乃
尓保不賀言戸志 伊間佐加利奈利
(みな月の 東の国は さく花の
匂うがごとし いま盛りなり)

子供のような老人と関わった、現役時代の不思議な申告処理の思い出である。

(終り)

万葉集と申告(5)

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(続き)
申告監督の最中に事業主と「壬申の乱」の話をすることに違和感を覚えながらも、私は取りあえず老人に話を合わせることとした。

老人はものすごい勢いで自分のことを話出した。老人は学生時代に歴史の勉強をしたかったが、親が許してくれなかったので、仕方なく慶応大学で経済の勉強をしたこと。それでも歴史研究の夢を捨てられず、現在80歳を過ぎているが早稲田大学の文学部の大学院に通っていること。在野で歴史学の論文を何本も書いていること。今度、歴史関係の雑誌に「壬申の乱」について、新しい切り口から論文を掲載するので、ぜひ読んで欲しい等々。

私はしゃべり続ける老人の話の途中に、今回訪問した初期の目的である労働者への未払賃金について話題にすると、老人は「それは全額すぐに払います。」と言って、また自分の得意のフィールドの話を続けるのだった。

そして最後に老人と私は「額田王はいい女だった。」ということで意見が一致した。

私は退席する前に老人と次の約束をした。「老人は労働者にすぐに賃金を全額支払うこと。そうすれば、私がインターネットで壬申の乱の情報を集めプリントアウトする。」
20年前は、まだインターネットの黎明期であったので、私の申し出を老人はとても喜び、すぐに承諾してくれた。
その翌々日のことである。申告労働者から、未払賃金が全額支払われたとの連絡があった。労働者は早期解決を感謝していた。それから、一週間位してから、私は自宅のパソコンでインターネットから収集した「壬申の乱」についての情報をその老人宛てに郵送した。彼からの礼状は直ぐにきた。論文はまだ出来上がっていないので、雑誌は少し待って欲しいと書かれていた。

それから3ヶ月後のことである。私はもうその申告事件のことは忘れていたが、A亭のおかみと名乗る女性から電話があった。老人が死んだということであった。

(続く)