技能実習生と農業

(寒川神社、by T.M)

こんな新聞記事が目につきました。

技能実習生の中国人女性が、茨城県の農家に対し適切な賃金が支払われていないなどと訴えた裁判で、水戸地裁は農家に対し、200万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。

 弁護士によりますと、技能実習生の中国人の女性(32)は、5年前に茨城県内にある「大葉」の栽培農家に、「技能実習生」として受け入れられました。しかし、日中の作業のあとには、遅くて深夜0時まで残業をさせられていたほか、時給300円程度しか賃金が支払われていませんでした。

 9日の判決で水戸地裁は、「残業も契約に基づいた労働で、農家側は適切な賃金の支払いをしていない」などと認定し、およそ200万円の支払いを命じました。

 「今、新しい外国人労働者の受け入れ制度が、国会でこれから議論されますが、技能実習生と同じように権利が侵害されて、時給300円、400円で働かされるようなことが、また繰り返される危険がないとはいえない」(弁護士)

 弁護団は「今回の事案は『氷山の一角』で、技能実習生がひどい実態を抗議できない状況に置かれている」と話しています。(以上、「新聞記事」から引用)

私は、労働基準監督官を30年以上やってましたが、実は「技能実習生」のことについては不勉強です。外国人労働者のトラブルや、外国人労働者を支援する労働組合との交渉等につきましては、それなりに経験してきましたが、「技能実習生生」のトラブルについては経験していません。これは、私がこのような事件から逃げていた訳でなく、巡り合わせというものです。同時期に神奈川労働局で監督官をしていて、現在福岡で社労士事務所を開設する原氏などは、技能実習生受入れ団体(監理団体)の顧問をいくつもしているくらいその方面には詳しいようですが、私はまったくダメです。ですから、この事件について、「技能実習生制度」を考察する見地からは何も言えないのですが、ひとつ言えることは、この事件は労働基準監督署ではまったく受入れられないということです。

労働基準監督署にとって、農業はアンタッチャブルなのです。理由は、労働基準法第41条に、「農業に従事する者については、労働時間・休日・休憩の条文は適用しない」と規定されているからです。つまり、農家が事業主になる時、一週40時間労働制は適用されませんから、「1日12時間労働・休日なし」という労働条件が可能になります。農家は、残業について割増賃金を一切支払わなくて良いので、働いた労働時間に対し最低低賃金を支払えばいいことになります。

また、外国人労働者というので、住居・食事は事業主である農家が提供していた可能性があります。事前に契約書で決めておいけば、それらの代金を賃金から控除することは可能です。ですから、農家の場合、技能実習制度を悪用しようと思えば、他の業種と比較し容易のような気がします。

ですから、未払賃金が発生した時に、「疑わしきは処罰せず」という刑法の原則に基づいて未払賃金額を特定する労働基準監督官にとって、農業従事者の三原賃金額を特定することは困難となるのです。

今回の民事事件の判決について、どのように支払額を算定したのか、詳しく調べたいと思います。

宿日直勤務(1)

CA3I0079
CA3I0079
(M氏寄贈)

ブラック企業のことを話題にしていたら、こんな新聞記事を見かけました。
基本的にブログの書き方としては、ひとつのシリーズが終わったら次にという書き方をしますが、今後話題性のある記事を見かけたら、そちらの話題について「割込む」ようにします。
次のようなニュースがありました。

7月22日 12時39分/NHK発
(千葉の県立病院 医師や看護師が無許可で当直勤務)

『千葉県にある6つの県立病院すべてで、労働基準監督署の許可がないまま、医師や看護師に深夜などの当直勤務をさせていることが分かりました。千葉県は、「これまでもたびたび許可を申請してきたが、認められなかった」として、労働基準監督署と引き続き協議を続けたいとしています。
病院で医師や看護師が深夜に待機や監視の軽い業務を行ったあと、翌日に通常の業務を行う「当直勤務」は特殊な勤務形態であるため労働基準監督署の許可を得る必要がありますが、千葉県がんセンターなど千葉県内にある6つの県立病院すべてで、許可を得ないまま、当直勤務をさせていることが分かりました。
千葉県によりますと、ことし5月、労働基準監督署から千葉県がんセンターの立ち入り検査を受け、勤務の現状について確認を求められたということです。千葉県は「これまでもたびたび許可を申請してきたが、『深夜の業務が軽い業務とは言えない』などという理由で当直勤務として認められなかった」としています。
千葉県は「当直勤務が認められないと翌日の勤務ができないため、医師などの数が足りなくなる」としており、労働基準監督署と引き続き協議を続けたいとしています。』

この記事について、感想を書く前に、「宿日直勤務」ということについて説明します。
宿日直勤務とは、労働基準法第41条により定められた「監視断続労働の一部」であり、
「拘束性の高くない業務」について、労働基準監督署長が許可し、その労働については、残業代や深夜労働手当を支払うことことを必要としないというものです。
(関連条文:労働基準法施行規則第23条)

具体例を挙げます。
「テレビを見てもいい。居眠りをしていてもいい。ただ、決められた場所に居て、電話がきた時だけ、対処してくれ。電話がかかってくるのは、2~3日に1回程度だ。」
というような拘束時間は、果たして労働時間でしょうか。昔は事故対応のため、工場に泊り込む人などが多かったので、このような労働態様も時々見かけました。つまり、「ある程度の拘束性は持つが、完全な労働時間とも言えないグレーな時間帯」というものです。
このような時間帯について、事業場が労働基準監督署に申請すれば「監視断続労働の時間」として認めてもらえます。監視断続労働の時間帯であれば、通常の労働時間としてカウントすることなく、特別な手当を支払えば良いのです。
(特別な手当とは、例えば1宿直勤務については、通常の日給額の3分の1程度)
また、この監視労働の時間帯に、緊急に「通常の労働」を行った場合は、その部分だけ、通常の労働時間としてカウントすれば良いのです。この「通常の労働時間」の割合が増えてくるのなら、これは「監視断続労働」の取消しとなります。

さて、私がこの新聞記事を読んで思ったことは、「千葉県がんセンター」の対応は少し「ズレ」ているのではないかということです。というより、事の重大さが分かっているのでしょうか。
(注)私の事実認識は、NHKニュースの記事を読んだことだけです。もしかしたら、深い事情があるのかもしれませんが・・・

(続く)

宿日直勤務(2)

CA3I0225
CA3I0225
(M氏寄贈)

(続き)
医師と看護師が、病院に宿泊する場合、果たして「緊張感の低い仕事」が、どれだけあるでしょうか。厚生労働省は通達で各労働基準監督署に病院の宿日直勤務の許可基準を示しています(昭和24年3月23日付け基発第352号、平成11年3月31日付け基発第168号)。それによると、「軽微な労働であるなら許可」となっています。労働基準監督署の判断では、この千葉県がんセンターの夜間の医師及び看護師の労働は、「軽微な労働」とは言えないということです。

役所の欠点は「融通がきかないで、頭が固いところ」とよく言われます。しかし、それは、役所の長所でもあります。私自信が宿日直の許可申請の実地調査を何度もしてきた経験から述べるなら、労働基準監督署は愚直に上記通達を守っています。

労働基準監督署が許可していないのに、今回のように千葉県がんセンターが宿日直業務をしてしまったということについて、ニュースでは、千葉県側が『当直勤務が認められないと翌日の勤務ができないため、医師などの数が足りなくなるので、労働基準監督署と引き続き協議を続けたい』というように主張しているように聞こえます。しかしこれは、「どのように宿日直の許認可を得るか」というような瑣末な問題ではなく、「宿直勤務」という名目に隠れた、医師等の過重労働という現実があるのです。

このニュースで伝えるような千葉県側の認識では、それは「ズレてる」としか言いようがありません。医師等の過重労働は、労働者の健康状態を損ねる問題だけでなく、そこで入院する人たちの安全の問題でもあるのです。

もっとも、千葉県側はそのことを了解していて、あえてマスコミにはこのような発表をしているのかもしれません。
(続く)