トランプ氏と国旗掲揚

(高島城・長野県諏訪市、by T.M)

【1月15日 AFP】

米国のドナルド・トランプ大統領にやじを飛ばした米自動車大手フォードの従業員が、停職処分を受けた。14日、全米自動車労組(UAW)が発表した。

13日にミシガン州でフォードの主力ピックアップトラック「F-150」の工場を視察していたトランプ氏は、やじを飛ばされると中指を立てるジェスチャーを見せた。この様子は広く拡散された映像で確認できる。

米メディアは、やじを飛ばした人物は一部で「小児性愛者(ペドフィリア)の擁護者」と叫んだようだと伝えた。これは、少女らへの性的人身取引の罪で起訴され勾留中に自殺した、トランプ氏の友人である富豪ジェフリー・エプスタイン元被告に関する情報を隠匿しているという疑惑に関連しているとみられる。

UAWは、この従業員が停職処分を受けたこと確認し、その職を守るために闘うと述べた。フォードは、コメントの要請には直ちに応じなかった。

報じられるところによると、この従業員はTJ・サブラさん(40)。米紙ワシントン・ポストに対してサブラさんは、エプスタイン元被告のスキャンダルを指摘したものだと認め、自身の仕事の今後を心配しているとしたものの、後悔はないと述べた。

サブラさんは「運命がめったにこちらを向いてくれるとは思わないし、そうなったとき時にはその機会をつかむ準備をしなくてはならない」「そしてきょう、私はそれを成したと思う」と話した。

「TJ・サブラは愛国者だ!!」と題された寄付サイト「GoFundMe」のページには、14日正午時点で、33万5000ドル(約5300万円)以上の寄付が集まっている。

なんか、Xでは「言論の自由があるのに停職処分が妥当か」なんかで盛り上がっているようです。

停職処分は妥当だと思います。だって、「勤務時間中に、会社への客さんに暴言を述べた」のですから。それより、私が気になるのはこの従業員の態度。「後悔はない」とのこと。とても潔ぎよくて尊敬できます。

「卒業式の国旗掲揚において不起立」という教師に対する処分について、以前から行政訴訟等があるようです。これ、私立学校であったなら、処分は当然であると思えますが、公立学校においては難しい問題であることは分かります。

私立学校の場合、「キリスト系の学校で、信教の自由を問う」「民族教育を行っている学校でナショナリズムを否定する」等の行為を「学校主催の式典の場で行う」場合は、やはり処分が妥当になると思います。しかし、「日の丸掲揚が正しいか」という公立学校教師の疑問については、確かに「そういう考えをもつのもありかな」なんて思えてしまいます。

しかしそうであっても、私は個人的に「不起立の教師」は好きではありません。なぜなら、潔さと寛容がないような気がするからです。

トランプに対し、「後悔はない」と述べたこの従業員は、その態度で人の共感を得ました。

卒業式で不起立な教師は、後で行政訴訟など行わずに粛々と処分を受ける必要があったのではないでしょうか。彼らからは、「自分たちは正しいんだ」という自己満足のパフォーマンスをしているとしか思えず、式典を厳粛に行いたいという素朴な感情を持つ多くの者人への配慮はまったく感じられないため共感は得られないと思います。

これは労使関係以前の問題であると思います。

教師の休憩時間

(身延山久遠寺・山梨県身延町、by T.M)

共同通信 1/13

公立学校の教職員の3人に1人が勤務時間を実際より短く申告した経験があることが13日、日教組の働き方改革に関する調査で分かった。過少申告によって勤務実態の把握が難しくなる恐れがあり、山崎俊一書記次長は「大変重く受け止めている。業務削減なしに勤務時間管理を進めれば、余計に悪化すると懸念している」と訴えた。

 調査は昨年9~10月にオンラインで実施し、1万7683人が回答した。土日を含めた1週間の勤務時間は平均59時間44分。調査を始めた2018年以来初めて60時間を切ったものの、1カ月に78時間56分の残業となる計算で、なお「過労死ライン」に近い。

 直近1年間の勤務時間の申告では、「いつも短く記録していた」のが6.9%、「短く記録したことがある」は26.3%で、計33.2%に上った。学校種別では、部活動のある中学校と高校で割合がやや高い。

 短く申告した理由(複数回答)は、「医師と面談するのが面倒」36.9%、「管理職に指摘される」36.0%が多い。

もし教師が昼休み時間に、学校近くのパチンコ屋に行ってパチンコをしていて、その先生が不在な時に、担任の生徒がケガをしたら、世間はその先生をどれだけ叩くでしょうか。

その先生が平気な顔をして、「パチンコ行っていて何がいけないんですか。私の不在の時におきた事故で、私に責任はありません」と答えたらどのくらい炎上するでしょうか。

でも、労働基準法的には、彼の言っていることは正しいのです。労働基準法第34条には「休憩時間を自由に利用させなければならない」と規定されています。そして、休憩時間中には業務から解放されます。「生徒の安全確保」という業務はしなくてよいのです。

労働基準法の労働時間の考え方を「教師の業務」に当てはめていくことは不可能ではないのかと昔から思っています。法と実態をマッチングさせようと思えば思うほど、新たな矛盾がでてくるように思えます。

いっそのこと、「労働基準法の労働の概念は教師にはあてはまらない」として、新たな「教師用の労働時間」の概念を創出したらどうでしょうか。もちろん、このようなことを一新するということは、労働者側の教師の意見がどれだけ反映されるかが鍵になります。

何か文科省は、「教師の労働問題」について、見て見ぬふりをし、何も変えないようにしていると思います。それが誰の得になるのでしょうか。

私の個人の意見なんですが、教師は「休憩時間についても、生徒の安全に係る業務については責任を負うこととし」、その代わりに、教師の給与水準を現在の1.2倍(調整額でなく本給)とし、夏休み等の長期休暇をしっかり与えることとしたらどうでしょうか。「教師の夏休み」については、昭和の時代に戻るようですが、昔のことをすべて否定するのはどうかと思います。硬直した考えでは、教師の方がストレスが溜まるだけのような気がします。

育休カバー手当

(スイッチバックのJR篠ノ井線姨捨駅、by T.M)

1/5 中京テレビ

愛知県一宮市は、育児休業取得者の業務をカバーした職員に手当を支給する「育休カバー手当」を創設すると発表しました。県内の自治体では初の取り組みとなります。

対象となるのは、代わりの職員が配置されず1か月以上業務をカバーした場合で、あらかじめ所属長がカバーする職員を最高4人まで指定する仕組みです。

支給額は、育児休業職員の給料月額の4%にカバーした期間を掛けた額で、複数人でカバーした場合は人数で等分。給料30万円の職員が育児休業を取得し、4人の職員で5か月間カバーした場合、1人あたり1万5000円が支給されるということです。

病気休暇などの場合や、保育園や消防署など人員配置基準がある職場は対象外としています。

女性職員は長期取得が多く代わりの職員が配置されますが、男性職員に多い短期取得では代替配置が難しく、残された職員の負担が大きいことが課題でした。同市の男性職員の育休取得率は、2022年度66.7%、2023年度69.3%、2024年度80.8%と年々上昇しているものの、取得期間は1か月以内が72.9%と7割以上を占め、1年を超える取得はわずか1.7%にとどまっている状況です。

過去に育児休業を取得した職員からは「周りに迷惑がかかるという意識から、長期では取りづらい」という声が上がった一方で、業務をカバーする側からは「手当がつくと意欲向上につながる」という意見もあったということです。

市は「気兼ねなく長期の育休を取得でき、カバーする側も意欲を持って業務に当たれる環境を整えたい」としており、4月1日からの実施に向けて、3月の市議会で条例改正案を提出する予定です。

私はこのような取組はとてもいいことだと思います。しかし、問題点もあります。

この件について、労働基準法サイドの論点について記述します。(ここでは、地方公務員についても、労働基準法がすべて適用されると仮定します)

5人で行っていた業務を、1人育休で4人で行ったとして、それが達成してしまうということは、労働生産性が上がったのか、それとも長時間労働を行ったのかどちらかでしょう。労働生産性が上がったとしたら、それはそれでいいことなのですが、「業務内容の見直し」「業務内容の機械化(AIの活用)」がなければ不可能なので、ここでは生産性の上昇より、「長時間労働」について論じます。

労働者全員の生産性が同じで、仕事の成果が労働時間、に比例すると考えるなら、5人でしていた業務を4人で行うとすると、労働時間は1人あたり25%増加することになります。それがすべて残業で補われるとしたら、残業代は(深夜、長時間をのぞき)125%が原則ですから、賃金の31.25%増しとなります。要するに、賃金30万円で1日8時間分労働で5人部署の方が、賃金約40万円(397350万円)、1日10時間労働で4人部署となることです。

なんか、これだけ見ると1人育休でも仕方ないかと思えてしまいます。ただし、これは、元の部署が残業ゼロだった場合であって、以前より残業が行われていれば、やはり無理ゲームとなるでしょう。

さて、「一人当たり4%の手当て支給」についてですが、これでは低すぎるというのが私の実感です。もちろん、この手当の性格が「残業代の算定基礎となる賃金」となるか「一時的な手当なのか」で評価は変える必要があるのですが、過重労働を前提にした場合は考える必要があります。もう少し、高くしてもいいのではないでしょうか。

とはいっても、総合的にはすべての職場がこの一宮市の取り組みを参考にすべきだと思います。育休を取りたくても、職場の同僚に気兼ねして取りづらかった人も、これで少しは取りやすくなると思います。また、理屈では分かっても、業務多忙で感情的になる人の気持ちも少しは安らぐと思います。何より、育休の普及に一地方自治体がこれだけ真剣に取り組んでいることは素晴らしいことだと思います。この取組が他の自治体や民間企業に広がるといいなと思います。

年末年始休みについて

1年最後のブログ更新ですが、せっかくいらして頂いたのに申し訳ないのですが休止します。

また、新年も最初の日曜日はお休みします。1月11日(日)から再開します。

それでは、皆様よいお年をお迎えください。

賃金不払い事件

(海を渡るアサギマダラ・秩父高原、by T.M)

熊本放送 12/27

従業員に2か月分の賃金を支払わなかったとして書類送検されていた、熊本県芦北町の企業と、社長を務める50代の男性について、熊本地方検察庁は起訴しないことを決めました。

12月12日付で不起訴処分となったのは、芦北町の林業の会社と社長を務める50代の男性です。

会社と社長は従業員3人に、去年8月分と9月分の賃金あわせて約100万円を支払わなかった、最低賃金法違反の疑いで今年7月、書類送検されていました。

社長は当時、支払わなかった理由について「経営不振で資金難に陥った。優先して賃金を払わないといけないが軽視してしまった」と話していたということです。

熊本地検は不起訴の理由について、「明らかにできない」としています

>熊本地検は不起訴の理由について、「明らかにできない」としています

起訴できない理由は、「前例がないから」だと思います。

私は労働基準監督官を30年以上経験し、倒産がらみに賃金不払いについて10件以上、主任捜査官として企業を書類送検していますが、1度も起訴されたことはありません。(倒産がからまない、常習的な「賃金不払い」は別)。因みに、労働安全衛生法違反の、いわゆる「葬式送検」については、賃金不払い事件の数倍の件数を送致していますが、不起訴だったのはたった2件だけです。「倒産がらみの賃金不払い事件」の不起訴だった一番ひどいケースは、2年間以上賃金不払いを繰り返し、監督署の出頭にも応じなかった企業を、強制捜査を行い、さらに逮捕令状請求をちらつかせて被疑者を出頭させ事情聴取し、書類送検したのに不起訴でした。

因みに、不起訴といってもいくつか種類がありまして、「起訴猶予」「嫌疑不十分」「罪とならず」等です。「嫌疑不十分」「罪とならず」については、警察機関(賃金不払いの場合は労働基準監督署)の捜査が不適切なので不起訴となるようですが、「起訴猶予」については、「起訴は可能だけど検察の判断で不起訴とした」ということなので、警察側の捜査に瑕疵はないということになります。ですから、起訴猶予の場合は、検事の方が我々警察機関に対し、「せっかく捜査してもらったのに申し訳ない」と言って、起訴猶予の理由を明らかにしてくれることもあります。

さて、賃金不払い事件に対する、不起訴理由については、すべて「起訴猶予」でした。ようするに検察側の都合による不起訴です。そして、「起訴猶予」の理由については、一切説明はありません。というか、検察庁では、賃金不払い事件について、「起訴できなくて当たり前でしょ」という雰囲気でした。

検事に言われたことがあります。「会社倒産で賃金不払いというのは、他の債権者に対する債務不履行と比較して、どこが悪質なんだ。確かにお給料がもらえないというのはたいへんなことだ。しかし、会社倒産によって、住宅ローンを何千万円組んだけどマイホームが建たなかった人や、代金を払ったのに成人式の着物が手に入らなかった人がいたとしても、経営者は詐欺罪に問われなければ、犯罪行為として立件されることはない。ましてや、倒産を理由とした賃金不払い事件については、後日に国の方から立替払いの措置がされるのだろ。それなら、他の債権者より益しだろ。」

この検事の言い分については、「会社の経営が傾いて、賃金不払いが長期に及んだ場合」は違うだろと思いましたが、一理あるなと思えるところもあります。

因みに、監督署サイドの事情を述べると、「未払給与の立替払い」の手続きを監督署で行った場合は、すべて送検の対象でした。確かに、伝家の宝刀である司法警察権限を使用するなら、「倒産がらみの賃金不払い」でなく、「常習的な賃金不払い」のみを対象にしても良いと思います。でも、国の金つかって未払い賃金の立替払いをすることは、苦しくとも給与を払い続ける真面目な経営者に申し訳ないので処罰するということは、やはり行政のひとつの在り方でもあるとも思います。