テレビ局

(ロウバイ・智光山公園、by T.M)

お久しぶりです。

黄斑上膜の手術で6日間入院後、無事復帰しました。入院中に次のような報道に気づきました。

FLASH 7/19

人材流出が止まらないフジテレビ。アナウンサーに続き、制作現場の中核を担う社員まで相次いで退社するなか、新たなパワハラ疑惑が浮上している。

「7月17日配信の『WEB女性自身』が、同局の中堅エースと評された30代社員の、7月1日付での退社を報じました。 その社員は、以前からNetflixからのオファーを受けていたものの、フジテレビへの愛情から固辞してきたという。キャリアを見つめ直して転職を決意した後も、Netflixへ移籍しながらフジテレビと共同で番組制作を続けられる方法を模索し、その思いも伝えたうえで退職の意向を申し出たものの、返ってきたのは思わぬ“難詰”だったという。

「『お前さ、辞めるんだったら、制作会社と演者全員から承諾をもらってこい。じゃないと退職を俺は認めない』と、理不尽な要求を突きつけられたそうです。さらに『仲よくしていた演者にエモい話して(Netflixに)引き抜くんじゃねえぞ』とも言われたといいます。

 社員はコンプライアンス窓口にも相談しましたが、会社は動かなかったそうです。この対応が、退職の決定打になったと報じられています」(同前)

『お前さ、辞めるんだったら、制作会社と演者全員から承諾をもらってこい。じゃないと退職を俺は認めない』似たような話を監督官時代に何回か聞いたことがありますが、まさか一流企業のフジテレビでも、こんな退職トラブルがあるということに驚きました。部下が退職した後フォローするのは上司の役目。こんなことをいう上司は自分の仕事の責任放棄を宣言しているようなものです。こういう上司だから部下は退職してしまうのでしょう。

私は、「退職代行」という職業が世の中に不要と考えていましたが、確かにこんなトラブル避けるためには必要なのかなとも思います。

でもテレビ局も落ちたものですね。入院中に気づいたんですが、テレビを、まったく見なくなっていました。私が入院したのは、横浜市大の浦舟病院なんですが、wi-fi完備なんです。持ち込んだタブレットでネットフリックスや電子書籍を観ていたら、テレビはニュース以外は見ませんでした。テレビで残るのは、バラエティやドラマでなく、報道だけなんでしょうね。本当のジャーナリストが残る業界になると良いのですが・・・

入院します

ご訪問頂いた方には申し訳ないのですが、明日(12日)入院で、月曜日(13日)に手術することになったのでブログの更新は休みます。

黄斑上膜という眼の病です。再開は多分、2週間後の26日(日)となる予定です。

タイミー訴訟

(松永記念館の茶室・小田原、by T.M)

7/2 共同通信

短時間・単発アルバイトの「スポットワーク」を仲介する「タイミー」(東京)のアプリを使った労働者9人が、勤務直前に雇用主から一方的にキャンセルされたとして、未払い賃金など計約312万円の支払いを同社に求めた訴訟の第1回口頭弁論が2日、東京地裁で開かれた。原告の60代男性が「タイミーには仕組みを作った責任がある」と意見陳述した。同社は請求棄却を求めた。

 男性は「(スポットワークは)日々の生活を支える大切な手段。われわれが働くからタイミーは利益を上げられている」と強調。「直前キャンセルは自分たちには関係ないという立場を取るのはおかしい」と主張した。

仕事をキャンセルされた労働者の肩を持ちたいのですが、さすがに職業紹介業であるタイミーに「未払い賃金」の請求は無理筋だと思います。

別の記事によると、タイミー側は、

「『未払い賃金の請求』と『逸失利益としての損害賠償の請求』のどちらが主たる請求か」

争点を明らかにして欲しいと述べているそうですが、私もそう思います。

「賃金」はあくまで雇用主が支払うものであり、今回の訴訟は「損害賠償請求」なのではないでしょうか。

また、この訴訟は他に波及する可能性があるので興味深いものです。職業紹介所としては、「家政婦紹介所」「マネキン紹介所」等の旧くから活動しているものもあります。そのような紹介所で今回のようなトラブルは、監督官時代に聞いたことがないのですが、実際はどうなのでしょうか?

そして、そもそもの職業紹介の大元の「ハローワーク」については、このようなケースはどうなっているのでしょうか。今回の裁判結果でタイミー側について損害賠償を支払うことが命じられるのなら、ハローワークの職業紹介についても、トラブルについてハローワークに損害賠償を求める訴えが可能になるのではないでしょうか。

安全週間

(呈茶・小田原の松永記念館、by T.M)

もうすぐ全国安全週間(7月1日~7月7日)です。今年は99回目となります。

標語は、「多様な人材 全員参加 みんなで育てる安全職場」です。

この標語については、時代を反映しているものが多々あります。戦争中はこんなものでした。

第14回 昭和16年度       總力戦だ 努めよ安全

第15回 昭和17年度       誓って安全 貫け聖戦

第16回 昭和18年度       必勝の生産 鉄壁の安全

第17回 昭和19年度       決戦一路 安全生産

最近はこうです。

第93回 令和2年度        エイジフレンドリー職場へ! みんなで改善 リスクの低減

第94回 令和3年度        持続可能な安全管理 未来へつなぐ安全職場

「エイジフレンドリー」に「SDGS」が現代です。

私は、昨年の「年末年始無災害運動」の標語の1次審査を担当しました。1000近い応募の中から30ほど候補を絞り、2次審査(最終審査)に渡す仕事です。

(昨年の年末年始無災害運動の標語です。「年末感謝の総点検 年始も笑顔で 無事故の発進」)

この標語の審査の時に、昔なら1次審査は通ったと思われるのに、現在ではなんとなく落としてしまう雰囲気の標語がありました。それは、昔の全国安全週間の次のような標語です。。

第63回 平成2年度        災害ゼロはみんなのねがい あなたのために家族のために

第67回 平成6年度        職場の安全 家族の安心 災害ゼロはみんなの願い

要するに「家族」という言葉です。私の感覚でいうと「家族のために安全な職場を」というような標語はとても好きなのですが、どうも現代の風潮には合わないような気もします。

時代は「家族」より「多様性」という感覚を求めているようです。

宗教的行事

(白秋記念館・小田原、by T.M)

産経新聞 6/20

小泉進次郎防衛相は18日の参院外交防衛委員会で、自衛隊駐屯地で営まれた神式の「安全祈願祭」を取り上げた社民党の福島瑞穂党首が、福島第1原発事故後の子供向け甲状腺検査に関する政府答弁を引用して「参加の強制性」に関する質問をしたことに対し、全く違う文脈の中での「答弁の切り取り」であり「理解に苦しむ。同一視してほしくない」と不快感を示した。福島氏は、4月に陸上自衛隊玖珠(くす)駐屯地で営まれた神式の「安全祈願祭」に駐屯地幹部を含む数百人が参列していたことについて、「信教の自由がある中で事実上の強制ではないか」と問題視した。

横浜のみなとみらい地区の近くに伊勢山皇太神宮という神社がありますが、場所が良いためか、あるいは御利益がいいためか、たくさんの参拝客が訪れます。初詣の参拝客では、横浜ナンバー1だそうです。

(注)横浜近辺在住の方以外の方に説明すると、横浜市民の初詣先は「鎌倉市内の鶴岡八幡宮」と「川崎市内の川崎大師」がナンバー1とナンバー2を占め、横浜市内だけに限ると、ちょっとマイナーなこの神社が初詣ナンバー1となります。

今年の1月5日(月)にこの神社に初詣に行きました。三が日を外した参拝ですので、少しは空いているかと思ったのですが、思いがけぬほど混雑していて驚きました。背広姿の方や作業服姿の方が多数いたので、私はようやく気付きました

「今日(5日)は、企業関係の方が安全祈願に来てるんだ」。

そういえば、私も労働基準監督官をしていた時に、年の初めに、労働基準協会や建設業労働災害防止団体を通し、地域の神社や仏閣に「業務として」安全祈願に行ったことがあります。(というか、その立場にあった時は毎年行っていました)

また、私が第一課長をしている時に署長と2人で出張の時に、勤務時間中に安全祈願に行ったことがあります。その時は管内で死亡災害が多発し、藁にもすがる思いでお参りをしました。

さて、冒頭の福島瑞穂議員の国会での質問ですけど、戦前の軍隊の在り方と現在の自衛隊について難しい問題はあると思いますけど、何が言いたいのかよく分かりません。

現在でも地域の労働基準監督署が、労働基準協会や建設業労働災害防止団体の方と安全祈願に行っているかどうかは、私は知りません。でも、そのような慣習が続いていたとしても、職員が「自分はキリスト教徒だから、行かない」というケースはないような気がします。なぜなら、自分が信仰していない宗教であったとしても、それを多くの他の方(例えば、災害防止団体の方)が祈ることによって、労働災害防止に新たな気構えとなることができるなら、一緒の参拝を断る理由はないからです。宗教や信ずることは違っても、労働災害防止の思いは同じですから、安全祈願に同行することは構わないと思う職員がほとんどだと思います。

もっとも、そういうことを「仕事だから」とすることは「強制だ」と思う職員がいたとしても、組織の中では「ああ、そうですか。じゃ、違う人が行きましょう」となることも事実です。

あともうひとつ。私のカミさんは宮城県石巻市出身で、東日本大震災の時は親戚が10人以上なくなったことは、このブログでも何回か書きましたが、その震災の時の話です。ガレキの撤去をしていた自衛隊は、遺体を見つけると、泥を水で洗浄し清め、その後で「線香」をあげたそうです。これもまた「宗教的行事」であり、やってはいけないことだったのでしょうか?