これは、私がまだ新監だった時の話。
大きなビルの中の地下の浄化槽の清掃作業中に酸欠死亡災害が発生した。5人の作業員が並んで、浄化槽に入っていったところ先頭の2人が倒れ、3人があわてて避難したのだ。酸欠事故は突然発生し、50cmの立ち位置の差が生死を分ける。
災害発生の30分後に救出作業を行っている消防署から労働基準監督署に第1報が入った、そして1時間後に女性監督官のAさんを中心とした私を含めた3人のメンバーが現場検証に行くこととなった。現場に近づくと、周りには異臭が漂っていた。消防が救助のために、バキュームカーで浄化槽内部のガス抜きを行ったのだ。私たち3名は、浄化槽の内部に入っていった。浄化槽の内部には、常設の灯りがなく、消防が設けた緊急の灯りと懐中電灯が頼りだった。浄化槽の中は汚物が散乱し、キツイ臭いだった。Aさんは、浄化槽の中に先頭をきって入っていくと、黙々と実況見分を行った。巻き尺で浄化槽の大きさを測り、犠牲者の倒れた位置を特定し、私に写真の撮影を命令した。
調査が終了したのは、私たちが浄化槽に入ってから約1時間後のことだった。通常では、そこで関係者の事情聴取ということになるのだが、作業服があまりに汚れすぎていた私たちは1度署に戻ることとした。その帰り道の途中でAさんは、私にこう言った。「あなた、浄化槽に入る時に躊躇したでしょ。あそこで絶体に立ち止まってはダメ。どんな場所であれ、そこで働いている人がいることを考えなさい。」
そういうAさんのことを私はとてもきれいで頼もしいと思った。そして、自分を恥ずかしく思った。