労働災害が起きました(11)

CA3I0425
CA3I0425

(M氏寄贈、二荒山神社)

この大名行列の監督の時に、ひとつの事件が起きた。
遠方に安全帯未使用の労働者の姿を確認した私が、その労働者の方に行こうとしたところ、いきなり発電所の担当者から
「そちらは、危険だから行かないで下さい。」
と注意されたのだ。しかし、危険作業の確認をしなければいけないと迷う私に対し、私の所属する労働基準監督署の署長から、
「何をやってんだ。」
という、今度は明らかな叱責の声がした。
署長は、行進の秩序を乱されたことを怒った。

原発の監督の数日後に、地元の新聞社の記者と話す機会があった。その記者は何度も監督署に取材に来ていたので、いつの間にか仲良くなっていたのだ。記者は次のように話し出した。
記者:「先日の原発監督たいへんでしたね。」
私は署長から怒られた件かと思い弁明した。
私 :「イヤー、恥ずかしいところお見せして、申しわけございません。」
記者:「エッ、恥ずかしかったのは、そちらの署長さんでしょ。危険なところへ行くなって、言われて行かないなんておかしいでよね。監督署の人って、危険な場所には行かないんですか。監督署の仕事って、労働者が危険な作業をしているか、確認することでしょ。」
私は何も言い返せなかった。そして、それこそ顔から火が噴き出るような恥ずかしさを感じた。

それから、数日後の局の会議の後の、恒例の局署の懇親会の席での話である。私は話しかけてきた、監督課長に思い切って、その新聞記者の話をした。監督課長は、当時40歳前後。入省当時は現場で監督官をしていたが、途中から本省で仕事をするようになり、その後は全国の労働局の監督課長等を歴任するといった、いわば監督官のエリートであった。そして、局幹部では安全衛生課長とともに、現場を知っていた。
課長は私の話を聞き、何か考え込む素振りを見せた。

労働災害が起きました(10)

CA3I0008
CA3I0008

(M氏撮影、カワラナデシコ)

新監とM安全専門官がガントリークレーンの検査に行く日は、署内は朝から大騒ぎだった。
B次長やY主任のような回りのオジサン達は、よってたかって新監の準備に口出し、挙句にこんなことを言った。
「いいか、Tさん。M専門官の言うことを聞いて、危ないことをしたらダメだよ。何か、作業している人がいるからといって、危険な個所にはいかないように。」

この言葉を聞いて、私は「これはまずい、ひとこと言わなければ」と思った。私は、かつて自分が経験した臨検監督のことを思い出した。

(私の回想)
もう30年も昔の、東北のM県の原子力発電所の定期監督の件である。
そこの局では、年1回の「定期監督」と称し、I署管内のO原子力発電所の臨検監督を実施していた。その監督では、局長の外に労働局の幹部が勢ぞろいし、マスコミを引き連れ、原子力発電所の中を行進するものであった。原発の中のルートは決められた、ただの形式に過ぎない監督であったが、本省回りの局長等は、何回も服を着替えて原子炉に近づくことだけで、現場を視察した気になるようだった。

(注) 当時、原子力発電所の監督で原子炉近辺にいくためには、「放射線用」と「放射能用」の防護服を使い分けた。服の着替えのたびに、エアシャワーを浴び、除染をするので、その着替えだけで、数十分を使用してしまう。
ついでに記載しておくと、原発の監督時に一番大切なのは、ポケット線量計の装備である。この機械の大きさは、ちょうどライター程度で、放射線の管理区域内で作業する場合に、作業服の胸ポケットに常時入れておくことが義務づけられている。そうしておくと、線量計は被曝線量を感知し記録してくれるので、作業員は毎日の作業の被曝線量を知ることができるのである。

私は、何回も炉心近くまで行っているが、線量計の記録は永年保存なので、被ばく線量は今でも厚労省に保存されている(はずである)。3.11の時、福島ではこの線量計が水に浸かり、使用不可となり、多くの労働者が線量計無しで数日間業務を行ったというが、彼らの被ばく線量が気がかりである。

労働災害が起きました(9)

CA3I0002
CA3I0002
(M氏寄贈、ヤマユリ)

海洋工事会社のA社の災害調査の報告書の作成が足踏みしている期間に、新監は所定の研修を受講し、どんどん仕事を覚え、そして、ますます増長し、生意気になっていった。

確かに、パソコンに詳しいことは頼もしい。私が作成したパワポの黒白資料を、GIFの入った鮮やかなプレゼン用に替えてくれる。エクセル、アクセスのマニアックな使い方も知っている。ただ、若い部下にそれを教わると、口では褒めちぎっても、パソコン苦手な私としては、内心は惨めになっていくのだ。

また回りのオジサン達もまた悪い。女性だからといって、新監(T監督官)を甘やかし、チヤホヤする。
ある日、こんなことがあった。
M安全専門官が私の所に来て、横浜港のガントリークレーンの検査に行くので、新監を研修として連れて行っていいかと尋ねた。
私はM安全専門官の顔をじっと見た。
実は、その時は私もまだガントリークレーンに登った経験がなく、M安全専門官には、1度検査の手伝いをさせてくれと何度も依頼していたのだ。

― こいつ、オレの頼みは忘れているくせに、新監はさっさと連れていくのかよ -

もちろん、新監の研修については断る理由は何もなく、M安全専門官の申し出はありがたいことなので、
「よろしくお願いします。」
と私は笑顔で頭を下げ、新監にはよく勉強するように命令したが、実は面白くはなかった。

(注) ガントリークレーンとは、港湾に設置されたコンテナの積込み用の大型クレーン。その形から、「鶴」に喩えられることが多い。その高さは40m程になり、検査はジブの付け根まで行くこととなるので、墜落防止措置は完璧にされているのだが、慣れている者でも高所のため足が震える。ただし、安全帯を使用し、風に吹かれてジブの先端から眺める港の姿はとても美しい。