サッカーと賃金不払い

(龍野城・兵庫県たつの市、by T.M)

別にサッカーファンでないのですが、ワールドカップやオリンピックなどでは自国のチームを応援します。「ドーハの悲劇」が起きた1993年のその日は、埼玉県の朝霞市にある労働研修所に、新人監督官の指導が現場の先輩が指導するという授業の教官でいってました。あと数秒でゲーム終了という時にコーナーキックからイラクに得点を挙げられ、ワールドカップ初出場を逃した時に、休憩室で一緒にこのゲームを観ていた新人監督官から「ワァー」というため息が漏れたことを覚えています。このブログで以前書いたように、私は、役人どおしの職場での宴会はとても嫌いなのですが、このゲームを観ながら飲んでいたビールは、とてもうまかったことを覚えています。

さて、サッカー日本代表で海外武者修行中の若者にとんでもない事件が発生したようです。若者の名前は浅野拓磨。セルビアの名門チーム「パルチザン・ベオグラード」に所属しています。Wikiで調べてみると、このパルチザンというチームはセルビアの名門チームで、日本のプロ野球で言えば1980年代のジャイアンツにあたるようです(私は60代です)。因みに、このセルビアという国家は旧ユーゴスラビアの一部で、親日感情が強く、東日本大震災の時には、いち早く募金を始めてくれて、震災後の7ヶ月後(2011年10月11日時点)、義援金の集計をしたところ、義援金は世界で第5位、ヨーロッパでは第1位の金額になっていました。 最終的には1億9100万円で世界第19位となったのですが、2017年度の平均月収3万9千円(世界93位)の国で、とても暖かい支援を行ってくれたことが分かります。

浅野氏は、元サンフッレチェ広島の元Jリーガーの日本代表の有力候補。AFC U-23選手権2016(リオ五輪予選を兼ねる)日本代表として参加して、決勝のU-23韓国戦では2-0で負けている後半から投入され、2得点を挙げ逆転に貢献した試合を個人的には覚えています。

そんな浅野氏が、パルチザンをシーズン途中で退団しました。その理由として、浅野氏は「度重なる給与未払いや、クラブ側の対応からリスペクトを感じられなくなった」ことを挙げています。チームは優勝の可能性があり、さらに浅野氏はリーグの得点王の期待もある中での退団ですので、当地ではかなり話題になっているようです。

また、この退団については、「浅野氏の移籍金」及び「中東チームの暗躍」も噂されています。次のようなものです。

「クラブはリーグ終了後に、浅野氏を彼が望まない中東チームに移籍させようとした。そこで発生する、中東チームからクラブに支払われる移籍金でクラブの財政状況を好転させる予定だった。浅野氏は契約上、そのような措置(強制移籍)が取れなくなるシーズン終了前に退団した」

この浅野氏の退団について、クラブ側は怒り心頭で次のように発表しています。

「浅野との話は、すべて純粋な詐欺だ。これは日本人選手と、彼を雇いたいクラブとの間で交わされた、重大な違反だと思う。彼と契約したいクラブとの陰謀だよ。彼のしたことについて、欧州サッカー連盟(UEFA)や我々の法律に基づいて、根拠がないことは完全に明らかだ。契約書の文言によれば、権限を所有しているのは我々だ。これは裁判で明らかになるだろう。

コロナ禍の影響を食らってクラブが苦しく、昨シーズン末から給料の半額を申し入れたときに、彼が同意しなかったことのほうが大きいだろう。支払いの遅延に関しては、法的根拠がない。選手は(催促のために)15日前にクラブに警告書を送らなければならないが、浅野はそれもしていない。

給与の支払いが遅れているというが、2020年10月5日に支払い、11月4日に支払った。次は12月8日。その次が2021年1月12日、2月18日のサラリーも支払われている。3月26日はサラリーに加え、それ以前の未払い分の一部も支払われた。そして、今回の一件がなければ5月5日にも支払われるはずだった」

何やかんやクラブ側は言ってますが、「賃金を半額することを浅野氏に提示」「浅野氏がそれを拒否」「賃金は、一部不払い及び遅延が続いている」ことはクラブ側も認めているようです。

さて、元労働基準監督官の私から言わせると、浅野氏の対応は100%正しいということです。賃金を払っていないということは、労働者を拘束する何ら理由もないということです。

(注)正確に言うなら、浅野氏は「労働者」ではなく「個人事業主」です。

クラブ側の言い分は、何かブラック企業のそれに似ています。大多数の方には信じられないかもしれませんが、賃金不払いをする事業主の中には、それを理由に退職した労働者を責める者がいるのです。その理由は、「仕事が回らなくなること」ですが、給料を未払いしておいて、何を言うのだと思います。

また、「お客さんや取引先」に無責任だという事業主もいます。これこそ謎理論で、「従業員への賃金の支払いの責任感が欠如している」事業主から言われたくありません。まあ、でも世の中にこのことを気にされる労働者の方もいるようです。数年前に、成人の日に夜逃げして、多くの方の夢を奪った呉服屋である例の「はれのひ」の従業員の中には、給料未払いを覚悟して、「お客様の一生に一度の夢を潰してはいけない」と考え、自分の判断で成人の日に店を開け続けた従業員もいると聞きます。私は、これは決して「美談」ではないと考えますが、その方の心情を理解しますし、その生き方を尊敬します。浅野氏も、クラブ側の言い分なんぞは耳を貸す必要はありませんが、「サポーター」と「仲間」には、リスペクトの意を表しても良いと思います。

もっとも、同クラブのサポーターは経営陣のいい加減さを知っているようで、浅野氏を擁護する意見がほとんどであると聞きます。この事件で、それが救いです。