ダブルワークと労災保険

(牛伏寺山門とツツジ・長野県松本市、by T.M)

最近友人に、厚生労働省の政策審議会のサイトが面白いから覗いてみろと言われました。試しに見てみたんですが、確かに興味深い議論をしていました。「ダブルワークをする人の労災保険の適用」についてです。次のような問題に対し、討議されていました。

Aさんが、朝8時から17時までをX工場でで働き、月給20万円をもらい、そしてさらに、17時30分から21時30分までYコンビニで働き、月給10万円をもらっていたとします。AさんがYコンビニで就業中に転倒し休業した場合、労災保険からはいくら支払われるべきでしょうか?

この問題については2つの考え方があります。

「労災保険は、生活に対する補償給なのだから、X工場とYコンビニの月給の合計30万円を労災保険から支払われるべきだ」

というのがひとつの考え方です。一般の方(つまり労災保険とは通常無縁の方)は、この考えを支持します。しかし、私のような労災保険制度に関する業務をしてきた者は、次のように反射的に考えてしまいます。

「補償されるべきはYコンビニで働いていた分の10万円だけだ。だから、X工場の給与分は不支給となる」

そして制度の運用も実際にそうなっています。このような結論に至る理由は、次のように考えるからです。

「労災保険とはまさしく『保険』であって、事業主が補償すべき休業給付、療養給付を、事業主に代わって支払っているのである。従って、Yコンビニでの労災事故は、X工場には何の関係もないので、X工場が支払っている労災保険料に充当するような補償はすべきでない」

とはいっても(実際の運用はそうだといっても)、それが正しいとは限りません。労災保険が「単なる保険」であるなら、何も「国」でやる必要はなく、「民間」の保険でも十分なはずです。その「生活補償としての労災保険」と「事業主が資金を支払っている保険」との関係をどう調整するか。その議論の内容が、冒頭の審議会のサイトから見て取れます。

「上記のような作業形態でAさんが過労死した場合の労災保険の支払いをどうするのか?」

「Aさんが、Yコンビニでの作業で労災事故にあった時に、はたして現行法規の範囲で労働基準監督署の担当官はX工場に対し、賃金台帳等の提出を要求できるのか?」

「X工場からYコンビニへ行く途中に、Aさんが交通事故にあった場合、通勤労災の適用はあるのか?」

「X工場は、Aさんの欠勤を理由にAさんを解雇できるのか」等々

様々な課題が同審議会では議論されているようです。

ところでこういう議論って、何で国会でされないでしょうか?

ダブルワークの話は次回でもします。

 

金銭的解雇

かつて小田原と熱海を結んでいた豆相人車鐵道の人車、by T.M)

私がブログネタに困っていることを知った、高校時代からの親友から次のようなネタをもらいました。

彼は首都圏の某一流国立工業系大学の修士課程を卒業し、某精密機械メーカーの開発関係の仕事をしていますが、彼が最近興味を持ったという事柄です。それは、「産業スパイの良心と取扱い」についてです。

中国に「国家情報法」という法律があるそうです。その中の条文に次のようなものがあります。

中国・国家情報法第14条

「中国の国益と情報工作を強めるために、中国国民、及び組織、市民団体、企業は中国政府の命令に従い、情報を収集し、中国政府に送信する義務があります」

私は知らなかったのですが、この法律のことはしばらく前から、日経新聞等で話題になっていたそうです。なんでも、中国の大手通信機器メーカー「ファーウェイ」の副会長がカナダで逮捕された遠因だそうです(因果関係は、私には現在のところ理解できません)。

私の親友は、この法律は「産業スパイ」を奨励するものだと憤っています。私は友人にいつも「あなたぐらいの技術知識を持っているなら、他国へ行って技術を売り渡せば、退職金以上の金が入るから、その方がいいだろ」と嗾けるのですが、愛国心と愛社精神に厚い彼は耳を貸しません

(私が彼の立場ならそうしてんだが・・・)。

彼はこう私に尋ねました。

「中国人で会社で一緒に働く同僚が、中国本土で会社の情報を漏洩しなければ、法違反を犯すことになる。しかし、彼は会社にとっては産業スパイということになる。彼が祖国に対し、忠誠を示した行為で、会社が『懲戒解雇』等の処罰ができるのだろうか。個人の良心と祖国への義務が相反することを、どのように裁けばいいのだ」 

真面目な友人の考えだと思いました。確かに、個人としては、自分がその立場であっても、自分の同僚がその立場であっても、悩む問題だと思います。

でも、元監督官として、その会社にアドバイスするなら、「解雇が妥当です」と答えるでしょう。

労働者を解雇するということは、何も「労働者の責による解雇」、つまり「懲戒解雇」だけではありません。「普通解雇」という概念もあります。労働者の利益と会社側の利益が、明らかに相反するものであるなら、会社は解雇がやむおえなくなってしまいます。もっとも、それには当然、金銭的な補償をしなければなりません。それが、何十万か、何百万か、何千万か、あるいは何億になるかはケースバイケースでしょう(最終的には「和解」か「裁判所での決着」)。でも、上記のようなケースでは解雇は妥当だと思います。

(注) 私の主張は、最近話題になっている「金銭解雇制度」を念頭に置いたものではありません。「産業スパイ」のケースでは「合理的な解雇理由がすでに存在している」と私は判断しているので、そこが金銭解雇制度と相違があると思います。

しかし、この中国の法律のことを考え、私の親友の懸念が現実であるなら、今後世界中の企業は、中国人技術者を雇用しなくなりますよね。これは、中国人の差別ではなく、企業防衛のためには当然のことと思います。

それを考えると、広い意味でこの法律は中国にとって損になるとしか思えないんだけど、そうまでして「愛国心」を強制しなければならない中国って、やはり個人主義が強くて、国民と国家の間に信頼がないのかなと、そんな余計なことを考えました。

 

平成の終わりに・・・

今週は、私の親友のT.M(某地方労働局技術系職員)からメッセージが届いていますので、そのメッセージをもって、ブログ記事としようと思いますが、そのメッセージを紹介する前に、どうしても触れたい話題がでてきました。まずは、次の新聞記事をご覧下さい。

天皇、皇后両陛下は23日午後、労働災害犠牲者慰霊のため、東京都八王子市の高尾みころも霊堂を訪れ供花された。同霊堂は1972年に建立され、戦後に労災で亡くなった26万人余が合祀(ごうし)されている。両陛下の訪問は皇太子同妃時代を含めると今回で7回目。(某新聞記事より引用)

ご退位がせまり、多忙の中で、労災事故で亡くなった人々の両陛下が忘れずにいて頂けたことに感謝します。

この、高尾みころも霊堂の秋の慰霊祭には、前年に労災事故により亡くなられた方の遺族が招待され、厚生労働大臣をはじめとして関係者が集会します。そして、その会に天皇陛下は皇太子時代から何度も出席頂いていました。

私はまだ、この聖地に行ったことはありません。今年こそ訪問し、労災ゼロを祈ってこようと思います。

さて、T.Mからのメッセージです。

題:桃の花と扇状地

(まずは、次の写真をどうぞ)

日中はまだ寒い日があり、夜は多少冷え込むものの、季節は春の装いが色濃いものとなってきました。

各地で桜の開花が話題になっていますが、桜に負けず頑張って美しい花を咲かせるものもあり、その一つに桃の花が挙げられると思います。

先週、職場の新入社員とバイクで山梨県笛吹市(旧一宮町)に桃の花を見物して来ました。

国道20号線(甲州街道)をたどり、大月で吉田うどんを食べて腹ごしらえし、笹子トンネルを抜けて甲府盆地に入りました。

当日は快晴でとても暖かく絶好のツーリング日和でした。

過去に何度も笹子トンネルを抜けていますが、トンネルを境に郡内(大月側)と甲府盆地側で気象が大きく異なることが多いですが、当日はそれを感じさせないほどでした。

甲府盆地は、その周縁部に扇状地が発達した地形が特徴で、土壌は痩せ、水はけが良いため、稲作には適しませんが、日当たりの良さと昼夜の大きな寒暖差により、ブドウ、モモやサクランボなどを栽培する果樹園が多く見られる土地です。

桃の木は、桃の実がなるものと、実がならないハナモモがあり、今まさに桃の花が見頃となっています。

ハナモモは桃色の花が一般的ですが、一つの木に、紅色、白色と異なる色の花が咲くものもあり、サクラに劣らずその見栄えは実に見事です。

特に一宮付近は、ハナモモが多く、地域が桃色一色に染まります。

皆様も春を感じるこの季節に、お花見に是非お出かけください。

猫と高所作業者

(小田原市江之浦から相模湾を望む、by T.M)

こんな記事をwebで見つけました。

フィラデルフィアで電話線の工事をしていたモーリス・ジャーマンさんに、その近所の住人が声をかけてきた。聞けば、彼らの飼い猫のプリンセス・マンマが、電信柱に登ったきり、下りてこられなくなったのだという。猫はもう12時間も、電信柱の天辺で震えているというのだ。もちろん、飼い主もそれをただ眺めていたわけではない。アニマル・レスキューや消防署などに助けを求めたが、どれも上手くいかなかったというのだ。 そこでモーリスさんは高所作業車を現場に回し、マンマを無事に救い出した。

ところが、これで「めでたし、めでたし」とはならなかったのだ。次の金曜日に、モーリスさんは雇用主のベライゾン社から、3週間の停職を言い渡されたのである。社の安全規定に違反したためというのが、その理由であった。モーリスさんの使っていた作業車と装備は、猫のいた地域では使用できないものだったのだ。

 「我々としても、喜んで処分を下しているわけではありません」とベライゾン社の広報担当者。「しかしながら、我々は従業員とお客様の安全を守る責任を負っているのです」

「不運なことに、この従業員の目的は立派なものでしたが、彼は自分自身の生命と周囲の人々を潜在的に危険にさらしていたのです」

 ベライゾン社は、動物保護という目的を疎かにしているわけではないことを示すため、ペンシルベニア州の動物虐待防止協会に寄付をする予定だという。

 

私、この記事を読んだ時にゲラゲラ笑ってしまいました。そして、同じことが日本で起きたらどうなるか、考えてみました。

ウチの猫が電柱に登っってしまい降りれなくなって、何時間も泣いていたところ、近くで電柱工事をしていた作業員が高所作業車を使用して救出されたというシュチュエーションではいかがでしょうか。

この場合でも、会社にばれたら、作業員の処分はまぬがれないでしょうね。労働安全衛生コンサルタントとして、あるいは、かつて労働行政に関わったものとして、例えば会社側から、私に意見を求められたら、公式的には「就業規則に従って、作業員を懲戒処分にして下さい」と答えざるをえないでしょう。

高所作業車を使用する作業は、危険作業に該当し、有資格者がこれを行います。猫を救助中に災害が発生した時には、これは「業務に起因する事故」とは見なされないので、労災保険の適用はないでしょう。また、第三者に損害を与えた場合には、民間の保険会社なら保険適用を渋るでしょう。

また、昨今の世の中です。こんな猫の救出劇を街中でやっていたら、必ず動画に撮られます。現に前述のフィラデルフィアの記事は動画付きで紹介されていたものです。事実隠蔽はできません。

もっとも、もし、こんなケースで、「工事現場で発生した、作業員の猫を救助したという不始末を、元請会社に言い訳する下請け会社」から相談を受けたなら私はこう答えます。

「猫を助ける目的で高所作業者を使用したのであるならば、言い訳はできません。しかし、

『たまたま、工事するはずだった電柱に猫がいたので、作業員がそれをどけた』

『工事に関係ない電柱だったが、猫が登っているのを確認したので、停電の危険性があり、公共のために排除した』

『工事においては、近隣の住民サービスを心がけていて、業務命令で工事と関係のない近所の公園や道路の清掃等を行っているが、その住民サービスの一環として行った』

のであれば、話は別です。」

実は、私は猫好きなんです。 

バイトテロとコンビニ(8)

(横浜の水源地、青山浄水場とサクラ、by  T.M)

 

(大正の建築、逗子松汀園とサクラ、by  T.M)

「バイトテロとコンビニ」も今日で最終回です。

前回、コンビニ店舗の経営が上手くいく要素として、「最初の出資金の金額」を第一に挙げましたが、それはつまりこういうことです。

「土地・建物をオーナー自らが提供し、高い出資金を支払うケース」

「土地・建物はコンビニ会社が提供してくれるものを使用し、オーナー自らは、コンビニ会社の雇われ店長の形式で契約し、最低限の出資金を支払う」

といった2つのケースでは、コンビニ会社に支払うロイヤリティーが全然違うのです。

もちろん、後者で成功しているケースもあると思いますが、オーナーが圧倒的に過重労働となるのは、後者のケースです(地方都市では、売上げ自体が低く、前者の場合でもオーナーの負担が大きくなる場合もあるようですが)。

私は、コンビニのオーナー全てが、「労働者性」を有しているとは思いません。従って、先日、中労委がコンビニオーナーの団体と、コンビニ会社の「団体交渉」を認めなかったことについては、ある程度理解します。

しかし、私は個々のオーナーのケースを精査していけば、中には「時間的・場所的な拘束を受け、使用者に指揮命令される労働基準法上の労働者」となるケースもあり、将来はコンビニーオーナーが労災認定されることもあるような気がします。それは、出資金の少ないオーナーに多いように推察します。

「バイトテロ」と呼ばれている行為について、若者の教育が必要という意見がweb上に多くありますが、実は私は一番必要なのは「オーナー」の教育であると思います。

つまり、コンビニ各社が自らのブランドイメージを守るためには、「オーナーがどのように労働者を教育・管理しているか」を検討する必要があると思うのです。

しかし、コンビニオーナー自体の過重労働が問題とされるなら、オーナーは労働者に対する管理の力を発揮できなくなるような気がします。

コンビニオーナーが疲れていては、「アホな若者」を間違って採用してしまうかもしれませんが、そういう若者をオーナーが教育すること儘なりません。

このシリーズの最初に述べましたように、「コンビニの公益性」については理解しているつもりですが、だからこそ「若者の働く職場の形成」のためにも、コンビニ大手が各店舗のオーナー自身について、「働き方改革」の環境整備を進める時ではないでしょうか。 

追記

ふと気づきました。コンビニオーナーが、「カンビニ会社の労働基準法上の労働者」に該当するなら、そのコンビニ店舗で働いているバイトさん達は、すべてコンビニ会社の労働者ということになります。今後、コンビニ店舗で働いているバイトさん達が、労働条件等で不満を持った場合、コンビニオーナーを飛ばして、コンビニ会社と直接交渉するケースがでてくるかもしれません。あるいは、コンビニーオーナーとバイトさん達が協力し、コンビニ会社と相対することもあるかもしれないと思いました。