通信障害

(伊豆土肥の世界一の花時計、by T.M)

安倍前首相のご冥福を祈ります。

私は経済問題や外交問題が分かりません。しかしながら、労働問題については、現場を見ているので、いくらか知っているつもりです。安部前首相の行った「働き方改革」については、評価をしています。雇用側の意識改革に成功したと思っています。

安部前首相については「格差と分断」を助長したという意見もあります。しかし、その件で一番責任があるのは、「構造改革」の名分のもとに派遣業の範囲を広げた、小泉内閣にあると思います。

毎日新聞 7月6日

全面復旧まで約86時間を要したKDDIの通信障害。総務省は次官級の幹部を同社に送り込み、利用者対応などを指示した。民間のトラブルに所管官庁が直接関与するのは極めて異例だ。何があったのか。

 KDDIの通信障害が発生したのは2日午前1時35分ごろ。トラブルが長期化する中、総務省の竹内芳明総務審議官(次官級)が課長補佐級の職員とともに、新宿区にある同社の特別対策室に派遣されたのは同日夜のことだ。

  (中略)

 総務省が職員派遣を決めた背景には、KDDIの利用者対応に対するいらだちがある。同社がホームページなどで利用者に通信障害を知らせたのは、2日午前3時ごろ。しかし、その内容は「当社の通信サービスがご利用しづらい状況が発生しております」というあっさりしたもので、状況を把握できない利用者から不満の声が上がっていた。

「fukusima50」という映画で、東日本大震災の時の福島第一原発事故での現場作業員の奮闘ぶりが描かれました。その映画の中で、現場職員は必死になって原発の暴走を止めようとしているなか、足を引っ張る「東京本社」の様子を描かれています。

私は多くの労災事故の現場を見てきましたが、爆発事故、建築現場の足場崩壊、土砂崩壊等で現場が混乱している状況にも立ち入ってきました。そんな現場で、現場職員が行うべき作業は次の2つです。

  • 被災者の救出
  • 2次災害の防止

ところが多くの災害で、この現場の作業員の活動を本部が妨げます。まあ、本部の言いたいことは分かっています。次のような報告が欲しいのです。

  • 状況はどうなっているんだ。災害の原因はなんだ。
  • 復旧はいつなんだ

この時の現場作業員の状況は、「交通事故にあった者を緊急手術する医者」と同じようなものです。手術中の医者に、次ことを尋ねる馬鹿はいないでしょう。

  • 手術はいつ終わるんだ
  • どこが悪いんだ
  • これから容体はどうなるんだ

映画「fukusima50」を観た方は分かると思いますが、現場はこんな本部からの質問に答える状況ではありません。刻々かわる状況に対応し、2次災害の防止に手を尽くすだけです。

本部の立場も分かります。大きな事故の場合は、マスコミ等が殺到し説明を求められるからです。しかしなぜ、この時「本部」は「現場」と一緒になって戦ってくれないのでしょうか。それは、多くは本部の「保身」が原因で、「現場」を守れません。

「現場」が「本部」に望むのは、「現場」が希望する物資・人材を速やかに現場に投入してくれることです。映画「fukusima50」では、東電本社が「菅首相が現場に視察に行く」ことを停められずに、挙句に「防じんマスク」の手配まで現場にさせる場面があります。現場にとって、妨害工作としか思えない事態だったと思います。

さて、菅首相の原発事故時の現場視察については、色々な評価があるようですが、冒頭の新聞記事にある、通信障害の時に派遣された総務省職員はいったい何しにKDDIに行ったのでしょうか?復旧に全力を尽くしていた現場の邪魔にならなかたでしょうか? 後日の検証が必要であると考えます。

技能実習生

(狩野川放水路、by T.M)

読売新聞6月26日

厚生労働省は、国内企業で勤務する外国人労働者の賃金や勤務形態、労働時間などを把握できる統計を来年度に新設する方針を固めた。外国人労働者に特化した統計が整備されるのは初めて。統計は労働市場の分析や政策立案の基盤データと位置づけられ、外国人労働者の待遇改善や就業支援、専門性の高い人材と企業のマッチングなどに活用する。

同省は来年度の概算要求に関連費用を盛り込む方針だ。

(略)

外国人労働者を巡っては、同省が集計する「外国人雇用状況の届出」で、技能実習や永住者といった在留資格別の人数が把握できるにとどまる。賃金については、賃金構造基本統計調査の一部に外国人のデータが含まれているが、サンプル数が少ない上に勤続年数と昇給の関係など詳細な内容がないため、労働実態の把握は困難だった。

新統計は日本人労働者との比較を可能にするため、同省が従来実施している雇用動向調査などと同様の事項を盛り込む。具体的には、▽正規・非正規など雇用形態別の労働者数▽賃金▽労働時間▽離職率――などを数値化し、産業別や企業規模別、都道府県別に示す。

個々の外国人労働者や勤務先の事業所に対する調査は来年度から年1回実施する。国籍や在留資格・期間のほか、職種や収入、昇給、勤続年数、社会保険への加入状況など雇用・労働に関する項目を中心に調べる。母国での学歴、親族への仕送り額といった外国人に特有の項目も設ける。

久々の良いニュースだと思います。

私は、技能実習生の現在の取扱いについては頭にきていました。「現在の奴隷制度」と言われても非難されても仕方がないと思っていました。

そりゃあ、技能実習制度がうまく機能している企業の例も知っています。ある金属製品製造業者(従業員100人未満の中小企業)では、インドネシアからの技能実習生を受け入れていますが、技能実習生たちは、日本で受けた研修後に、インドネシアの同企業の現地法人に就職し、その現地法人の幹部に出世していました。社長さんは、その会社の創業者で70歳を超えている方ですが、嬉しそうにインドネシアに居る元技能実習生とオンラインでビジネス会議をしています。

ただ、こんな理想的に上手くいっているのは、ほんの一握りでしょう。というより、こんなうまくいっている事例を隠れ蓑にして、実習生を搾取しているものが多いと思います。

私の感覚ですが、技能実習制度が一番機能していないのは農業ではないかと思います。農業の仕事は過酷ですし、労働基準法第41条の規定により、「労働時間,休憩及び休日に関する規定」は適用されないことになっています。

つまり、農業に従事する技能実習生については、「36協定(時間外労働協定)なく」「週40時間の規制なく労働時間青天井」「残業に係る割増賃金を支払わない」等であっても労働基準法違反は問えないのです。

(もっとも、これは、「日本の農業従事労働者」については共通の課題なのですが・・・)

ジョン・アーヴィングの作品に、映画化もされた「サイダーハウスルール」という、アメリカ合衆国のリンゴ農園で働く労働者の生活を描いた名作がありましたが、映画の中の牧歌的な風景とは違う、日本の労働従事労働者」の実態があるような気がします。

まあ、私の「感覚」で技能実習制度を非難しても結論はでないこと。新たに始まる外国人労働者に対する雇用統計に期待したいと思います。

上智大学の賃金不払い

(羽田空港、by T.M)

毎日新聞5/29(日)

 上智大学の非常勤講師に賃金を支払っていないとして、大学側が労働基準法に基づく是正勧告を受けていたことが関係者への取材で判明した。大学側は勧告に応じず、労働基準監督署が出した勧告書の受け取りも拒否したという。是正勧告は法律違反を前提とした行政指導。是正しない場合などは書類送検されることがある。知名度の高い高等教育機関が行政指導に背いたことに、関係者からは疑問の声が上がっている。

 賃金の不払いを申告したのは、語学の非常勤講師を務める60代の女性。女性が東京労働局中央労働基準監督署に提出した申告書や、加盟する労働組合「首都圏大学非常勤講師組合」によると、女性は日本語初級コースを担当。新型コロナウイルスの感染拡大を受けた2020年度からのオンライン授業の導入に伴い、教材を1人で作成した。

 女性は20~21年に教材の作成などで計約105時間分、約75万円の賃金が不払いだったのは労基法違反と主張し、21年9月に申告した。このうち20年3~5月の計22日間(52時間)は、授業がなく無給とされた期間だった。

 労組によると、労基署は実態調査に基づき、女性に労働の実態があったと認定した。女性と大学側が交わした契約書には、業務として教材の作成が記されていないことなどから、「新たに発生した対価を伴う労働」と判断。労基法違反を認め、賃金を支払うよう今年2月16日付で勧告した。

 女性によると、大学側は不払いの理由を「授業時間の給与に含まれるため」と説明したが、労基署はこうした主張を退けた形だ。

 大学側は勧告書の受け取りを拒んだため、労基署は口頭で読み上げたという。労基署は勧告への対応について、この日と3月17日の2回にわたり、期限を設けて回答を求めた。初回の期限は3月10日、2回目は同25日だったが、大学側はいずれにも応じなかった。

 女性は「教育機関が公的な勧告を無視するのは信じがたい」と憤る。労組の佐々木信吾書記長は「影響力の大きい有名大であっても、非常勤講師の労働時間管理はルーズなケースが多い。賃金はきちんと支払うべきだ」と指摘する。

 厚生労働省労働基準局監督課は、一般論と断った上で「勧告は違法行為を認定して出す。従うよう繰り返し指導する」としている。

 毎日新聞の取材に、大学を経営する学校法人上智学院は「現在、労基署との相談・協議を継続し、学内においても対応を検討している」とメールで回答した。

「労働組合が告発した」とか

「大学側が態度を和らげた」との続報

もありますが、重要なことがまったく分からない記事です。

この事件は、「申告者及びその労働組合」が前のめり過ぎて、労基署は困惑しているのではないでしょうか?大丈夫でしょうか?

この事件で、労働基準法第24条違反(賃金不払い)が成立しているという、中央労働基準監督署の見解に私は賛成します。しかし、刑事事件の成立には疑問です。告発された以上、検察庁に送付しなければいけないのは当然ですが、検察庁で不起訴になる可能性が大きいと思います。

理由は、「何時間労働していたのか」ということが証明できていない気がするからです。

「女性は20~21年に教材の作成などで計約105時間分、約75万円の賃金が不払いだったのは労基法違反と主張し、21年9月に申告した」

これはあくまで申告者の主張です。「タイムカード」とか「自宅で職場のLANに接続し、サーバーにその記録が残っている」というような客観的な証拠がなければ、賃金不払いの24法違反の特定はできません。

よくweb上で、「労働時間の記録は自分のメモ書きでよい」などとの噂がありますが、それは、「過労死の認定判断」や「民事裁判」で役にたつことがあるということであり、「本人が作成した証拠」では刑事事件の証拠にはなりません。

私の予想ですが、監督署は

「賃金不払いの違反は確かだ。だから、是正勧告を出す。でも、未払い賃金の特定はできないので、そこは申告者の話合い、もしくは民事裁判で決着をつけてくれ。大学側は、今後労働契約を見直し、労働時間を把握し、適正な賃金を支払ってくれ」

というような姿勢だったのではないでしょうか。大学側は、それを過度に警戒し、是正勧告書の受取を拒否したから、話が大きく広がってしまったのではないでしょうか。

さて、監督署もここまで来たら、後へは引けないでしょう。電通事件の時のように経営トップの取調べをしなければなりません。つまり、学長からの事情聴取です。

私が捜査担当官なら、労働基準法第24条違反(賃金不払い)ではなく、労働基準法第15条違反(労働条件の通知)も併せ送検すると思います。もっとも、その違反でさえ「不十分な内容といえども、労働条件通知書は交付されているので、違反はない」と判断されてしまうかもしれませんが・・・

司法取引

(甲州街道小原宿、by T.M)

デイリー新潮 5月29日

タイの発電所建設を巡り、日本企業の社員らが現地の役人に賄賂を支払い、不正競争防止法違反(外国公務員贈賄罪)に問われていた事件に、ピリオドが打たれた。5月20日、最高裁は「三菱日立パワーシステムズ」元役員、内田聡被告(67)に対して、懲役1年6カ月、執行猶予3年とした一審の判決を支持し、控訴を棄却。これによって刑が確定した。

 とはいえ、新聞でもベタ記事扱いだったこの地味目なニュース、皆さんも素通りされたかもしれない。だが、今回の判決は、とくに会社勤めの方々にとって、決して他人事ではないのだ――。

初の司法取引案件としても注目

 事件のあらましはこうだ。2015年、「三菱日立パワーシステムズ」(MHPS)が、タイに火力発電所を建設する工事を進める中、資材の陸揚げ用桟橋の使用が、役所への申請の不備により、却下されてしまう。荷揚げをしないと工事は進まないわけで、企業側が苦慮していると、現地の役人が賄賂を要求したという。

 荷揚げにはこれ(贈賄)しかない、と思った内田氏の部下2人は、この件を取締役だった内田氏に説明した上で、現地の関係者にゴーサインを出して約4000万円の賄賂を支払ってしまったのだ。

 海外贈賄に詳しい、社会構想大学院大学の北島純教授が語る。

「内部告発で贈賄を知るところになったMHPSは、社内処分を下すとともに、事態を重くみて、東京地検特捜部にこの話を持ち込み、情報提供を含む捜査協力の見返りに、会社の責任を問わないようにする、いわゆる司法取引制度を利用したのです」

これは、すごい事件だと思います。「労働者が会社のために、取引先に賄賂を渡した。会社は賄賂を渡した事実を積極的に検察庁に渡し、労働者個人の罪とし、会社はお咎めなしとなった」ということですが、いくつかのポイントがあると思います。

まずはやはり労働者がなぜそのような犯罪を起こしたかということだと思います。

1 会社の利益ため、会社で働く人たちの雇用を守るため、取引先のため、犯罪を起こさざるえなかった。

2 会社内における、上司から評価を良くしようとして、犯罪を起こした。

1と2では、やはり情状が違ってくると思います。もちろん、犯罪を起こす方は両方ことを考えていたと思います。「大義名分」を自分に言い聞かせながら、実は「保身」を考えていたと思います。

(注) ここまで書いていて、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で上総介が粛清されるシーンを思い出した。あの時の北条義時がこの心情だったのだろうな。そういう生き方は往々にして後から、「大人の態度」と評価されることになります。

第2のポイントは、会社側が「刑事罰を受けない」としても、「行政罰」はどうだったかということです。もっとはっきり言うと、「公共事業の発注停止処分」があったのかどうかです。これは結果の問題ですが、会社の行動について、「社会の公序良俗のために検察に協力した」のか、「行政罰を避ける、あるいは軽減するために司法取引をした」のでは大きな違いがあります。

私がこの問題に興味を持つのは、これが労働安全衛生法違反の「労災隠し」で同じことが行われ、自分が司法警察員として捜査主任である場面を想像するからです。

「ある公共工事において、下請けが労災を発生させ、元請の現場監督が発注者に知られるのをおそれ、労災隠しをした(発覚すると、今後の工事受注に影響します)。それを後日、元請会社は、現場監督を監督署に告発した」

もちろん、このケースでしたら、「元請けの告発は刑法に規定される『自首』に該当するのか」ということが論点になりますし、労働安全衛生法には両罰規定がありますので、記事の事件とは比較ができないでしょう。

でも、「個人(現場監督)の責任であって、会社に責任はありません」という対応をとられたなら、捜査官として面白くないのは事実だと思います。

同一労働?

(小田原市・長興山紹太寺の枝垂れ桜、by T.M)

日新聞 4月12日

 JR九州に再雇用された大分市や鹿児島市などの15人が、正社員と同じ仕事をしているのに給与や手当を減らされたのは不合理な格差だとして、同社に計約7200万円の損害賠償を求める訴えを福岡地裁に起こした。12日午前にあった第1回口頭弁論で、同社は請求棄却を求めて争う姿勢を示した。

 訴状によると、15人は同社の正社員としてそれぞれ車掌や運転士などを務めた後、2017~21年に定年の60歳を迎えて退職。再雇用で同社と有期労働契約を結んだが、基本給が半分程度に減り、扶養手当や住宅援助金などがなくなった。

 原告側は、再雇用後の職務内容は正社員と変わらないとして、待遇悪化は「同一労働同一賃金」を義務付けたパートタイム・有期雇用労働法に違反すると主張。正社員との差額分を支払うよう求めている。

問題点が整理されていないように思えます。2つの論点に分かれるのではないでしょうか。

(1)60歳過ぎたら、賃金が減額された。定年前後の業務内容は同一だから、同一労働同一賃金の原則からしておかしい。

(2)非正規労働者になったから賃金が下がった。

これ、(1)と(2)は別の問題です。

まず、「定年退職後、同一労働なのに賃金が下がった」という問題については、「年功序列制」の賃金であったかどうかが問題となります。年功序列制の賃金体系であったなら、定年退職をさかいに、常識的な賃金の減額は仕方がないでしょう。同一労働をしている59歳で定年退職直前の方と、40歳の方の賃金が同じ職場では、「定年退職後に賃金が下がった」ということはあってはならぬことですが、日本の企業は正社員である場合は、ある程度の「年功序列給」となっているので、定年退職後には賃金が下がります。

(私の知る限り、年功序列給でないのは、「タクシー運転手」「不動産屋の営業マン」等のオール歩合給の者だけです)

最高裁判決では、定年退職において、「基本給の引き下げは合法」「各種手当の引き下げは違法」となっていますが、これは年功序列給である基本給については引き下げを認めるが、年功序列給の要素がない手当については、定年退職時の引き下げを認めないということです。

さて、(2)の「同一労働だけで、正規職員と非正規職員では賃金額が違う」という問題ですが、これは本質的にあってはならないことです。というか、日本の労働問題で最大の問題が、この部分であると思います。

非正規職員の賃金が安すぎます。本来ならば、「安定した職の正規職員の賃金」は「不安定の非正規職員の賃金」よりも安くていいはずなのに、実際は逆になっています。フリーランスの報酬は、正規職員より高くしなければなりません。

(もっとも、企業側は「派遣」に支払う費用は正社員へ支払う金額より多い場合もあるそうです。ただし、派遣社員にはわずかな金額しか支払われません。いわゆる「中抜き」も大きな問題でしょう)

新聞記事にあるように、「正社員と同じ仕事をしているのに給与や手当を減らされたのは不合理な格差だ」と主張するならば、原告側は「現在、当該企業に在職している、60歳以下の非正規労働者の賃金もあげるべきだ」とも主張した方が、説得力を持つと思います。