引越しのサカイ

(Nice landing!・羽田空港、by T.M)

労働時間と賃金の問題について、非常に興味深い裁判がありましたので、ご紹介します。

時事通信社 9/11

作業量などに応じた「出来高払い制」を中心としたサカイ引越センター(堺市)の賃金制度の妥当性が争われた訴訟で、東京地裁立川支部が8月、「同社の制度は出来高払いに該当しない」として未払い残業代などの支払いを同社に命じた判決が波紋を広げている。

 運輸業界で出来高払い制は広く取り入れられており、サカイは即刻控訴。業界各社は高裁での審理に注目している。

 労働基準法などの規定では、出来高払い制賃金は残業代を計算する際の割増率が低く、月給制と比べて残業代は少なくなる。サカイの賃金体系は基本給が月6万~7万円程度と低く、大部分は「業績給」などと呼ばれる同制度扱いの手当となっていた。

 訴えを起こしたのは引っ越し作業員兼ドライバーだった元同社社員の男性3人。業績給を出来高払い制賃金とするのは違法で、本来未払いの残業代があるとして計約1200万円の支払いを求めていた。

 前田英子裁判長は8月9日の判決で、出来高払い制賃金について、「作業量などの成果に応じて一定比率で定められるもの」と定義。同社の業績給の一部は、売り上げが営業担当者と顧客の交渉で既に決まっており、作業員は会社から指示された作業をしているだけだと指摘し、「(作業員の)自助努力が反映される賃金とは言い難い」として当てはまらないと判断した。

(略)

 サカイ引越センターは取材に、判決翌日に控訴したことを明らかにした上で「詳細な回答は差し控えたい」とコメントした。 

まず、「通常の残業代の計算方法」と「歩合給の残業代の計算方法」について説明します。

第一 通常の残業代の計算方法

イ 所定内賃金を「所定内労働時間」で割り、「1時間当たりの基本賃金」(A

)を算定する。

ロ Aに残業時間をかけて、それを1.25倍したものが残業代である。

第二 歩合給の残業代の計算方法

イ 歩合手当を「総労働時間」で割り、「1時間当たりの歩合賃金」(B

)を算定する。

ロ Bに残業時間をかけて、それを0.25倍したものが残業代である。

「通常の残業代の計算方法」と「歩合給の残業代の計算方法」の大きな違いは、「1時間当たり」の賃金を算定する時に、

「所定内労働時間」で割るのか「総労働時間」で割るのか

割増率が「1.25倍」なのか「0.25倍」なのか

で大きく違いがでます。具体例で考えてみます。

(具体例)

1日8時間労働、月20日稼働の宅配の事業場を想定します。所定労働時間はひと月160時間となります。そして、作業員は1時間に1個の荷物を運ぶことができるとします。

この時に

  (事例1) 時間給 1000円

  (事例2) 1個の荷物を運ぶごとに1000円支払われるオール歩合給

の2つのケースを考えます。

この事例1と事例2では、残業をしなければ支払われる賃金は一緒です。

  (事例1) 時間給1000円なので、160時間稼働。給与16万円。

  (事例2) 1時間1個運べて、1個当たり1000円。給与16万円。

では、毎日1個余分に運搬するとします。そうすると残業代に大きな違いがでます。

(事例1の場合の残業代)

毎日1個余計に運搬。ひと月残業時間は20時間。時間給1000円の1.25倍は1250円なので、残業代は 1250円×20時間で25000円

総賃金は残業代と本給を併せ185000円

(事例2の場合の残業代)

毎日1個余計に運ぶので、ひと月180個運搬。従って歩合給は18万円。総労働時間(所定内労働時間と残業代の合計)は180時間。歩合給を総労働時間で割ると、1時間当たりの賃金は1000円。その0.25倍は250円なので、20時間残業なので歩合残業は5000円。

総賃金は残業代と本給を併せ165000円。

このように「通常の残業代の計算方法」と「歩合給の残業代の計算方法」では、残業手当に大きな差がでてしまいます。

今回の裁判ではサカイ引越センターの賃金は「歩合給でないから、通常の残業代の計算方法に直しなさい」ということでした。今後の進展が注目されます。

損害賠償?

(十国峠からの富士山、by T.M)

神奈川新聞 8/28

川崎市立稲田小(同市多摩区)のプールの水を張る作業の不手際で大量の水が無駄になった事案で、市が男性教諭に賠償請求したことを巡り、市に対応を疑問視する問い合わせが28日までに、100件以上寄せられていることが分かった。賠償請求に対する同情的な意見も多いというが、市は処分を変更せず、賠償手続きを進めているという。

男性教諭の不手際で5日間にわたり水を出し続けて約220万リットル(25メートルプール約6杯分)を流出したことで、損害となる上下水道料金は約190万円に上った。市は、同校の校長と男性教諭に過失があったと判断し、8日付けで2人に損害額の約半分の約95万円を請求した。

この記事を読んだ時に、人から聞いた某県の労働災害の発生状況を思い出しました。その県において、休業4日以上の労働災害を発生させている事業場は、なんと某県教育委員会」でした。それは某県教育委員会が管理する給食センターが原因でした。3年間に休業4日以上の災害を30件以上発生させていました。

因みに、地方公共団体の労働災害は労働基準監督署に通常は報告されませんが、「給食センター」「廃棄物処理場」「公園管理」等の現場業務で発生した労働災害は労働基準監督署に報告する義務があります。また、その某県では、給食設備は各高校に設置されていて、各高校で4~5人の給食担当の現場の人が働いています。その各々の高校の給食設備の現場で働く人の災害が、「某県教育委員会」の災害として労働基準監督署に報告されていました。

某県教育委員会に某労働基準監督官が臨検監督を実施したところ、驚くべき事実が発覚しました。各高校の給食設備の現場では、現場責任者がいなかったのです。4~5人なる現場職員はすべてフラットな関係です。だから、誰かが危険作業をしていても注意する者はいません。そのような現場だから事故は発生していたのです。

でも、誰が出勤管理等をしていたのかと言うと、それはその学校の校長先生です。そして、某県の教育委員会の規定では、給食設備の現場職員の安全管理の責任者は校長先生であり、労災事故の再発防止対策も校長先生が実施することとなっていました。

調査した監督官は何人かの校長先生に合い、質問したところ、給食設備の現場職員の安全指導をしている者はなく、なかには「校長が給食の調理場所に入っていいのでしょうか?」と質問してくる者もいました。

さて、この話は人から聞いた話でもありますし事実かどうか分かりませんが、このような現場において、職員のミスにより多大な損害が発生した時に、その損害賠償は「現場職員」と「校長先生」に行うべきでしょうか?そんなことを考えました。

今年の最低賃金

(三浦市宮川町のヨットハーバー、by T.M)

今年の10月1日から、最低賃金が全国加重平均で1004円となるそうです。昨年が961円ですから、約4%アップの大幅賃上げとなります。一昨年は930円ですから、2年間で約8%上がったことになります。

でもちょっと待って下さい。最低賃金は

  930円、961円、1004円

と上がっていますが、最低賃金改定日(10月1日)の円―ドル相場は

  2021年 112.43円

  2022年 144.81円

であり、もし今年の10月1日の円―ドル相場が昨日(8月25日)の相場である146.85円であると仮定するなら、日本の最低賃金はドルベースで次のように変化するということになるのです。

  2021年 8.27ドル

  2022年 6.64ドル

  2023年 6.85ドル

因みに、超円高であった2021年は、最低賃金は737円で、ドル相場は76.71円であり、その金額は9.51ドルです。これは現在の円―ドル相場に換算すると約1400円となります。

国際的に見ると日本の最低賃金の下落は顕著です。

(注) 米国の最低賃金はNY市等の大都市は20ドル前後の高額ですが、過半数の州では8ドル前後だそうです。(独立行政法人労働政策研究・研修機構のHPより引用)

要するに、輸入品の価格上昇比率は最低賃金の上昇比率より高いということです。

「働き方改革」の目的は生産性の向上にあったはずですが、賃金のことだけ考えると。どうもうまくいっていないように思えます。何か、今後の生活に不安を感じる今日この頃です。

労働安全衛生法改正

(十国峠ケーブルカー、by T.M)

次の新聞記事は長文ですが、労働安全にとっては非常に重要な問題となりますのでを全文紹介します。

朝日新聞 7/31

■事故で死亡やけが、労基署への報告義務

 フリーランスが増え、事故のリスクが問題視されてきたが、今はそうした事故の実態を把握する仕組みがない。

 そこで安衛法の規定を見直し、労働者と同様にフリーランスらが業務上の事故で死亡するか4日以上休業するけがをした場合、仕事を発注したり現場を管理したりする企業などに労働基準監督署への報告を義務づける。

 違反しても罰則はないが、是正勧告など行政指導の対象になる。一方、一般消費者から仕事を請け負ってけがをした場合などは、フリーランスら本人が労基署に情報提供するよう求める。

 フリーランスが過重労働で脳・心臓疾患や精神障害になった場合に、本人から報告できる仕組みも整備する。

■危険な場所への立ち入り禁止なども義務づけ

 国はこうした報告を集計・分析して公表し、業界団体などに災害防止対策を進めるよう促す。

 また安衛法では企業などに、災害発生時に労働者を作業場から退避させたり、危険な場所を立ち入り禁止にしたりすることを義務付けているが、その保護対象をフリーランスらにも広げる。作業現場に足場や機械を設置した事業者には、労働者の安全を保護する義務があるが、その対象にもフリーランスらを加える。

 フリーランスら自身にも災害防止策を義務づける。一部の機械を使う場合の定期自主点検の実施や、危険な業務を行う場合の講習の修了など、企業や労働者に義務づけているのと同じ内容だ。

 安衛法をめぐっては、アスベスト被害に関する訴訟で最高裁が一昨年、同じ現場で働き危険性も同じなら、「一人親方」と呼ばれる個人事業主も保護対象とすべきだと判断。それを受けて厚労省は今春、アスベストなどを扱う労働者を保護する規定の対象を、個人事業主にも広げた。さらにそれ以外の職種への対応も必要だとして、有識者会議で議論を続けていた。

■有識者会議の報告書案のポイント

【事故の把握】

・個人事業主が事故にあった場合、仕事を発注した企業などに国への報告を義務づける

・個人事業主が過重労働で脳・心臓疾患や精神障害になった場合は、本人が国に報告できる仕組みをつくる

・国は事故の情報を分析して公表し、業界団体などに防止対策を促す

【事故防止の対策】

・一部の作業について、企業に義務づけられた「労災を防止するための措置」の対象を個人事業主にも広げる

・個人事業主にも現場に持ち込む機械の定期自主点検を義務づける

・個人事業主にも危険有害な業務に関する安全衛生教育の修了を義務づける

・プラットフォーマーが危険有害な業務を個人事業主に行わせる場合に配慮すべき内容を明確にする

【健康管理】

・国は個人事業主に年1回の健康診断を促す。

・健康診断の費用は、発注企業が支払う報酬の中に盛り込むよう促す。

・発注企業は、長時間労働をしている個人事業主から求めがあれば、医師による面接指導の機会を作る。

(引用終了)

世の流れとしては、いい方向に向かっていると思います。

でも、課題はたくさんあるでしょう。例えば、フリーランス業務の典型であるウーバーイーツ。ウーバーイーツが配達員の事故報告を労基署にするためには、配達員から、ウーバーイーツへの事故報告が必要でしょう。でも、自分が事故にあった時に、別に会社が労災手続きをする訳でもなく、交通違反がらみの事故であったなら、会社から怒られるかもしれないと思うと、配達員は事故報告をしないんじゃないでしょうか。

 また、ウーバーイーツは配達員に健康診断を促し、その分の費用を報酬に上乗せするということでしょうか? 法の意に反して、上乗せされた報酬は別に使ってしまうのではないでしょうか(まあ、報酬アップならいいやという考えもあります)。

 もちろん、今回の法改正の主旨は、工業系3業種(建設・製造・運送)で働くフリーランスの方たちを念頭においたものであることは理解していますが、フリーランスという一括りではウーバーイーツもその範疇に入ります。

 何よりも、この安全衛生法の主旨を徹底させるためには、「一人親方の労災保険特別加入制度」をすべての業種に適用させるようにしなければならないでしょう。ウーバーイーツの配達員は一昨年から加入できるようになりましたが、すべての職種で加入できる訳ではありません。そうすると、今度は「一人親方の労災保険特別加入制度」に加入していない風潮となりそうです(実際、多くの建設会社はそのようにしています)。そうするとフリーランスの方に新たな負担を押し付けることになるのではないでしょうか?

まあ、色々心配しても仕方ありません。前述のとおり、この法改正はいい方向に向かっていると思いますので、厚生労働省の頑張りに期待したいと思います。

大阪万博

(伊豆のワサビ田、by T.M)

7/28 スポニオ

実業家の西村博之(ひろゆき)氏(46)が28日までに自身のツイッターを更新。2025年大阪・関西万博の海外パビリオンで建設手続きが停滞している問題を巡り、日本国際博覧会協会が、万博工事に従事する建設労働者を24年から適用される残業時間規制の対象外とするよう政府に要望していることが判明したことに言及した。

 複数の関係者が明らかにしたもので、開幕に間に合わない事態を避ける狙い。時間外労働の上限規制は、19年の働き方改革関連法施行により導入された。災害復旧工事などを対象外とする特例があるものの、万博工事を同様に扱う対応には政府内に慎重な意見もある。

 万博に参加を予定する150超の国・地域のうち、およそ3分の1がパビリオンを自前で建設する予定。ただ、着工の前提となる大阪市への許可申請手続きは滞っている。建設業界の人手不足や資材高騰、複雑なデザインによる難工事やコスト増を背景に、工事請負契約が進んでいないのが実情。時間外労働の上限規制が適用されると、人繰りがさらに厳しくなるとの見方が出ている。

ひろゆき氏は「大阪万博の残業規制の除外を政府に打診。人手不足なら高額の給料払って人を集めれば良い。お金が足りないから出来ないなら、そもそも大阪万博を辞めれば良いんじゃない?パビリオン作りたい所も少ないみたいだし」と自身の考えをつづった。

万博工事を残業時間規制の対象外とすることについて、行政府の判断だけでできるのか、国会も関係あるのか、どういう法的手続きが必要なのかはよく分かりませんが、結論としてはひろゆき氏の意見に100%賛成します。付け加えるなら、何年間も残業規制に備えてきた企業、あるいは既に実施している企業に対し失礼です。

そもそも、私が労働基準監督官をしていた平成年代の中頃までは、大きなイベントや大規模工事については、模範的で表彰されるような工事が多いものでした。

  (例)1989年横浜博、1993年完成横浜ランドマークタワー

それが近年は国を挙げてのイベントで不祥事が多発しています。

  (例)2021年東京オリンピック、新国立競技場建設作業員過労自殺事件

昔が良かったというのは老人の繰り言ですが、実際それが事実であるような気がします。これは、やはり日本の国力が落ちてきて、貧しくなっているせいでしょうか?

100歩譲って、本当に日本国際博覧会協会の、残業規制の対象外の要望を認めるとしても、まず話を通さなければならないのは「政府」ではなく「労働者」ではないのでしょうか。。政府の対応を待ってから、大手労働組合ナショナルセンターと交渉するつもりだったのかもしれませんが、大手労働組合ナショナルセンターの了解を得てから政府に陳情すれば、まだ話は通ると思いますし、筋は通ると思います。もっとも、その場合でも取引条件として、残業代の割増率の増加くらい覚悟しなければならないでしょう。現在、残業代の割増率の最高が150%(深夜労働を含めると175%)だから、これを200%(深夜労働を含めると225%)くらいにすれば、納得する者もでてくるのではないでしょうか。経営者の一方的な都合で労働条件の切下げが行われるなら、「働き方改革」の大目標であった「生産性の向上」などは、絶対に無理だと思います。