過労死認定基準の見直しを、ゆるーく考えてみた(2)

(甲府盆地の眺め、by T.M)

「総理の夫」を観てきました。原田マハさん原作の映画ですが、とても素晴らしいものでした。国会議員の妻を持つ動物学者である夫が、スマホの電波も届かぬ場所へ野外研究へ10日ほど出張したところ、帰ってきたら妻が総理大臣になっていたという設定のドラマです。夫役の田中圭さんの演技が素晴らしいです。頼りないところがありながら、妻をリスペクトし、守ることに精一杯な姿に心打たれます。世のため人のため総理の職を懸命に務める妻ですが、思わぬ出来事により、その職を辞さねばならなくなります。その出来事とは・・・・働く女性の悩みをリアルを描きながら、その救済には「ありえなほど」のハッピーエンドが用意されています。労働問題のコンサルタントとしては、考えさせられる映画でした。

さて、前回に続き「過労死認定基準の20年ぶりの見直し」についての、現場の担当官からのコメントの紹介です。「見直し」の内容は次のとおりです。

残業時間の長さが「過労死ライン」(ひと月80時間の残業)に達しない場合でも、それに近い残業があり、不規則な勤務などが認められれば「仕事と病気の発症との関連性が強いと評価できる」として、労災と認定すべきである。

現場の担当官は今回の見直しについて、「あまり影響ない」と述べていました。身も蓋もない回答ですが、今回はその理由を解説します。

過労死には2種類あります。「脳・心臓疾患」(生活習慣病)による過労死と、「ストレス性障害」による過労死です。

「仕事中にくも膜下出血により倒れた」が前者であり、「職場の人間関係に悩み自殺した」が後者です。この2種類の過労死は、どちらも長時間労働をその健康障害の原因としますが、労災の認定基準は微妙に違います。今回改正になった「過労死認定基準の20年ぶりの見直し」は、脳・心臓疾患(生活習慣病)に対する認定基準の見直しです。

これは以前にも掲載したグラフですが、「脳・心臓疾患」の長時間労働を起因とする労災認定数と、「ストレス性疾患」の労災認定件数の年別のグラフです。オレンジ色が「脳・心臓疾患」で、青色が「ストレス性疾患」です。

このグラフで分かる通り、「脳・心臓疾患」は減少傾向にあり、「ストレス性疾患」は右肩上がりで上昇中です。総数にしても、令和2年の「脳・心臓疾患」の労災認定件数194件に対し、「ストレス性疾患」は608件で「脳・心臓疾患」の3倍以上です。長時間労働による労災の主戦場は、現在「ストレス性疾患」に移行しているのです。

(注)「主戦場」という言葉の意味は、労働行政が「脳・心臓疾患」を軽んじているということではなく、単純に業務量がどちらが「過大であるか」という意味です。

健康障害による労災認定の難しさは、「同じ労働」をしている者であっても、発病する者も、発病しない者もいるということです。「ケガ」の場合ですと、例えば「高さ3mのところから墜落した労働者」は全員ケガをしますが、「ひと月100時間残業した者」について全員が健康障害を起こす訳ではありません。労働者個々の状況が、発病の有無に大きな影響を与えます。特にストレス性障害ではそれが顕著です。

脳・心臓疾患における労働者個々の状況とは、生活習慣病の基礎疾患の有無が大きなものです。例えば、被災者が糖尿病や高血圧であったら、長時間労働によりそれが増悪したというケースも多々あります(それも、多くは「労災認定」されます)。労働者個々の基礎疾患と、「脳・心臓疾患」の労災の関係は、現在では明らかなっているケースが多く、それが現在の「ひと月80時間の残業」の過労死認定基準となっています。それでは、今回の「見直し」の「仕事と病気の発症との関連性が強いと評価できる」とは何を意味するのでしょうか?

私と労災認定担当官は次のような会話をしました。

担当官)もし、過労死調査で、「ひと月79時間の残業」をしていた者がいたとして、担当官は「過労死認定基準の80時間に満たないので不認定」とすると思うか?

私  )違うのか

担当官)そういうケースでは、みんな自分の調査を何度も見直すんだ。どこかに、労働時間の漏れがないか、なんとか「80時間まで時間数が増えないか」、タイムカードや電子記録を何回も繰り返してみる。それができなきゃ、なんとか理屈をこねくり回す。それで業務上としてしまう。

私  )そんなものか

担当官)調査した時間が「ひと月70時間」だったら諦めて業務外だ。でも、微妙なところだったら努力する。その努力の内容が、今回の「見直し基準」の「仕事と病気の発症との関連性が強いと評価できる」という部分だ。つまり、今回の見直しは、現場で以前から行われていたことを文書化したに過ぎない。だから、今回の見直しは現場では評価されていないんだ。

担当官はさらに続けました。

担当官)労災不認定の場合は、絶対に申請者サイドから不満がでる。それを「認定基準」という言葉で押し切ってきた。それを今更、根本の基準「80時間」を変えることなく、「インターバル期間」等の言葉できめ細かい調査をするような印象を与えている。今回の見直しで、「脳・心臓疾患」の認定件数が増えることがないだろう。だから、あまり評価できない。

(注)今回の話は、私の友人の「個人的意見」であり、文責は当然私にあります。

ブラックユニオン(1)

(夕方の相模湖、by T.M)

「企業を恐怖に陥れる「ブラックユニオン」の実態 プロ組合員ばかりか総会屋からの転職組も」

Yahooニュースで、上記の新潮デイリーの有料記事を紹介してました。記事自体は昨年のものですが、再配信されるということは世間的な関心も高いのかなと思いました。このブログは6年目に突入ですが、そういえばこの「ブラックユニオン」のテーマでブログ記事を書いたことがなかったなと思いました。ブラックユニオンの実態について、経験談を書きます。

私の個人的な分類では、労働組合は2種類あると思います。「企業内組合」と「個人でも入れる地域の業種横断的な労働組合」です。これから、私が書くことは後者についてです。「企業内労働組合」は、日本の企業文化及び組織の一部であり、後者とはまったく違うものです。

私が出会った「個人で加入できる労働組合」の人たちは、立派な方もいましたし、卑劣な方もいました。それは人間の作る組織ですからあたり前です。

「人間を守り」「労働者を守り」、こつこつと何年も「労災に苦しむ人たち」のため、行政や企業と戦っている、尊敬すべき組織があります。

かと思うと、完全に企業に対する、解決和解金という名の金銭狙いの、「ゆすり」「たかり」を生業としている組織もありました(というより、個人的な犯罪行為だったりする)。

もう10年くらい前でしょうか、ある男性が労働基準監督署を尋ねてきました。そして、次のようなことを訴えました。

「私は、ある飲食店に勤務しています。そこで私は残業代がもらえないで、うつ病となりました。長時間労働もありました。私はAという労働組合に相談したところ、そこの書記長は、店長と交渉し500万円をもらってくれました。その時に200万円を解決和解金として労働組合がとり、300万円を私がもらいました。1ケ月ほど休んで、職場に戻ったんですが、店長とは気が合いません、一緒にいるだけでイライラします。私は、昨日店長に次のように言いました。『100万円支払ってくれたら、もうこれで終わりにしましょう』。そしたら店長は色よい返事をしません。労働組合に依頼したらもう無理だと言います。それで、監督署にお金を取り立てて欲しくて来ました。」

話の途中で、私はこの男のことを観察しました。元気がとてもよくて、鬱には見えません。けっこう論理的に話すので躁でもなさそうです。どうも「勘違いをしている者」で、本当に自分が金銭を受け取る権利があると思い込んでいるような気がしました。

私は、この男に質問しました。

「病院には行ったのですか」

男は答えました。「組合の委員長に勧められて1回行きました。そこで診断書を書いてくれました。」

私は、さらに質問を続けました。

「あなたは、休業を1ケ月したと言いましたが、診断書には『休業が必要』と記載されていたのですか? また、あなたは休業期間中に気持ちがふさぎ込んで、出歩けないみたいなことがあったのですか?」

男は答えました・

「診断書には、休業のことは書かれていませんでした。私自身は普通に生活できましたが、組合の委員長から、その間休んでいろと言われたので休んでいました。でも、職場復帰すると、どうしても店長とは一緒に仕事がしたくありません。ですから、私はお金をもらって辞めようと思って、金を請求したところ断られたのです。」

私はこの問題を整理してみました。まず、事業場の悪い所は、小さな飲食店によくあることなのですが、「労働契約書」を作成せず、時間管理もいい加減で、残業代未払いの可能性があるということです。

また、労災については、治療費及び休業補償を国の制度である「労災保険制度」を必ずしも使うことはなく、事業主が支払えばよいだけです。

ですから、そのような問題について、労働組合が介入してきて、未払い残業代、労災における費用請求及び解決和解金を請求することは合法です。

しかし、「労働者が事業場の労務管理が悪いせいで、『うつ病』となった。」「そのうつ病のせいで、休業が必要であった」ということは証明されていません。というより、ストレスを原因とした精神疾患による労災を認定するということは、とても難しいもので、労働基準監督署では、その認定申請があった場合、専門の調査官が半年は調査し、医師の判断を何度も仰ぎ、認定か不認定を決定するものです。労働組合なら、そのことを知らないはずはありません。

また、事業場は「労災によって、労働者が休業4日以上した場合は、労働者死傷病報告書を労働基準監督署に提出する必要」があります。この死傷病報告書を提出していなければ、事業場は「労災隠し」をしていることになり、場合によっては監督署から書類送検されます。

(注)監督署は「労災隠し」については、厳しい対応をします。

そこで、私は男性に法律の説明をした後で、「取り敢えず、死傷病報告書の件を事業場に尋ねます」と答えました。すぐにでもお金がもらえると思っていた男は不服そうでした。

男が来た翌日のことでした。私が監督署を留守にしていた時に組合の委員長が監督署にやってきて、「申告を取り下げる」と申立をしました。私はすぐに、労働者に連絡を取ったのですが、前日とは打って変わって「申告を取り下げる」と言うだけでした。

さて、この事件なんですが、監督署としてはこれで終わったのですが、皆様は真相をどうお考えでしょうか?