労働時間の考え方

(南足柄郡大雄山最乗寺の紅葉、by T.M)

12/7 読売新聞

電機大手パナソニックの富山工場(富山県砺波市)に勤務する技術部の課長代理の男性(当時43歳)が2019年10月に自殺したのは、「持ち帰り残業」などの長時間労働でうつ病を発症したのが原因として、同社が遺族に謝罪し、解決金を支払うことで和解した。遺族と代理人弁護士が7日に富山市内で記者会見し、明らかにした。

 弁護士らによると、男性は19年4月、製造部の係長から昇格。仕事の内容が大きく変化して量も増加し、自宅で会議資料を作成するなど残業が続き、100時間を超える月もあった。男性は半年後に自殺した。

 砺波労働基準監督署は21年3月、遺族側の申請に対し、男性が仕事の精神的負担でうつ病を発症したと労災認定したが、持ち帰り残業について「労働時間に該当しない」としていた。だが、会社側は男性のパソコンなどを調査し、持ち帰り残業を余儀なくされたことを認めた。

 男性の妻(41)は記者会見で「主人は会社を恨みながら亡くなった。同じような人が出ないでほしい」と訴えた。遺族側の松丸正弁護士は、会社側が持ち帰り残業の責任を認めたことについては評価した。

 同社は7日、「安全配慮義務を怠った結果、社員が亡くなったことをおわびする」などとするコメントを出した。

まずは、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

これは難しい事件ですね。ヤフコメを見ると、「持ち帰り残業を労働時間としてみなさない」という結論を出した労働基準監督署を非難されている方が多いようです。

「労働基準監督署は碌に調査しない」という意見も多いようですが、少し事実関係に誤解があるようですので、説明します。労働基準監督署は労災を認定する調査の段階で、「持ち帰り残業」の事実は把握していたと思います。しかし、この時間について、対価としての金銭が支払われていないことが、労働基準法第24条(賃金の支払い)、及び第37条(残業代の支払い)の違反に該当するという判断をしなかったものでしょう。

これは、労災調査官の判断というより、司法警察員である労働基準監督官の判断であると思います。もし、私が担当官であったとしても、そういう判断をしたと思います。

「持ち帰り残業」の存在を否定しているのではありません。「労働」とは、「時間的拘束を受け、場所的拘束を受け、事業主の指揮命令下にあるもの」という概念に縛られている古い監督官は、「持ち帰り残業」というものがいまいちピンとこないのです。

何よりも、「残業代不払い」という法律違反を是正勧告しようとしたら、「残業時間数を特定し、遡及是正」させなければなりません。「遡及是正」に応じなければ、刑事事件で送検しなければなりません。刑事事件の原則は、「疑わしくは処罰せず」です。果たして、「持ち帰り残業」について、「刑事事件で有罪判決を得る」ところまで「労働時間」を特定できるのでしょうか?

少し話がずれますが、労働基準監督署内部についても、労災調査部署と監督部署では「労働時間」の取扱いが違います。例えば、過労死の労災認定について、被災者の労働時間について、労災調査部署は「パソコンのオープン時間」を労働時間として労災認定できますが、監督部署は「疑わしきは処罰せず」の原則によってそれができません。被災者が、パソコンをオープンにしたまま離席していた可能性があるからです。本省は、この労働基準監督署内部の、労災調査部署と監督部署の「労働時間についての取扱いの違い」を問題としているようですが、私に言わせれば、それを問題とする本省の方が「現場」を知らないのであって、「刑事事件」と「労災補償」の違いをもっと勉強して欲しいと思います。

さて、前述の記事に戻りますが、パナソニックは遺族の方と和解したそうですが、これは第三者として客観的に考えると、遺族側担当弁護士さんの、「会社側が持ち帰り残業の責任を認めたことについては評価した」という意見に賛成します。

被災者の妻の方の「主人は会社を恨みながら亡くなった」という言葉は大変重いものであり、被災者の勤務していた工場の方々には、この言葉を受け止めてもらいたいと思いますが、「自分たちの過失を認めた」ことは、さすがに一流の企業です。遺族の方の「同じような人が出ないでほしい」という願いを実現して欲しいと思います。

「在宅ワーク」等の労働形態が一般化してきている現在において、「在宅での労働時間の評価」というものは、今後も課題として残るでしょう。ぜひ、行政機関がそのガイドラインを示して欲しいものです。もっとも、どこかの裁判で最高裁判決がでる方が先になるかもしれませんが、その時はやはり行政の対応が遅いとの結論になると思います。

昔の監督官

(再び山梨の林道、by T.M)

東海テレビ・12月2日

三重大学が付属の小中学校などの教員らに残業代を十分に支払っていなかったとして、労働基準監督署から是正勧告を受けていたことがわかりました。

 三重大学によりますと、残業代の未払いの対象は、付属の小中学校や特別支援学校、幼稚園の教員ら90人ほどで、未払いは2004年から続いていたということです。

 三重大学は2004年に国立大学法人となりましたが、労働基準法による割り増し賃金ではなく、公立学校の教員に適用される「教職員給与特別措置法」に基づいて月給の4%までしか残業代を支払っておらず、労基署が今年10月から4度にわたって立ち入り調査をしていました。

 津労働基準監督署は11月30日に三重大学に是正勧告をしていて、過去2年間分の勤務実態を確認して改善するよう求めたということです。

 三重大学は直近2年分を支給するとしていて、支給総額は数億円に上るとみられています。 三重大学は「必要に応じて未払いの給与を支払うなど適切に対応していく」とコメントしています。

素晴らしい!津労働基準監督署の方々、お疲れさまです。若い監督官が本当に良くやってくれました。先週は若い監督官の悪口を書いたけど、今週は目いっぱい称賛したいと思います。

私のような古い監督官には手が出せない「制度」というものがあります。それを、若い人たちが、一つずつ壊していくのを見るのはとても気持ちのいいものです。(少しの嫉妬はあります)

実は、「学校法人」において、「私立高校」が「公立高校」と同じ労働条件で業務を行っていて、労働基準法違反が常態化しているということは、昔の労働基準監督官でも、何となく気付いていました。「公立高校で堂々とやっていることが、なぜ私立高校ではダメなのだ」という理屈は、「お役所がやっていることが、なぜ民間企業はダメなのだ」という理屈に通じるので、何となく手を出しにくかったのです。

労働者から申告でもあれば動いたとも思いますが、当時決して弱くはなかった、「私立学校の労働組合」でもそれを申告する動きはありませんでした。それは多分、次のような理由によります。

「昔の教師は、過重労働だが、“夏休み”、という恩恵もあった」

「部活等を生きがいと感じている人もいた」

「あまりに当たり前のことで、問題とする者もいなかった」

また、行政サイドでも、この問題を積極的に取り上げる動きはありませんでした。それを問題としても、誰も評価してくれず、面倒なことをするなという雰囲気だったためです。

もちろん、今述べたことは、元労働基準監督官として悔悟の気持ちをこめた言い訳です。この「昭和の常識」(あるいは「昭和の監督官の怠慢」)を、ぶち破ってくれた「令和の監督官」に拍手したいと思います。

しかし、今の教師って大変ですよね。昔は「夏休み」という救いがあったのに、今では「研修」等でそれもほとんどないと聞きます。「部活の顧問」にしても「やりがい搾取」の状況であるとか。教師の最大の魅力は「安定」かもしれませんが、それと引き換えに「メンタル」を壊す方が増えているのは事実なようです。(安定?「非常勤教師」は違うでしょうけど・・・)

この、津労働基準監督署の是正勧告書の破壊力は、相当なものだと思います。今後もこのような事案は増えていくことでしょう。教育の現場に携わる方の労働条件の改善に繋がる仕事ができるなら、それこそ「監督官のやりがい」ということになると思います。

次は、ぜひ「修学旅行引率の教師の労働時間」や、「甲子園大会に出場する引率教師の労働時間」を問題にして下さい。

私は別に、「修学旅行」や「甲子園大会」を目の敵にしている訳ではありません。「昭和の時代から続く労働態様」を打破して、「新しい時代の修学旅行引率教師の労働条件」を確立して欲しいと思うのです。