鉄骨組立中の事故

(中央本線の旧立場川橋梁、by T.M)

9/22 FNNプライムオンライン

JR東京駅近くの建設現場で5人が死傷した鉄骨落下事故で、警視庁は、22日朝から現場検証を開始した。

9月19日、東京・中央区八重洲のビルの建設現場で、作業員5人が鉄骨ごと落下し、2人が死亡した。

警視庁は22日、現場に立ち入る安全が確保できたとして、業務上過失致死の疑いで現場検証を開始した。

これまでの調べで、鉄骨は柱に「仮止め」をしたあと、クレーンのワイヤーから外す際に落下したとみられるということだが、警視庁は、仮止めの状況などをくわしく調べる方針。

この事故により亡くなられた方々のご冥福と、ケガをされた方の早期回復を祈ります。

この記事によると、警察が現場検証をしているということですが、多分労働基準監督署との合同捜査となっていると思います。とは言っても、組織の大きさは象とアリさんくらいの違いがありますから、現場検証の警察が20人来たとしても、監督署はせいぜい2人です。私も何回か警察と一緒に実況見分をさせてもらいましたが、警察の現場リーダーの後ろについて、警察の現場把握の状況に、なんとか付いていこうと頑張っていた覚えがあります。

警察は業務上過失致死を捜査します。そして労働基準監督署は労働安全衛生法違反について捜査します。労働基準監督署は「特別司法警察」であり、警察署は「一般司法警察」です。ですから、労働基準監督署は「労働安全衛生法と労働基準法」しか捜査できないのに対し、警察はすべての法律について捜査できます。でも、警察は専門性の高い労働安全衛生法についてはスルーして、監督署にまかせてくれます。

今回の鉄骨の落下事件についても、監督署の方が専門性の高い捜査をします。例えば、

  1 作業指揮を行う鉄骨組立作業主任者(国家資格)は誰で、何をしていたのか? 

  2 クレーンのワイヤーを外す玉掛作業主任者(国家資格)は、どのような仕事をしたのか等(もしかしたら、この両名とも被災者の中にいたのかもしれません)

 鉄骨に安全帯(要求性墜落制止用器具)を取付けていたことを問題としている新聞記事もありますが、それは多分問題ありません。鉄骨を組立てる前に、鉄骨自体に安全帯の取付け設備を設置しておくことは常識であり、被災者たちはその用意された安全帯取付け設備を使用していたと思われるからです。

 多分、今後の捜査で大きな問題となるのは、「合番(相番)」との連携がどうなっていたかでしょう。合番というのは、建設業界特有の言葉で間接的に関係のある職種の人間が施工時に立ち会うことです。

 私も、過去に鉄骨組立中の死亡労働災害を3件ほど捜査したことがあります。その時の「合番」は鉄骨メーカーの人でした。鉄骨メーカーでは、自分のところで製造した鉄骨を出荷前に自社の工場で組み立ててみます。そして、どういう組立方が一番合理的で安全であるかを確認した上で、現場でそれを組立てる建設会社の鳶さん等に技術指導をしていました。

 このような立場の「合番」が、今回の災害現場にいたはずです。鉄骨が一本だけでなく複数落下したということは、この合番と現場の施工者の間でなんらかの食い違いがおきていた可能性が高いと思われます。

早期に災害の原因が特定され、再発防止対策が徹底されることを祈ります。

引越しのサカイ

(Nice landing!・羽田空港、by T.M)

労働時間と賃金の問題について、非常に興味深い裁判がありましたので、ご紹介します。

時事通信社 9/11

作業量などに応じた「出来高払い制」を中心としたサカイ引越センター(堺市)の賃金制度の妥当性が争われた訴訟で、東京地裁立川支部が8月、「同社の制度は出来高払いに該当しない」として未払い残業代などの支払いを同社に命じた判決が波紋を広げている。

 運輸業界で出来高払い制は広く取り入れられており、サカイは即刻控訴。業界各社は高裁での審理に注目している。

 労働基準法などの規定では、出来高払い制賃金は残業代を計算する際の割増率が低く、月給制と比べて残業代は少なくなる。サカイの賃金体系は基本給が月6万~7万円程度と低く、大部分は「業績給」などと呼ばれる同制度扱いの手当となっていた。

 訴えを起こしたのは引っ越し作業員兼ドライバーだった元同社社員の男性3人。業績給を出来高払い制賃金とするのは違法で、本来未払いの残業代があるとして計約1200万円の支払いを求めていた。

 前田英子裁判長は8月9日の判決で、出来高払い制賃金について、「作業量などの成果に応じて一定比率で定められるもの」と定義。同社の業績給の一部は、売り上げが営業担当者と顧客の交渉で既に決まっており、作業員は会社から指示された作業をしているだけだと指摘し、「(作業員の)自助努力が反映される賃金とは言い難い」として当てはまらないと判断した。

(略)

 サカイ引越センターは取材に、判決翌日に控訴したことを明らかにした上で「詳細な回答は差し控えたい」とコメントした。 

まず、「通常の残業代の計算方法」と「歩合給の残業代の計算方法」について説明します。

第一 通常の残業代の計算方法

イ 所定内賃金を「所定内労働時間」で割り、「1時間当たりの基本賃金」(A

)を算定する。

ロ Aに残業時間をかけて、それを1.25倍したものが残業代である。

第二 歩合給の残業代の計算方法

イ 歩合手当を「総労働時間」で割り、「1時間当たりの歩合賃金」(B

)を算定する。

ロ Bに残業時間をかけて、それを0.25倍したものが残業代である。

「通常の残業代の計算方法」と「歩合給の残業代の計算方法」の大きな違いは、「1時間当たり」の賃金を算定する時に、

「所定内労働時間」で割るのか「総労働時間」で割るのか

割増率が「1.25倍」なのか「0.25倍」なのか

で大きく違いがでます。具体例で考えてみます。

(具体例)

1日8時間労働、月20日稼働の宅配の事業場を想定します。所定労働時間はひと月160時間となります。そして、作業員は1時間に1個の荷物を運ぶことができるとします。

この時に

  (事例1) 時間給 1000円

  (事例2) 1個の荷物を運ぶごとに1000円支払われるオール歩合給

の2つのケースを考えます。

この事例1と事例2では、残業をしなければ支払われる賃金は一緒です。

  (事例1) 時間給1000円なので、160時間稼働。給与16万円。

  (事例2) 1時間1個運べて、1個当たり1000円。給与16万円。

では、毎日1個余分に運搬するとします。そうすると残業代に大きな違いがでます。

(事例1の場合の残業代)

毎日1個余計に運搬。ひと月残業時間は20時間。時間給1000円の1.25倍は1250円なので、残業代は 1250円×20時間で25000円

総賃金は残業代と本給を併せ185000円

(事例2の場合の残業代)

毎日1個余計に運ぶので、ひと月180個運搬。従って歩合給は18万円。総労働時間(所定内労働時間と残業代の合計)は180時間。歩合給を総労働時間で割ると、1時間当たりの賃金は1000円。その0.25倍は250円なので、20時間残業なので歩合残業は5000円。

総賃金は残業代と本給を併せ165000円。

このように「通常の残業代の計算方法」と「歩合給の残業代の計算方法」では、残業手当に大きな差がでてしまいます。

今回の裁判ではサカイ引越センターの賃金は「歩合給でないから、通常の残業代の計算方法に直しなさい」ということでした。今後の進展が注目されます。

教師は聖職

(芦ノ湖と箱根観光船、by T.M)

前回教師のことを書いたんだけど、もう一回書こうと思う。私はつくづく教師の仕事って、「聖職」だと思います。なぜなら、生徒の安全のためには命をかけなければならないからです。

私のカミさんは、宮城県石巻市の出身ですが、育った地域は石巻市内からクルマで2時間くらいかかる雄勝地区という所です。石巻市内からは、クルマで北上川沿いを走っていくのですが、途中に新北上川大橋があります。そこは、東日本大震災の時に、あの大川小学校の事件が起きた場所です。事件のことをWikipediaから引用します。

石巻市立大川小学校は、宮城県石巻市釜谷山根(旧桃生郡河北町)にかつて存在した公立小学校である。(東日本大震災)では、近くを流れる北上川を遡上してきた津波に巻き込まれて、校庭にいた児童78名中74名と、校内にいた教職員11名のうち10名が死亡した。その他、学校に避難してきた地域住民や保護者のほか、スクールバスの運転手も死亡した。この際の学校の対応に過失があったとして、児童遺族による裁判となった。津波によって破壊された校舎の一部は、石巻市によって震災遺構として整備され、一般公開されている。

(略)

地震発生から津波到達まで50分間の時間があったにもかかわらず、最高責任者の校長が不在であったため判断指揮系統が不明確なまま、すぐに避難行動をせず校庭に児童を座らせて点呼を取ったり、避難先についてその場で議論を始めたりするなど、学校側の対応を疑問視する声が相次いだ。

(略)

仙台高等裁判所は2018年4月26日、双方が控訴した控訴審でも、学校側が地震発生前の対策を怠ったのが惨事につながったと指摘し、仙台地裁では認めなかった学校側の防災体制の不備を認定した。市と県に対して、一審判決よりも約1000万円多い総額14億3617万円の支払いを命じた。

一審判決は、

地震発生後の教員らの対応に過失があったとしたが、

県の責任に加えて、控訴審では、市教委まで含めた「組織的過失」を認定した。また、大川小は津波の予想浸水域外に立地していたが、

教師らは独自にハザードマップの信頼性を検討するべきだった

とも指摘した。

(略)

宮城県知事村井嘉浩は、控訴審で認められた「校長らの高度な安全確保義務」などが法解釈として妥当かどうかを争うと述べたが、2019年10月10日付で上告が退けられ、二審判決が確定した。

私は「責任がある」と言われた亡くなった教師たちのために申し上げたいことがあります。彼らには過失があったかもしれないけど、誰一人逃げませんでした。そして多くの教師が生徒ともに亡くなりました。

教師が逃げなかったことについて、「それは当たり前のことだ」と思う方が100%でしょう。でも、そう思う方は「教師は生徒のために犠牲になるのが当然だ」と思っているので、「教師が聖職」であることを認めているのだと思います。

この「教師が聖職であること」の社会的な合意を考慮にいれなければ、昨今の「教師の労働時間」の問題は語れないような気がします。

修学旅行を引率する教師が夜に飲酒し、その時に生徒に事故が発生したとして、飲酒をしていた教師が、「休息時間中に飲酒して何が悪い」と述べたなら、社会はどれだけその教師のことを糾弾するでしょうか。「修学旅行中は、教師は生徒の安全に対し24時間気を配らなければならない」ことが、社会的な合意です。

ならば、「教師の長時間労働」対策とともに、この「見えない労働」についても対策が必要と思えます。結論としては「大幅な賃金アップ」「業務内容の見直し」ということになるのかもしれませんが、その結論への過程の議論もして欲しいものです。

年末までには、カミさんの墓参りに付き合い、石巻市へ行く予定です。新北上川大橋の近くを通りかかったら、亡くなられた生徒の方と殉職された教師の方とスクールバスの運転手の方のために手を合わせようと思います。

ご冥福を祈ります。

損害賠償?

(十国峠からの富士山、by T.M)

神奈川新聞 8/28

川崎市立稲田小(同市多摩区)のプールの水を張る作業の不手際で大量の水が無駄になった事案で、市が男性教諭に賠償請求したことを巡り、市に対応を疑問視する問い合わせが28日までに、100件以上寄せられていることが分かった。賠償請求に対する同情的な意見も多いというが、市は処分を変更せず、賠償手続きを進めているという。

男性教諭の不手際で5日間にわたり水を出し続けて約220万リットル(25メートルプール約6杯分)を流出したことで、損害となる上下水道料金は約190万円に上った。市は、同校の校長と男性教諭に過失があったと判断し、8日付けで2人に損害額の約半分の約95万円を請求した。

この記事を読んだ時に、人から聞いた某県の労働災害の発生状況を思い出しました。その県において、休業4日以上の労働災害を発生させている事業場は、なんと某県教育委員会」でした。それは某県教育委員会が管理する給食センターが原因でした。3年間に休業4日以上の災害を30件以上発生させていました。

因みに、地方公共団体の労働災害は労働基準監督署に通常は報告されませんが、「給食センター」「廃棄物処理場」「公園管理」等の現場業務で発生した労働災害は労働基準監督署に報告する義務があります。また、その某県では、給食設備は各高校に設置されていて、各高校で4~5人の給食担当の現場の人が働いています。その各々の高校の給食設備の現場で働く人の災害が、「某県教育委員会」の災害として労働基準監督署に報告されていました。

某県教育委員会に某労働基準監督官が臨検監督を実施したところ、驚くべき事実が発覚しました。各高校の給食設備の現場では、現場責任者がいなかったのです。4~5人なる現場職員はすべてフラットな関係です。だから、誰かが危険作業をしていても注意する者はいません。そのような現場だから事故は発生していたのです。

でも、誰が出勤管理等をしていたのかと言うと、それはその学校の校長先生です。そして、某県の教育委員会の規定では、給食設備の現場職員の安全管理の責任者は校長先生であり、労災事故の再発防止対策も校長先生が実施することとなっていました。

調査した監督官は何人かの校長先生に合い、質問したところ、給食設備の現場職員の安全指導をしている者はなく、なかには「校長が給食の調理場所に入っていいのでしょうか?」と質問してくる者もいました。

さて、この話は人から聞いた話でもありますし事実かどうか分かりませんが、このような現場において、職員のミスにより多大な損害が発生した時に、その損害賠償は「現場職員」と「校長先生」に行うべきでしょうか?そんなことを考えました。