労働災害が起きました(5)

CA3I1082
CA3I1082

(中山道長久保宿、M氏のポルシェです)

現場には真っ二つに割れたドラム缶や溶断に使用していたアセチレンと酸素のボンベ等が焼き焦げた跡に散乱していた。立会人は事故の数分前に現場に居て、溶断作業を見ていたが、現場を離れたところ、爆発音がしたので、建屋に戻ってみると、作業をしていた者と、近くに居た者が倒れていたということであった。
立会人は、災害前の作業場所、災害後の2人のそれぞれの倒れていた場所、2つに割れたドラム缶の場所等を指さした。

写真撮影の手順としては、例えば割れたドラム缶を撮影する時には、まず最初に
「ドラム缶(証拠物)とそれを指さす立会人(証人)」
の1枚を撮影した後で、そのドラム缶の『全体像』と接写した写真を撮影し、破断面等を明らかにしなければならない。もっとも、決して写真のプロといえない監督署の職員は、腕のなさを量で補う。つまり、行き当たりばったりに、片っ端から撮影するのである。
新監は、枚数少なく、ポイントを絞って撮影していく。とても、素人に思えない。
私は尋ねた。
私 :「カメラ、慣れているんだな。」
新監:「学生時代、撮影スタジオでバイトしてましたから。」

新監の言葉に少し嫌な気がしたが、そんなことはかまっていられないので、現場状況の把握に集中した。すると、思っていたよりも、被災者どおしの位置が離れていたことに気付いた。つまり予想より、爆発規模が大きかったということだ。私は同種の災害調査を実施したことがあるが、その事故はドラム缶の蓋になる部分が撥ねとんだだけだったのだが、今回の事故も同じようなものと考えてしまったのだ。だが、目の前のドラム缶は真ん中から割れている。私は、ドラム缶を溶断する場所によって、爆発の危険性が大きく変わることに気付いた。悪い予感がした。
私は立会人に尋ねた。
「ケガは軽かったということですよね。」
立会人は答えた。
「ええ、2人とも意識があり、頭や胴体から血も出ていませんでしたから。ただ、ガスを扱い溶断していた若い者は、足を打ったらしく、救急車が来るまで動けませんでした。」
私は、先入観で物損だけだと決めつけていた、自分の甘さを後悔した。

労働災害が起きました(4)

CA3I1089
CA3I1089

(M氏寄贈 北國街道・海野宿)

災害は建設会社の倉庫の中で起きた。
海中工事を得意としている会社で、工事の合間に倉庫の中で備品等を整理している時の事故だが、被災者は2人。そのうちの1人が、ガス溶断器でドラム缶を輪切りにしてしている最中に、その缶が爆発したのである。

ドラム缶を半分に輪切りにして、部品入れ等にすることは、建設会社の資材置き場でよく見かける光景である。ただ、ドラム缶をガス溶断する時には、そのドラム缶に、かつてガソリンが入っていたものであるかどうかを確認しなければならない。2,3年前にガソリンを入れていたドラム缶で、その後ずっとからっぽだったというものでさえ、溶断している最中に爆発した事例は数多い。そのようなドラム缶は、最初から溶断しないか、窒素置換をしたものではないと溶断してはならないのだ。

(参考) 労働安全衛生規則第285条
事業者は、危険物が存在するおそれのある、ドラムかん等の容器については、あらかじめ、これらの危険物を除去する等爆発又は火災の防止のための措置を講じた後 でなければ、溶接、溶断その他火気を使用する作業又は火花を発するおそれのある作業をさせてはならない。

会社の事務所を訪ねると、工場長さんが出迎えてくれた。私はその工場長を立会人に指名した。
(注) 立会人がいることで実況見分調書は後日、刑事事件の証拠能力を有することとなる。1回の実況見分で複数の立会人は可能である。もし、刑事事件になった場合は立会人が証人に立つこともある。

私と新監は、まずカメラで現場を撮影した。
写真は、資材置き場の外形から初め、次に入口から建屋の中を撮影し、現場にせまって行く。それが基本である。後の書類に写真を添付する時に、その順序であると、現場を把握しやすいのである。実況見分の目的は記録と再現性であり、事故の5W1Hが特定できるものでなくてはならない。
新監は、言うだけあって、カメラの使い方には慣れているようだった。
これなら、撮影はまかせて大丈夫だなと私は思った。

労働災害が起きました(3)

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(K氏からの頂き物です)

私は続けて尋ねた。
「いいかい。カメラは使えるか」
「大丈夫です。」
「言っとくけど、デジカメじゃないよ。フィルムだよ。使い方分かる?」

(注1) 災害調査の時に、長くデジカメは使用されなかった。もしくは,補助的な撮影器具ということで、あくまでフィルムカメラが主であった。これは、私が退職する寸前まで、裁判所がデジカメの撮影記録の刑事事件での証拠能力を認めなかったことによる。つまり、デジカメによる記録は、パソコンにより改ざんが容易なため、司法警察員が実施する実況見分にはフィルムカメラしか認められなかったものである。私の退職数年前になって、ようやくデジカメはその利便性により、災害調査に用いられるようになったものである。そのため、フィルカメラなんぞ見たことがないという世代は、その操作を苦労したものである。

その女性監督官が私に尋ねた。
「現場までどう行くんですか。」
「自転車だよ。私は最近クルマの運転はしていないんで、自信がないんだ。」
「あのー、良ければ私が運転しますけど。」
私は彼女の掃いている安全靴を見た。
「安全靴の運転大丈夫か。」
「大丈夫です。私は自分のクルマ持っていますし、宿舎までの引っ越しも自分のクルマでしました。」
「では、頼む」
そんな訳で現場まで、彼女の運転で行ったが、とても安全運転で、その技量は私をはるかに超えるものだった。
クルマの中で、私は彼女に尋ねた。
「カメラにフィルムを入れたか。」
「ハイ、大丈夫です。私、カメラは少し自信があります。それからデジカメも持参しました。署の検討会の時と局への報告にはそれの方が早いと思って。」
「デジカメも使ってくれるのはありがたい。後で加工もお願いする。」
「ハイ、私、webの開発をしてましたから、そういうの得意です。」
私はクルマの助手席に座りながら、この可愛くない新人を、今後どうやって教育していくのか、少し頭が痛くなりかけていた。

労働災害が起きました(2)

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(K氏から頂いたものです)

災害の情報は、消防署からもたらされた。
(注) 災害が発生し、救急車が出動した場合、労働基準監督署と警察署へ連絡がされる社会的システムが確立されている。
災害の内容は爆発事故。
なんでも、建設会社の資材置き場で、ガソリンが入れてあったドラム缶をガス溶断していたところ、爆発が起きたいうことで、被災者は2人だが、命に別状はないとのことだった。

私は、その時に物損だけの災害と判断した。
労働基準監督署では爆発事故は、被災者がいなくても、基本的にはすべて災害調査を実施することになっている。

監督署というのは、小さな組織で、災害に対応できる職員は4~5人程度、そして、災害調査には通常3人はどうしても必要。それは、カメラ1名、測定1名、作業指揮及び立会人からの事情聴取1人の割当てである。
私は、他に誰もいなかったので、その災害調査に4月1日に新監として配属されてきた、女性監督官を連れて行くことにした。彼女は、まだ任官1週間目であった。
私は彼女に、災害調査に行くから用意をするように指示したが、作業服はまだ支給されていなかったので、署に置いてあった中古のもので間に合わせ、作業靴もヘルメットも他人のものを借りた。。
私は、似合わない装備を身に着けた、新人の女性監督官の姿を見て、「ヤッパリ、1人で災害調査に行った方が良いのでないか」と考た。

私は、女性監督官に本日の災害調査の主旨をくどくどと説明した。
「いいか、本当は君をつれていきたくないんだ。会社に現場保存をお願いして、後で行くという方法もあるが、被災者のケガが軽いということなので、あまり仕事をストップさせのも悪いので、仕方なく君と一緒に今日災害調査をやる。足でまといになるなよ。君は、コンベックス(巻尺)の端をもって、私のいうとおりに動けばいいんだ。」
さらに私は続けた。
「監督官にとって、災害調査というのは、主な仕事の一部だ。この経験を必要とする業務に、入省1週間目で、私のような経験豊かな監督官と行くことは、ある意味、君の幸運だと思いたまえ。」
私はこの言葉を、後でとても後悔することとなる。

労働災害が起きました(1)

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(高校生時代からの親友のK氏から頂いたものです)

今回からは、災害調査について書きます。これも書くことはたくさんあります。

災害調査ということについては、血なまぐさい現場を想像して、たいへんな仕事をしていると思われるかもしれません。しかし、誤解される表現かもしれませんが、「死亡災害」及び「後遺症が残る災害」以外は、企業の存続にとって、あまり大きな影響を与えないので、災害調査自体もルーティンワークとなっている現実も監督署の現場では確かにあります。
(逆に言うと、「死亡災害」及び「後遺症が残る災害」が起きてしまうと、企業の致命傷となることが多々あります)。
よく、企業の安全担当者の中には、「昔、こんな事故がありました」と言って、軽い事故は武勇伝のように語る方もいます。もちろん、これは、その「軽い事故」を契機として、企業がより安全確保を求めたという結果について、自信があるための発言だと思います。
まして、物損だけの事故なんて、月に何十枚もの死傷病報告書を受理していたら、そのうち災害とは思えなくなります。
やはり、人間にとって、財産よりも健康が大切だと、つくづく感じるのは災害調査をしている時です。
(注) 労働者死傷病報告書とは、労働安全衛生規則第97条により規定された、企業から所轄労働基準監督署長に提出される災害発生を通知する報告書。労働基準監督署は、この報告書と労災の手続書類のから災害の発生を知る。休業4日以上の災害については、この書類の提出が企業に義務づけられるため、提出がない時は、「労災隠し」として刑事事件となることがある。労災隠しについては、今後書きます。

さて、事故の話です。
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その災害情報の第1報が入ったのは、午前10時頃だった。
4月に入って間もない頃のことで、間が悪いことに監督署には私以外誰もいなかった。