鎌倉八幡宮の大階段

写真は鎌倉八幡宮の大階段です。今から800年前に源実朝が異母兄弟の公暁にここで暗殺されました。昨年の大河「鎌倉殿の十三人」では、その場面が週番に描かれていました。

この階段の脇には樹齢1000年を超える大銀杏があって、その後ろに暗殺者たち隠れていたとされますが、その御神木は2010年に長い命が終えて、倒れてしまいました。今では、大銀杏の苗木から大銀杏を再生するプロジェクトが進められています。ただ、元の大銀杏のような木とするには200~300年かかるとされています。

この大階段は、私の思い出の場所です。10代を横須賀で過ごした私は、高校受験の時、大学受験の時、あるいは仲間たちと、ある時はデートで、その階段を昇り降りして八幡宮に参拝しました。当時はまだ大銀杏は青々としていて、枝の間を帰化動物の台湾リスたちが走り回っていました。

私は、もうその大階段で八幡宮の本殿に行くことはできません。10年前に罹患したギランバレーの影響で、手すりのない階段は利用できないのです。あの高さの大階段ですから、転んでしまうと、死んでしまうかもしれません。

大階段の近くには別ルートがあって、そこには手すりが設置されています。いつもはそこを利用するのですが、本殿から大階段を見下ろして、ため息をつき、またもう一度ここを、自分の力で降りてみたいと思っています。

そんな私ですが、もし大階段に私のような体の不自由な者や高齢者のために手すりを設置する計画が持ち上がったら、絶対に反対します。鎌倉武士たちが往来した大階段は昔のままにしておくことが、現代に生きる者の使命でます。

最近、バリアフリーの議論が活発です。ただ、歴史建造物に手を加えることは慎重になって欲しいと思います。

今日から旅行に行きます。次回ブログは休みます。では25日にお目にかかりましょう。

熱中症と公務員

(川崎マリエンのイルミネーション、by T.M)

日テレニュース 5/30

政府は、2030年を目標に、熱中症による死亡者数を半減することを目指す計画を閣議決定しました。

熱中症への警戒を呼び掛ける「熱中症警戒アラート」は、令和2年(2020年)からは関東甲信地方で、2021年からは全国で運用されています。しかし、これまでのところその効果は見えていません。

熱中症による死者数の直近5年間の平均は1295人。これは、その前の5年間の平均766人と比べおよそ1.7倍。熱中症警戒アラート導入後も、熱中症による死者数は増え続けているのです。

コロナ前のことなんですが、某地方労働局で「熱中症フォーラム」というイベントがありまして、そこにパネラーとして参加しました。とは言っても、私は単に元労働基準監督官で労働安全衛生コンサルタントなだけですから、熱中症の労働災害の説明だけをして、後は他のパネラーの話を聞いていました。他のパネラーは、某労働局管内で熱中症対策に熱心に取組む事業場、産業医の先生、そして大塚製薬の方(ここだけ実名を出します)でした。たくさんのミニ知識を仕入れてきました。

「大塚製薬では熱中症対策に2種類のドリンクを出している(当時の話です)。オーエスワンとポカリスエットである。飲み方を間違えないで欲しい。熱中予防のために、休憩時間に飲むのはポカリスエット。熱中症の症状が出た時に飲むのはオーエスワン」

「熱中症の症状が出た人には、封を切らないペットボトルを与えて欲しい。自力でキャップを開けて中の飲料を飲めればそのままにしておいて良い。キャップが開けられなければ、意識が朦朧としていることだから、すぐに救急車を呼んで欲しい」

「熱中症予防には『アネゴ』が肝心である。つまり『アルコール、寝不足、ごはんをきちんと食べたか』である」

さて、熱中症対策には各企業様々な対策をしていますが、その主なものは「休憩」と「給水」でしょう。「給水」については、建設現場や工場を中心にスポーツドリンクを作業員に提供するところが増えています。もちろん無料です。ところが、絶対に職員に「スポーツドリンクを無料に提供しない」職場があります。それは公務員の職場です。

公務員といっても、皆が机の前で働いている訳ではありません。公園で草刈りをしている方もいれば、ゴミ処理場の現場で働いている人もいます。60歳を過ぎてから非常勤の公務員となった高齢者の方も多くいます。

確かに、公務員の方が税金で無料にスポーツドリンクを飲んでいるとなると非難される方もいると思います。しかし、熱中症は滅多に発生しませんが、一度発生すると、他の労災の6倍の割合で死亡災害に至ります。ここは、「民間準拠」として、現場で働く公務員の方に無料でスポーツドリンクを配布して欲しいと思います。

教師と残業

(身延山久遠寺山門、by T.M)

5/14 西日本新聞

自民党は教員の処遇改善に向け、公立学校の教員の給与に残業代の代わりに上乗せする「教職調整額」を給与月額の現行4%から10%以上に増額することを柱とした提言をまとめた。残業時間は、将来的に上限の半分以下の20時間程度に減らすことを目指す。ただ、学校現場では上限を上回る残業をする教員が多数を占める現状もあり、関係者からは「労働時間に対価が生じる仕組みをつくらなければ、『定額働かせ放題』の状態は続く」と懸念の声が上がる。 

ようやくここまで来たかという感じです。この改革案については、yahooニュースでは、滅茶苦茶にけなしている方もいます。曰く

  「教師は20時間以上残業をしている」

  「こんなお金を払うより、労働時間管理を徹底して残業代を適正に払え」

  「まず着手すべきは、教師の労働時間削減の構造改革だろ。こんなのはごまかしだ」

これら批判はすべて正論だと思います。でも正論が通らないのは為政者のせいなのでしょうか?私は国民の「教師」に対する概念を変えていかなければならないと思います。為政者の仕事は、国民の意識を変えるための不断の努力ではないでしょうか。

 「夜回り先生」という方がいます。長年にわたり深夜に街で若い方を指導している立派なかただと伺っています。でも、「夜回り先生」のような方を教師の理想とするなら、教師の長時間労働はなくならないと思います。

 もちろん、「それは話が違う。教師は雑務が多すぎる。夜回り先生のような方が子供の教育に専念できるようにすることが必要だ。それが労働時間短縮となる」という意見もあると思います。教師の「不必要な業務」を減らすことは第一です(もっとも、何の業務が「必要」かについては議論があるでしょう)。でも、すべての不必要な業務がなくなっても、夜回り先生は深夜労働を続けるでしょう(それが「勤務」といえるかどうかは置いておいて・・・)。そして世間はそれを賞賛するでしょう。

何度も書きますが、なぜ教師は修学旅行中の「休憩時間」に飲酒してはいけないのでしょうか?旭川イジメ自殺事件の担任教師は「デートだからといって、被害労働者の相談を拒んだ」と噂され非難されていますが、なぜでしょうか?それは、世間が「教師は24時間生徒の安全に気を配らなければならない」と期待しているからではないでしょうか。

そんな期待が日本の国民にある以上、そんな文化がある以上、教師の労働環境を変えることは難しいと思いますので、冒頭の新聞記事のように、「教育調整額」の上乗せで取り敢えず様子を見るというのが現実的なような気がします。(「上乗せ額」が十分であるかは、別問題です。また、長時間労働の代わりとして、昔は付与されていた「長期夏季休暇」等を復活するべきでしょう)。

サンクチュアリと労災

(野毛山貯水池からの眺め、by T.M)

ットフリックスの「サンクチュアリ」を2日で一気見しました。相撲界を描いた作品ですが、ネットフリックスの日本ドラマの中では最高傑作だと思います。ただ、この作品については、本物の相撲協会は一切協力していないという話です。まあ、八百長とか暴力行為とかが描かれているから当然と言えるのでしょうが、それにも勝る「相撲文化へのリスペクト」がこの作品にはあるので、表立った賞賛はできないまでも、陰ながら応援してもいいような気がします。

さて、「労働災害の撲滅」を生業としている私としても、この作品には言いたいことがあります。主人公の父親は九州でお店を経営していた腕の良い寿司職人でしたが、騙されて店を手放してしまい、一家崩壊となり、母親は男遊びに狂い、父親は建設現場で交通誘導の警備員をしていました。そんな家族崩壊の中で主人公は相撲部屋に身を投じるのですが、ある日、東京の相撲部屋に母親から連絡があります。

 「父親が建設現場の警備の仕事をしている時にクルマにはねられた。ひき逃げだ。父親はまだ意識が戻らずに入院している。もう意識が戻らないかもしれない。私はお金が払えないので、オマエが相撲で稼いで、私に入院代を送金してくれ。」

このストーリー展開には無理があるなと思いました。だって、労災事故ですから入院費は無料だし、その間の休業補償もあるはずです。案の定、後日ネタが割れます。主人公が取組最中に、相手の張り手が強烈で耳をそがれるといった事故が発生するのですが、主人公の所属する相撲部屋の親方からその事故のことを聞いた母親は、「労災保険はないのか」と尋ねているのです。つまり、父親の入院費用は労災保険からきちんと支払われているのに、そんな制度のことを知らない主人公から、母親はお金を巻き上げようとしたということです。

しかし未成年といえども、主人公がまったく労災保険制度を知らなかったという設定はどうなんでしょうか?もっとも、ユーチューブ検索しても、「親が労災事故で死んでしまったから、母親と一緒に極貧の中で育った」というようなことを言っている動画もあります。労災事故で伴侶をなくしたシングルマザーには、子供が18歳以上になるまでは、だいたい月に10万以上の労災支給金が支払われますので、決して十分とはいえませんが、他の理由でシングルマザーとなった方よりも、経済的な面については恵まれているといえます。だから、「極貧」をイメージさせるに、「親が労災事故でなくなった」というシチュエーションを設ける動画には違和感を覚えます。

何か義務教育で、しっかりと労災保険のことを教えた方がいいのではないでしょうか?若い人が世の中にでた時に悪徳事業主に騙されないように、そうした方が良いと思います。

飛来・落下事故

(新橋〜横浜間鉄道開業時の中等客車、by T.M)

5/8 ABCニュース

2019年11月、和歌山市で工事中のビルから鉄パイプが落下し、通行人の男性が死亡した事故で、業務上過失致死の罪に問われた建設会社の社長に対し、和歌山地裁は禁錮2年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

 判決によりますと、和歌山市の建設会社「ヒロケン」の社長・本田博則被告(40)は2019年11月、和歌山市の12階建てビルの屋上で足場を解体中、業務上の注意義務を怠って、長さ約1.5メートル、重さ約5.35キロの鉄パイプを落とし、ビルの下を歩いていた男性(当時26)の頭に直撃させて死亡させました。

 本田被告はこれまでの裁判で、「落下させたことは間違いありません」と起訴内容を認める一方、「すべての鉄パイプに(落下防止用の)介錯ロープを付ける約束はしていない」と述べていました。

 検察は、「4日前にも鉄パイプを落下させる事故を起こしていて、基本的な安全確認を怠った過失がある事は明らか」として、禁錮2年を求刑しました。

 一方弁護側は、「落下防止ネットを適切に設置していた」などとして、執行猶予付きの判決を求めていました。

 和歌山地裁は8日、「パイプの落下事故防止のための基本的な安全対策をいずれも怠った。4日前の落下事故とも原因が重なっていて、不注意の程度が大きい」と指摘する一方、「前科前歴のない被告をただちに実刑に処すべきではない」として禁錮2年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

被害者の方のご冥福を祈ります。

この事故について、下請け会社の社長が書類送検されましたけど、元請けの責任ってどうなっているんでしょうか。

今回災害の発生した足場の解体作業というのは、労働安全衛生法において建築工事の施工中の「危険な作業」に該当するものです。そもそも「足場」というものは、建築現場で働く人たちが安全に働くための設備です。「足場の組立・解体」とは、その安全設備を作ったり、壊したりする作業なので、他の作業のような安全装置がなく、危険な作業なのです。

ですから労働安全衛生法では「足場の組立解体作業主任者」という資格を定め、高さ5m以上の足場の組立解体には、その作業主任者が現場で作業指揮をとらなければならないとされています。

その足場の組立解体作業についてですが、材料の飛来落下については、次のように規定されています。

第五百六十四条

  五  材料、器具、工具等を上げ、又は下ろすときは、つり綱、つり袋等を労働者に使用させること。ただし、これらの物の落下により労働者に危険を及ぼすおそれがないときは、この限りでない。

ようするに、材料の落下防止措置は、「材料の上げ、下ろし時」につり綱等を使用しなさいという限定的な措置しか定めていません。

 また、一般的な建設現場の飛来落下災害防止については、次のような規定があります。

第五百三十七条  事業者は、作業のため物体が落下することにより、労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、防網の設備を設け、立入区域を設定する等当該危険を防止するための措置を講じなければならない。

第五百三十九条  事業者は、船台の附近、高層建築場等の場所で、その上方において他の労働者が作業を行なつているところにおいて作業を行なうときは、物体の飛来又は落下による労働者の危険を防止するため、当該作業に従事する労働者に保護帽を着用させなければならない。

飛来落下災害については、「防網」等を張ることも必要であるけど、下を通る者はヘルメットを着用しなければなりません。

工事現場で「足場を解体中にネットを取り外して」しまった後では、100%飛来落下災害を押さえることはできないということです。そのためには、「立入禁止区域」の設定しかこのような災害をなくす方法はないと思います。

市街地等では、人通りを工事のために止めるということは困難なことだと思います。しかし、それをしなければ同種災害はなくなりません。それを実施することが元請けの義務だと思うのですが、それが裁判で明確になっていないことは残念です。