無給医・監督署何してんの?

(乙女高原のクリンソウ・山梨県山梨市、by T.M)

7月29日のNHKオンラインに、次のような記事が掲載されていました。

大学病院などで診療しても給与が支払われない無給医と呼ばれる若手医師の存在を、国が初めて認めてから1か月がたちます。当時の国の調査に回答を保留した大学病院のうち6つは、今も「調査中」だとしていますが、院内で働く若手医師からは適切な調査が行われているのか、不安を訴える声も出ています。

「無給医」は、大学病院で診療しても自己研さんなどを理由に給与が支払われない、若手医師や歯科医師のことです。

国は長年、こうした無給医の存在を認めてきませんでしたが、先月末に、全国50の大学病院に2191人の無給医が確認できたと初めて公表しました。

この調査では慶應義塾大学や東京大学など5つの大学にある7つの病院が、所属する1304人について回答を保留しました。

(略)

大学は取材に対し、「200人は、他の大学や病院などに本務を有する非常勤の医師で、大学としては、本人が診療技術や手技、知識の研さんを希望しているので無給で任用しているが、弁護士などと相談して適切な対応を検討している。大学院生の多くは、調査の対象としていないが、診療した場合は、給与を支払っている」としています。

この問題って、その地域の大学病院の所轄労働基準監督署が、臨検監督して、「賃金未払」の法違反があったら是正勧告書を交付すれば、問題解決なのではないでしょうか。そして、期日までに是正されなければ、検察庁に書類送検すればいいだけだし、捜査の過程で必要なら病院にガサ入れ(強制捜査)をすりゃいいんだし、場合によっては病院長の逮捕もありだろ・・・と労働基準監督官OBの私はそう思います。

とは言っても、「一人前でない奴をどうやって鍛える」ということについては、確かに考えなければならない問題だと思います。医師資格を持っていても、キャリアがゼロという者は、いざという時に役にたちません。

いっそのこと、無給を認めてしまえばどうでしょうか?そのかわり、患者からは診察代を取らなければ良いのです。医師は、腕はあやふやで無給のボランティア、患者はそれを承知で診てもらうが、お金は払わない。これなら、なんとなく筋がとおるような気がします。

組織として責任のある仕事をしてもらいたいのなら、「報酬」を支払わなければ、責任を取らせられないでしょう(「責任」を取らせられない腕だからから「無給」なんだという反論には、先に述べた、「じゃ、金を取るな」ということになります)。

しかし、医師が「無給」というのは、元監督官の私も初めて聞きました。「見習い」の者が「サービス残業」をするというのは、「職人さん」が多い業界では当たり前のところがあります。私も、何度も「労働者からの申告」で、そういう事業場を取締りました。「料理人」の世界で見習いが修行のために、朝早くから夜遅くまで働くのが通常ですし、「美容師」さんの世界では、店の修了後に「研修」と称して、新人さんが強制的に実習をやらされます。(もっとも、「美容士」さんの場合は「客」がからまないで、実習の試験台が当事者の新人の知合いのケースが多いので、「強制性」を排除すればギリギリ逃げれます)。

お医者様の世界が、他の業種と比較し、「サービス残業」の世界でなく、「完全な無給」である理由は、「早く一人前になって患者を治したい」という医師の責任感と使命感、そして「将来は高給なんだから」エリート意識があるからかも知れません。でも、そんなこと令和の時代には通用しないでしょう。

マスコミあたりだと、この医師の無給問題は、医師の長時間労働の問題と同列に扱われることが多いようですが、問題の質が違います。「医師の長時間労働」の問題は、改善されなければならないものですが、「地域社会の公共性」を考慮すれば、「すぐに改善」は不可能です(だから、「働き方改革」法案でも、「医師の労働」は別扱いになっています)。

でも、「無給」については、すぐに是正可能なはずです。だから、冒頭の「監督署は何してる」ということになるのです。

 

長時間労働の取締り

(五島美術館の茶室・東京都世田谷区, by T.M)

少し旧聞なのですが、こんな記事を見つけました。

労使協定で定めた上限を超えて社員に残業をさせたなどとして、吉本興業や人気グループ「サザンオールスターズ」の所属するアミューズなど芸能事務所3社が労働基準監督署から是正勧告を受けていたことが16日、各社への取材で分かった。

吉本興業と子会社は201218年、労使協定で定めた月50時間を超える残業をさせたなどとして2回の勧告を受けた。アミューズも1318年に2回、従業員が1カ月間休みなしで勤務したことなどで勧告された。

人気グループ「EXILE」が所属する「LDH JAPAN」(東京・目黒)にも1418年、従業員の労働時間を巡って2回の勧告があった。

吉本興業は「重く受け止め、対策を進めている」。アミューズは「真摯に受け止めている」、LDHは「労働環境を整備している」とそれぞれコメントしている。

(日本経済新聞、2019年4月16日)

各種記事によると、ニュースソースは「関係者への取材」とされ、明らかではないのですが、どこかの行政機関の担当者の誰かが意図的に漏洩させた情報ではないかと疑ってしまいます。働き方改革法案が昨年成立し、今年4月1日から施行ですが、法案成立時には話題になったけど、いざ始まってみると、なんかマスコミは取り上げないなと思っていたら、やはり話題作りに励んでいるような方がいるように思えます。もしそうだとしたら、惜しかったですね。ここ1,2週間内の発表ならもっと話題になったのに・・・

吉本興業の最近の事件について、例えば芸人さんの方に契約書が交付されていない件等で、労働基準法違反ではないのかという指摘をT.Vのワイドショーでされた方がいるようですが、それはありえないと思います。吉本興業の芸人さん達は、高い確率で「個人事業主」であると推測されるからです。

労働基準法第56条には、「映画の製作又は演劇の事業については、行政官庁の許可を受けて、満十三歳に満たない児童について、その者の修学時間外に使用することができる」という規定があって、私も舞台で演技する児童について、許認可の業務をしたことがありましたが、いわゆる芸能界で働く方は児童を除けば「個人事業主」として扱っています。

もっとも、吉本興業の芸人の方々は「労働」組合が結成できる可能性があると思います。労働組合法で規定される「労働者」は、労働基準法で規定される「労働者」よりも広義に解釈されるので、労働基準監督署が「個人事業主」扱いしている方々でも労働組合が結成可能なのです(事例として「プロ野球選手の労働組合」があります)。もっとも労働組合の成功のポイントは、どれだけ労働者が団結できるかです。一匹狼の芸人さんたちでは、よっぽどリーダーシップをとれる者がいないと無理ではないかと思います。

話を戻しますが、「労働時間」に関する取締りについて、現在どうなっているか気になったので、厚生労働省のHPの「労働基準関係法令違反に係る公表事案(平成30年6月1日~令和元年5月31日)」を確認してみました。すると、東京労働局が1年間に検察庁に書類送検した全20件の送検事案の中で、長時間労働に関する送検事案が4件でした。これは、すごいことです。神奈川・埼玉・千葉の3局の全送検件数は27件なんですが、長時間労働に関する送検件数が1件でした。比較してみると、東京労働局が長時間労働の取締りにいかに積極的であるかが分かります。最近、その話題は聞かなくなりましたが、やはり東京労働局にのみ設置されている「かとく」(過重労働撲滅特別対策班)の存在が大きいと思います。

監督官の「送検技術」は、経験により向上します。そして、労働基準法第32条違反の送検(長時間労働事件の送検)がとても難しいものであることは、私も送検した経験がありますので、よく分かります。地方労働局も東京労働局のように送検事例を積上げないと、伝家の宝刀もいざという時に抜けないかもしれと、少し心配しています。

 

早期の労災認定をお願いします

(早川漁港上を通る西湘バイパスの斜張橋・小田原市、by T.M)

昔からアニメが好きでした。今から50~60年前の子供時代には、東映の「わんぱく王子のオロチ退治」とか「白蛇伝」を観ていました。完全に鉄腕アトムの世代です。今から46年前、私が15歳の時に、宇宙戦艦ヤマトはイスカンダルへと旅立ちました。それから、ジブリ映画に目覚め宮崎作品のファンになりました。そんな私が、「聲の形」(京都アニメーション制作)を3年前に観た時に、ショックを受けました。

SFでなく、戦闘場面もない、魔法もない。『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』のような日常の出来事、日常の問題の物語であるが、その画の美しさはファンタジー動画を思わせる。そして、聾唖の方とその周りの人々の生き方を通し、深い人間性が描かれる」

そんな作品の完成度に驚き、年寄りが初めて「新しい時代のアニメ」に接した気持ちになりました。

京都アニメーションの悲劇で亡くなられた方のご冥福を祈ります。

・・・・・・・

先日、知合いのある工場の工場長から、愚痴を聞かされました。「若い人が辞めてしまった」ということでした。その工場は、私のみる限り「ホワイト」そのものの工場です。大企業ですから安定しています。労働時間については、季節的な変動があり、月に残業80時間に達する時もありますが、年間の残業時間は多い人でも300時間を切っています。第一に言えることは「サービス残業」が絶体にない会社だということです。工場の出入り時にカードリーダーで時間を記録していて、その時間通りに賃金を支払っています。工場は、一度出てしまうと、もう一度カードをかざさないと再入場できませんので、どっかの会社がやっているように、一度カードリーダーで打刻した後に作業を続けるといったことはできません。

そんな工場で、若い人が辞めたということは、その人にとっては仕事が単調に思えるせいかもしれません(実は奥が深い仕事なんですけど・・・)。昇進昇格がない訳ではありませんが、少なくとも最初の10年は工場勤めです。また。技術のマスターも可能で、それは工場の外でも通用するものですが、スキルアップに何年もかかりますし、専門性が高く狭い世界で使う技術です。でも、2年3年で辞めてしまうには惜しい会社です。現在の40歳代で就職氷河期に遭遇した人にとっては、「何であの会社を辞めるんだ」と思うでしょう。

その工場の、現場の主力は女性労働者です。地方にも工場を多く持つ会社ですが、地方の工場では、近くの主婦の方が多く働きに来てくれていて、何十年も正社員として働いています。きっと、その地方の地場の働き先のなかではトップクラスの労働条件なのでしょう。

そのような会社で、都会地区の工場では外国人の技能実習生を導入することを現在検討しています。でも、不思議な気がします。現在の日本では多くの就職氷河期世代が、安定した正社員の職を求めていますが、なぜ、このような工場にはそのような人が応募しないのでしょうか。

実際に、この工場では門戸を広げていますが、なかなか集まらないそうです。一番大きな理由は、どうも「完成されている工場コミュニティ」の中に、40過ぎた者が入りにくいということがあるようです。

そこの工場長さんは答えてくれました。「家族のいる方は、40歳すぎて入社して、若い上司の下で長く勤めてくれます。一人くらしの方はなかなか居着いてくれません」

人は「誰かのために(家族のために、愛する人のために)、仕事を頑張る」ことはできても、「自分の生活の安定のため」のみが目的な場合、職場の人間関係はけっこう重荷になるのかなと思いました。

 

ダブルワークと労災保険(4)

(旧甲州街道の笹子隧道と’85年式ジムニー・山梨県大月市、by T.M)

「Uber Eats」の第2の問題点は、最低賃金以下の報酬しかないケースがあるということです。

「Uber Eatsの報酬」でネット検索しますと、「実際に働いている人」の発言という形で、「慣れると時給2000円はいく」「最高月30万円は稼げる」等の景気の良い言葉が並んでいます。ただ、よく探すと「2時間で3回配達して、1700円しかならなかった」という投稿もあります。どうも、後者が事実なのではないかと推測します。

タクシーの初乗りは横浜では730円ですが、我が家は京急上大岡駅からクルマで10分くらいのところなので、初乗り運賃で済む場合があります。つまり、10分の乗車に対し730円を支払うのですが、タクシーの運転手さんの1時間当たりの収益はその6倍の4380円だと考える人はいないはずです。

使用者が、運送等の作業で労働者を雇用する場合は、なるべく「手待ち時間」が発生しないようにしなければなりません。「手待ち時間」も賃金には算入させなければいけないので、この「手待ち時間をなくすこと」というのが、経営者の能力のひとつとなります。しかし、この「Uber Eats」の仕事では、結局「手待ち時間」の経費については会社側はまったく見積もる必要がなく、大きな意味では「手待ち時間の損失」は配達人持ちという状況になっているのです。これでは、最低賃金以下の報酬が発生することは当然だと思います。

選挙が近いですが、自民党の公約によると「正規雇用と非正規雇用の格差をなくし、非正規雇用で正規雇用を望む者には正規雇用となる社会を目指す」となっています。共産党の公約でも「正規雇用者を増やす」となっています。各党すべて、雇用対策については「非正規雇用労働者の処遇改善」を挙げています。でも、この「正規労働者」「非正規労働者」の問題以外に、日本の社会では、「Uber Eats」の労働に代表されるような「個人事業主」の問題が急激に広く進んでいるような気がします。

(注1)この「個人事業主」という表現を使うことに少し抵抗があります。私も「労働安全衛生コンサルタント事務所」を経営していた個人事業主でしたし、お医者様も、街の商店街の店舗もみんな個人事業主です。「Uber Eats」のような、スマホを仲介とした仕事をする人を、従来の「個人事業主」と区別するために、何か良い別の表現はないでしょうか。

(注2)「Uber Eats」の配達人を、私は「個人事業主」と判断していましたが、「労働者性」もあるのではないかという指摘をある人から受けました。それは、「仕事の代替性」についてです。つまり、「Uber Eats」から仕事を受けた配達人が、「個人事業主」であるなら、「他の者に仕事を代わってもらう」ことも可能ではないのかという指摘です。

「Uber Eats」に、「必ず自社で登録している配達人が配達しなければならない」という規約があるなら、「労働者性がある」ということにならないのかという問題提起ですが、確かにその通りだと思います。その視点は私にはありませんでした。「労働者性」についても、もう少し考えて見る必要があるかもしれません。

東証一部に上場しているある運送会社の株価が、2014年に500円だったものが、2019年現在で5000円まで上昇しています。5年間に10倍の株価上昇です。その会社は世界的なネット通販会社の運送部門を担当している会社です。その会社が、これだけ業績が伸びている理由は、「個人事業主」を活用し、配達しているからだと、yahoo・ニュースでは解説しています。

「Uber Eats」の配達人のことを考えていて、このような業務形態が「一般の貨物運送事業」にまで拡大していったら、「正規雇用」「非正規雇用」の問題どころじゃない大きな格差の問題となると思っていたら、実際の現場ではまさに現在進行形のようです。

せめて、このような個人事業主の「最低賃金の確保」と「労災補償」だけは、行政の指導でなんとかならないでしょうか。

(注3)「貨物運送事業」の「個人事業主」については、労災保険の「一人親方の特別加入制度」が、昔から利用できます。しかし、この制度ができた当時では想定できなかったくらいに、「労働者」から「個人事業主」への変換が進んでいるように思えます。ちなみに、この特別加入制度は、現在のところ「Uber Eats」の配達人では、加入できないようです。

ダブルワークと労災保険(3)

(足柄のアジサイ・開成町、by T.M)

「Uber Eats」の問題点は、やはり配達人が「労働者」でなく「個人事業主」であることでしょう。

労働者とは、「労働時間を売って、お金を得る人」です。こうはっきり言うと、身も蓋もなくて 必ず反発を受けます。「働くということは、何かしらの成果がなければならない。時間だけ拘束されていて、金をもらえるのは公務員くらいだ。」(こういう発言に引合いに出されるのは、いつも必ず“公務員”です)

労働とは、「成果」なのか「拘束時間」なのかは、それこそ100年前からある議論でして、取りあえず、現在の労働基準法では、労働者の定義は上記のようなものになっています。もうすこし、法律的な表現をするなら、「労働者とは、使用者から、時間的・場所的な拘束を受け、その指揮命令を受ける人」ということになります。

「Uber Eats」の配達人は、その業務の自由さ故に、労働者とは法的にならず、個人事業主となるのです。働く人にとって、「個人事業主」の方が得か、「労働者」が得かは、考え方ですが、普通に考えると、やはり「労働者」の方が安心でしょう。「個人事業主」のメリットは、税金面で「必要経費」を計上できるということですが、デメリットは、労働者でないので労災保険の適用がないということです。

 もちろん、学生や主婦が行うパートやアルバイトで、今までも「労働者」でなくて、「個人事業主」扱いされていた業務はあります。「家庭教師」や「新聞の集金」等がそれに該当します。しかし、この「Uber Eats」の業務が、それらと違うことは、「事故が多い業種」であるということです。

 ある業種が別の業種と比較し、災害が多いかどうかを判断する一番確かな方法は、「労災保険料率」を比較する方法です。企業が労働基準監督署に支払う労災保険料は

       (支払賃金総額) ×  (労災保険料率)

です。この「労災保険料率」は業種ごとに定めてあって、過去の労災保険の給付の実績からその料率が定めてあります。ですから、業種比較で、多くの保険給付があった業種が分かるのです。ちなみに「労災保険料率」が一番高い職種は、「炭鉱業」で「8.8%」です。

「Uber Eats」の配達人の業種は何かということについては、少し議論の余地があります(つまり、新しい業務形態なので、業種がまだ決まっていない)。業務が似ている業種として、「貨物取扱事業」が挙げられますが、保険料率は「0.9%」です。これは、けっこう高い数字で、一般の飲食店の「0.3%」の3倍です。つまり、レストランのデリバリーのつもりで働いても、通常にレストランで働くよりもはるかに危険だということです。

もしダブルワークの人が「Uber Eats」で配達中に、交通事故でもあったら、治療費と休業補償は自分の社会保険を遣わなくてはなりません。もし、本業の方を長期欠勤した場合は、「退職」扱いとなる可能性があります。あくまで、「自己都合の休職(病気休暇も含む)」なので、労働基準法19条の「解雇制限」の対象にはならないのです。

この、「Uber Eats」の配達人の労働については、「労災保険」以外に、「最低賃金」のことが大きな問題となります。

(続く)