ダブルワークと労災保険(3)

(足柄のアジサイ・開成町、by T.M)

「Uber Eats」の問題点は、やはり配達人が「労働者」でなく「個人事業主」であることでしょう。

労働者とは、「労働時間を売って、お金を得る人」です。こうはっきり言うと、身も蓋もなくて 必ず反発を受けます。「働くということは、何かしらの成果がなければならない。時間だけ拘束されていて、金をもらえるのは公務員くらいだ。」(こういう発言に引合いに出されるのは、いつも必ず“公務員”です)

労働とは、「成果」なのか「拘束時間」なのかは、それこそ100年前からある議論でして、取りあえず、現在の労働基準法では、労働者の定義は上記のようなものになっています。もうすこし、法律的な表現をするなら、「労働者とは、使用者から、時間的・場所的な拘束を受け、その指揮命令を受ける人」ということになります。

「Uber Eats」の配達人は、その業務の自由さ故に、労働者とは法的にならず、個人事業主となるのです。働く人にとって、「個人事業主」の方が得か、「労働者」が得かは、考え方ですが、普通に考えると、やはり「労働者」の方が安心でしょう。「個人事業主」のメリットは、税金面で「必要経費」を計上できるということですが、デメリットは、労働者でないので労災保険の適用がないということです。

 もちろん、学生や主婦が行うパートやアルバイトで、今までも「労働者」でなくて、「個人事業主」扱いされていた業務はあります。「家庭教師」や「新聞の集金」等がそれに該当します。しかし、この「Uber Eats」の業務が、それらと違うことは、「事故が多い業種」であるということです。

 ある業種が別の業種と比較し、災害が多いかどうかを判断する一番確かな方法は、「労災保険料率」を比較する方法です。企業が労働基準監督署に支払う労災保険料は

       (支払賃金総額) ×  (労災保険料率)

です。この「労災保険料率」は業種ごとに定めてあって、過去の労災保険の給付の実績からその料率が定めてあります。ですから、業種比較で、多くの保険給付があった業種が分かるのです。ちなみに「労災保険料率」が一番高い職種は、「炭鉱業」で「8.8%」です。

「Uber Eats」の配達人の業種は何かということについては、少し議論の余地があります(つまり、新しい業務形態なので、業種がまだ決まっていない)。業務が似ている業種として、「貨物取扱事業」が挙げられますが、保険料率は「0.9%」です。これは、けっこう高い数字で、一般の飲食店の「0.3%」の3倍です。つまり、レストランのデリバリーのつもりで働いても、通常にレストランで働くよりもはるかに危険だということです。

もしダブルワークの人が「Uber Eats」で配達中に、交通事故でもあったら、治療費と休業補償は自分の社会保険を遣わなくてはなりません。もし、本業の方を長期欠勤した場合は、「退職」扱いとなる可能性があります。あくまで、「自己都合の休職(病気休暇も含む)」なので、労働基準法19条の「解雇制限」の対象にはならないのです。

この、「Uber Eats」の配達人の労働については、「労災保険」以外に、「最低賃金」のことが大きな問題となります。

(続く)

 

爆発災害について

(真岡市中村八幡宮、by T.M)

今回の札幌の爆発事故については、色々と書きたいことがありますが、まずは、負傷された方々の回復、そして被災された方々が一日でも早く、元の生活を取り戻されることを祈ります。

この事件について、どうもマスコミ等では不動産紹介会社の担当者を責めるばかりで、これが、「労災事故である」という視点が欠けているように思えます。ですから、会社責任への追及が甘くなっているようです。

会社が労働安全衛生法違反をしていた可能性は、非常に高いと思います。少なくとも、「引火性物質の取扱の社員教育をしていなかった」ことか、あるいは「引火性物質について、社員が適切に取扱っていたかどうかを確認することを怠った」ことは、(今後労働基準監督署が事実を明らかにすると思いますが)、マスコミ報道から判断すると、確実のように推測できるのはないかと思います。

作業に使用していた消臭剤については、「一般消費者の用に供される製品」であるのか、あるいは「業務用」であるのかによって、法的な取扱いは違います。メーカーが公表したSDS(安全データシート)から判断すると、メーカーは労働安全衛生法上の責任の軽い「一般消費者の用に供される製品」として取扱っていたようですが、同消臭剤がホームセンター等で売却されていないことから、法的な責任の重い「業務用」のような気もします。これもまた今後の捜査で明らかになることだと思います。

また、「一般消費者の用に供される製品」であっても会社には責任があります。次のQ&Aはある省庁のHPから抜粋したものです。

7.一般消費者の用に供される製品については、リスクアセスメントの対象にならないのか。ホームセンターで売っている物の中には、特定化学物質(エチルベンゼンなど)が入っているものもあるがどうか。

7.労働安全衛生法上、表示・通知義務のあるものにリスクアセスメントの実施義務が課せられるため、通達でも明示したように、一般消費者の用に供される製品については、義務の範囲からは除かれます。ただし労働安全衛生法第28条の2に基づくリスクアセスメントの努力義務の対象には含まれるため、SDSを入手し、リスクアセスメントを実施するようにしてください。

つまり、会社は「リスクアセスメント」を実施していなければならないのですが、この「リスクアセスメント」については、次回説明します。

私が今回の事故で驚いたことは、爆発災害の報道写真に、「労基署」という背中にワッペンを貼った制服を着用している者がいたことです。(下の写真は報道された写真の一部を私が切取ったものです)。監督署、頑張っているなーと思うと同時に少し違和感を覚えました。

監督署の職員は、いつからこんな服を着て、災害調査に行くようになったのでしょうか。背中のワッペンの「労基署」という文字はなんでしょうか。私の知る限り、監督署の制服に記入される文字は「○○労働基準監督署」「○○労働局」あるいは「厚生労働省」というものですし、それも胸のあたりに刺しゅうされているもので、このように「労基署」とだけ大きく書かれたワッペンは背負いません。 

これは、今回のような大きな事故でマスコミが来る時のためのみの制服でしょう。普段、職員がこのような制服を着用し、公共交通機関を利用して臨検監督へ行っているとは思えません。

私はある事を思い出しました。今から8年前に東日本大震災の時に、被災地の宮城県石巻市の労働基準監督署にお手伝い行った時のことは、以前にもこのブログに記載したと思います。業務命令としての「お手伝い」でしたが、震災後3週間後の派遣であったため、「現地までの足」と「現地での宿泊場所」を自力で確保できる者で、「志願した者」が派遣条件でした。私は妻が石巻市出身なので、妻の知人の家に泊まることにして、現地までの交通は鉄道が全線ストップだったもので、臨時に東京駅から出ていた東北地方行のバスを乗り継いで現地まで行きました。宿泊した家庭は、当時電気もガスも泊まっている状態でしたが、「石巻のために東京から手伝いに来てくれる」ということで、私を快く受け入れてくれました。そんな訳で、けっこう苦労しました。

その時に、出発前日に神奈川労働局の各部署に挨拶に行った時に、私の派遣の責任者である人事の担当者からいきなり、「神奈川労働局」と記入された腕章を渡され、「マスコミが来たらこれを着用して下さい」と言われました。そして、その担当者それ以外は私に何の話もしませんでした。(少なくとも、他の者は「頑張ってくれよ」とか「たいへんだなあ」とかいうことは言ってくれました。)

私は、その腕章を被災地には持って行きませんでした。

少し話が飛んでしまいました。爆発災害での「労基署」のワッペン着用について、賛否両方の意見があると思います。監督署の職員が災害調査に行く理由は、「災害の原因を明らかに」すること及び「再発防止措置のため」で、「組織の宣伝」のためではないと反対する者がいると思います(私はその考えです)。

また、士気が高まって良いと考える方もいると思います。(ただし、その場合においても、写真のような急ごしらえのワッペンでなく、きちんとデザインされたものの方が良いと思います)。

どうか、現場の職員の意見をよく聞き制服等を揃えて頂きたいと思います。

 

お休みです

3連休で遊びすぎました。おいで下さった方には申し訳ございませんでした。せめて、T.M氏の写真だけでもお楽しみ下さい。

(旧草軽電鉄の北軽井沢駅、by T.M)

年間960時間の残業

(川崎マリエン展望台よりの夜景、by T.M)

先週お休みしたので、今日は少し長文を載せます。

先週、厚生労働省のHPには「働き方改革」関係法案の法律改正内容が公表されました。内容を確認したのですが、国会の審議時間が少なかったせいか、やはり荒っぽい作りになっているようです。

今回の労働基準法の改正について、「年間の残業時間の上限は360時間」がひとつの目玉でした。そして、「どうしても仕方ない場合は、上限年間720時間」ということでした。しかし、以前よりこの改正について、「休日労働が抜道になっている」という指摘がありましたが、改正内容を見てみると、その指摘が正しいことが分かりました。

その抜道を使うことによって、年間960時間、ひと月平均80時間、最長ひと月100時間の残業が可能になります。しかも特別条項付きの36協定を使用せずにです。

労働基準法で規定される休日には「所定休日」と「法定休日」の2種類があります。「法定休日」は、労働基準法35条で規定されたもので「週1日又は4週4日」(注)を事業主が労働者に与えなければならないものです。その日に労働をした場合は35%増しの割増賃金を支払わなければなりません。

(注) 私個人の意見ですが、「法定休日は4週間に何日でも可能」と判断しています。「週1回もしくは4週4回」としたのは、今回の強引な法改正を実施する後付けの法解釈によるものと思います。理由は後述します。

所定休日は、「1週40時間の労働時間」を行うために実施される休日です。多くの会社は、現在「1日の労働時間8時間労働、週休2日制」を実施していますが、週40時間制を遵守すれば良いのですから、「1日の労働時間6時間40分、週休1日制」でも可能な訳です。実際にそのような会社はあります。「1日8時間週休2日制」について、2日の休日の中で1日は前述の「法定休日」でありますが。もう1日は「所定休日」と呼ばれるもので、法定休日の労働が35%の割増賃金なのに対し、所定休日の労働は通常の残業とみなされるので25%の割増賃金でかまいません。

さて、今回の法改正の残業規制の「年間の残業時間の上限は360時間、特別な場合は720時間」の残業時間の範疇の中に、この「法定休日の労働時間」は含まれていないのです。そこが、法律の抜道となります。

多くの会社(特に建設会社)は、「月曜日から土曜日までは所定労働日、土曜日を所定休日、日曜日を法定休日、日曜日だけは絶対に休めるようにする」と決めています。

このような場合は、法改正によって「月曜日から土曜日までの残業時間の合計は、ひと月45時間まで」となることになります。これが、今回法改正の狙いでした。ところが、「法定休日の労働」について規制がかかっていないので、「月曜日から金曜日までは所定労働日、土曜日を法定休日、日曜日を所定休日、日曜日だけは絶対に休めるようにする」と就業規則を変更すると、「月曜日から金曜日までの残業時間の合計は、ひと月45時間まで、土曜日の労働時間は何時間でも可能」というようになってしまうのです。

「年間の残業時間の上限は360時間、特別条項を締結した場合の年間の残業時間は720時間まで」にも法定休日の労働時間は含まれません。法定休日の労働時間が含まれるのは「ひと月平均80時間の残業、ひと月最長100時間まで可能」という条項です。従って、80時間×12ヶ月=960時間。「年間960時間、ひと月平均80時間、最長ひと月100時間の残業が可能」ということになります。

さて、注釈にも書いておいたのですが、今回の法改正に基づく省令の改正で、厚生労働省は「労働基準法第35条に基づく法定休日とは、週1日又は4週4日」と強引に決めてしまいました。これは、少しひどいことだと思います。

労働基準法第35条で定められた休日とは、「少なくとも週1日(第1項)」もしくは「4週で4日以上(第2項)」のことを示しています。つまり、どのように法解釈しても法定休日は、「最低基準(週1日又は4週4日)以上何日でも与えることができる」と判断できます。

ところが、今回の省令の改正で厚生労働省は、労働基準法施行規則第16条で示す「36協定の様式」の裏の注意事項で「労働基準法の規定による休日は週1日又は4週4日」と、こっそりと改正しました。

私はこの改正の主旨については理解できます。法定休日の日数を労働基準法第35条を文字通り解釈して無制限とすれば、さらなる法の抜道が生じ、労働者にとってデメリットとなってしまうからです。つまり、今までの労働基準法の解釈によると、「法定休日を増やせば、割増賃金を多く払う日が増えるので労働者のためになった」ことが、今後は「法定休日を増やせば労働者の不利益になる」と判断されるようになったということです。

しかし、このような姑息な方法で、「法律に反する省令」を定めることはおかしいことと思います。

因みに、平成27年度に厚生労働省が作成した36協定の様式を記載したリーフレットには、「労働基準法の規定による休日は週1日又は4週4日」というような記載はありません。ただし、労働基準法コンメンタール(厚生労働省労働基準局編)によると、「36協定の規定が適用となる、法第35条に規定する週1回の休日を指す」と記載されていますが、これは単にそれ以上の休日については、「36協定が必要ない」と述べていることであると思います。