トラック屋さんのこと(2)

(孝行息子で有名な地・養老、by T.M)

ネットフリックスで配信中の韓国ドラマ「梨泰院クラス」の一場面です。女性と思われていた方が実は性同一性障害の方で、それを知った他の女性たちが、その方のトイレ使用を断る。そんなシーンがありました。

(NHKの報道)性同一性障害の経済産業省の職員が、職場の女性用トイレの使用が制限されているのは不当な差別だと国を訴えた裁判で、2審の東京高等裁判所は1審とは逆に、トイレの使用の制限は違法ではないとする判決を言い渡しました。

私が、この「トイレ問題」について知ったのは、上記の韓国ドラマ観た時が初めてでした。実際に職場でこのような状況が発生した時に、様々な意見が対立すると思われます。そういう時に備え、無関心でない人を増やすためには、もっとドラマや映画でこの問題が取り上げられる必要があるのではないでしょうか。日本のドラマより韓国ドラマの方が、より時事問題に敏感なような気がします。

韓国ドラマといえば、先週も紹介した「錐」ですが、このドラマもとても啓蒙的です。2003年に韓国で実際に起きた労働争議「カルーフ事件」をモデルにしたドラマで、労働組合のあり方、正規・非正規労働者の格差、パワハラ等の諸問題が丁寧に描かれています。労働基準監督官を目指す方にぜひ観てもらいたい作品としては、日本ドラマの「ダンダリン」より、こちらのドラマです。労働問題の現実が描かれています(でも、「ダンダリン」の竹内結子は良かった。惜しい人をなくしました)。

「錐」はアマゾンプライムで、14日間は無料で観られるようなので、興味のある方は、試しに視聴してみて下さい。

さて、今週も「トラック屋」さんのことです。業界の「古くからある問題」と「新しい問題」について書きます。「古い問題」とは、長時間労働のことです。そして、その根底には「低賃金」があります。

運転手の長時間労働の最大の問題は、「手待ち時間」をどう評価するかということです。トラックは、目的地に着いたからといって、すぐに荷物の積み下ろしができるわけではありません。配送センター等で自分の順番を待つ「手待ち時間」が発生するのです。この手待ち時間は、トラックが移動していないので、タコメーター等の記録を見ると、労働時間でないように思えます。だから、多くの事業場では、この「手待ち時間」を「休憩時間」としてカウントしていて、この時間については賃金が支払われません。しかし、多くの運転手は、この「手待ち時間」にトラックの運転席から離れることができないものであり、「自由利用」ができない時間なので、法律的には労働時間となるものなのです。また、実際に積み下ろしの準備作業を行っている運転手もいます。

この「手待ち時間」を「休憩時間」とするか「労働時間」とするかは、昔からある論争です。過労死事件の調査についても、そこが重要なポイントとなります。

私は「拘束時間」の取扱いを替えると、この問題が解消される気がします。その理由を書く前に、まずは「トラック運転手の拘束時間」の説明をします。

「拘束時間」とは、「労働時間」と「休憩時間」を足したもので、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下、「改善基準」と呼ぶ告示)に規定されています。

(注)「拘束時間」以外の時間は、「休息時間」と呼ばれます。

長距離を行う運転手の時間管理は、運転手が事業場を離れてしまうので、事業場内の労働者の時間管理を行うようにはできないので、「拘束時間」の管理を行うのです。

例えば「最大拘束時間は16時間まで、休息時間は1日8時間以上は必要」という改善基準の規定がありますが、この規定により運転手は「労働時間―休憩時間―労働時間」のサイクル終了後に、「1日8時間以上を目安とした仮眠時間」が確保されることとなるのです。

「トラック運転手の労働時間管理が難しいから、拘束時間という考え方をした」という考えについてはとても合理的であると、私は思います。そして。この考えを一歩進めて、「拘束時間すべてに賃金を支払う」としてしまえばいいと思います。

もちろんこれは「休憩時間についても賃金を支払え」という意味ですから暴論です。でも、それくらいのことを考えなければ、この古くからある「手待ち時間」の問題は解決しないような気がします。

さて、「トラック運転手」の「新しい問題」とは、このブログでも何回か取り上げた、「個人事業主の増加」の件なのですが、それはまたいつか書きます。

トラック屋さんのこと

(浜松市スズキ本社のスズキ歴史館、by T.M)

今回は何を書こうかと思っていました。

  「持続可能な安全管理 未来へつなぐ安全職場」

これは、今年の安全週間の標語ですがけっこう攻めています。SDGSです。御存じのとおり「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、2015年9月の国連サミットで採択された国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた17の目標です。標語はこのSDGSへのオマージュというかリスペクトというか・・・、ちょっと斬新です。

この標語のことを話題にしようかと思っていたら、厚生労働省の報道発表に面白いものを見つけました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18282.html

トラック運転者の長時間労働改善に向けて、「荷主どうし」の共同配送に興味のある荷主企業を募集します

この募集の説明文には、次のように記載されています。

[開催の背景] トラック運転者は、他業種の労働者と比べて長時間労働の実態にあります。その背景には、荷主や配送先の都合により、長時間の荷待ち時間(貨物の積み込みや荷下ろしの順番を待つ時間)や、手荷役(手作業での貨物の積み込み荷下ろし)が発生するなど、貨物運送における取引慣行などからトラック運送事業者の努力だけでは改善が困難な問題が存在しています。

重要な社会インフラである物流が滞らないようにするために、そしてトラック運転者の長時間労働を改善していくためには、荷主企業とトラック運送事業者の双方が歩み寄り、そして協力しあって、取引環境の適正化に取り組むことが必要不可欠です。

このオンラインミーティングでは、トラック運転者の長時間労働改善のための有効な取組である「荷主どうし」の連携のうち、共同配送に興味のある荷主企業の出会いの場を提供します。

「共同配送」とは、複数の物流企業・事業所が連携し、複数企業の商品を同じトラックやコンテナなどに積み込み輸送する輸送手段のことですが、「共同配送」が事業場側のコスト削減に繋がることは理解できまうが、それが運転手の荷待ち時間や手荷役労働とどういう関係があるのだろうかと疑問に思いました。

「共同配送」にすれば生産性が上がる、だから賃金が上がる、それで長時間労働がなくなるということでしょうか。低賃金と長時間労働がセットになることが、労働者にとって一番まずいことは理解できますが、医師とかファンドマネージャーとかの特殊技能の持ち主でなければ、高賃金・長時間労働という組み合わせは、合理化につながってしまい職種じたいがなくなるような気がします。

「共同配送」という概念を追究していくと、マッチングアプリを使って荷主と業者が契約し、それをプラットフォームビジネスとして展開する企業がでてくるかもしれません(もうあるかもしれないけど)。要するに「ウーバーイーツ」の運送業版です。そうなった時に、運転手の労働条件は改善されるのでしょうか?

厚生労働省が募集するくらいの「テーマ」ですから、きっと深い意味があると思いますが、長時間労働の防止とどのように関係があるのか、もう少し詳細に説明が欲しいと思いました。

ここまで書いてきて、このブログを丸5年やってきたけど、タクシー屋さんの件は何回か書いたんだけど「監督官から見た運送業」ということを書いたことがないことに気づきました。トラック屋さんは、監督官にとって、尊敬すべき手ごわい強敵です。特に、任官2,3年目の監督官が、トラック屋さんに行くと、「労働時間」の件も、「労働安全衛生」の件も、とても学ぶべきところがたくさんあります。何回かに分け、それを書きます。

まずは、私の独断で思う、トラック屋さん(運送業)の特徴です。

第一は、とても災害が多い業種であるということです。業種別の労働災害千人率で比較すると、林業22.4件(労働者1000人に対し、22.4件の労働災害発生。平成30年統計)なんて別格に労働災害発生が多い業種があるんですが、工業的主要3業種の、製造業・建設業・運送業で比較すると、製造業2.8件、建設業4.5件に対し、運送業8.9件であり、非常に労災の多い業種であることが分かります。

第二に、非常に伸びている産業であるということです。私が監督官となった1980年代と比較して、製造業・建設業等は衰退しましたが、運送業だけは元気です。もっとも、物流の現場は、アマゾン等に代表される小口取引が多くなって、産業用の配送は少なくなってきているようです。それから、小口配送と言えば、1980年代は最大の配送業だった日本郵政が元気のないのが気になります。

第三に、働く人たちが「個人事業主」扱いされるようになってきて、就業条件がとてもきつくなっているということです。このブログで何回か取り上げた「ウーバーイーツ」もある意味「運送業」ですが、働く人は個人事業主です。個人事業主の厳しい就業状況を描いた映画にはケン・ローチ監督「家族を想うとき(2019)」があります。名作です。アマゾンプライムで観れます。

また、個人事業主が増加している例として、アマゾンの荷を取扱う個人事業主の下請けを使用する運送業者で、この5年間で株価を10倍としたところがある事例を挙げておきます(そこの会社の就業条件については私は知りません。もしかしたら、個人事業主を効率よくシステム的に使用していて、報酬は高いかもしれません。個人事業主が増えている事例として紹介しておきます)。

第四に、長時間労働等の問題があることが挙げれます。そのため、「大臣告示・自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(通称:改善基準)を定めてあるのですが、うまく行っていない状況があります。また、法律を遵守しないケースも多くあります。

あるトラック屋さんに行った時に、社会保険未加入だったので注意したところ、余計なことをするなと「労働者」から文句を言われました。ようするに、その事業場では「社会保険の事業場負担分」を賃金にプラスして支払っていたのでした。社会保険に加入したら、「賃金が低くなる」という理屈です。私は、その労働者に「厚生年金がもらえなくなる」と言って説得しましたが、「どうせ後25年も務めない」と反論されてしまいました(当時、厚生年金の受給資格は25年)。

こういったトラブルは、トラック屋さんとけっこうありました(旧社会保険事務所に連絡したけど、役所は何もしませんでした)。

次回から、改善基準のことを含め、色々書きます。

サッカーと賃金不払い

(龍野城・兵庫県たつの市、by T.M)

別にサッカーファンでないのですが、ワールドカップやオリンピックなどでは自国のチームを応援します。「ドーハの悲劇」が起きた1993年のその日は、埼玉県の朝霞市にある労働研修所に、新人監督官の指導が現場の先輩が指導するという授業の教官でいってました。あと数秒でゲーム終了という時にコーナーキックからイラクに得点を挙げられ、ワールドカップ初出場を逃した時に、休憩室で一緒にこのゲームを観ていた新人監督官から「ワァー」というため息が漏れたことを覚えています。このブログで以前書いたように、私は、役人どおしの職場での宴会はとても嫌いなのですが、このゲームを観ながら飲んでいたビールは、とてもうまかったことを覚えています。

さて、サッカー日本代表で海外武者修行中の若者にとんでもない事件が発生したようです。若者の名前は浅野拓磨。セルビアの名門チーム「パルチザン・ベオグラード」に所属しています。Wikiで調べてみると、このパルチザンというチームはセルビアの名門チームで、日本のプロ野球で言えば1980年代のジャイアンツにあたるようです(私は60代です)。因みに、このセルビアという国家は旧ユーゴスラビアの一部で、親日感情が強く、東日本大震災の時には、いち早く募金を始めてくれて、震災後の7ヶ月後(2011年10月11日時点)、義援金の集計をしたところ、義援金は世界で第5位、ヨーロッパでは第1位の金額になっていました。 最終的には1億9100万円で世界第19位となったのですが、2017年度の平均月収3万9千円(世界93位)の国で、とても暖かい支援を行ってくれたことが分かります。

浅野氏は、元サンフッレチェ広島の元Jリーガーの日本代表の有力候補。AFC U-23選手権2016(リオ五輪予選を兼ねる)日本代表として参加して、決勝のU-23韓国戦では2-0で負けている後半から投入され、2得点を挙げ逆転に貢献した試合を個人的には覚えています。

そんな浅野氏が、パルチザンをシーズン途中で退団しました。その理由として、浅野氏は「度重なる給与未払いや、クラブ側の対応からリスペクトを感じられなくなった」ことを挙げています。チームは優勝の可能性があり、さらに浅野氏はリーグの得点王の期待もある中での退団ですので、当地ではかなり話題になっているようです。

また、この退団については、「浅野氏の移籍金」及び「中東チームの暗躍」も噂されています。次のようなものです。

「クラブはリーグ終了後に、浅野氏を彼が望まない中東チームに移籍させようとした。そこで発生する、中東チームからクラブに支払われる移籍金でクラブの財政状況を好転させる予定だった。浅野氏は契約上、そのような措置(強制移籍)が取れなくなるシーズン終了前に退団した」

この浅野氏の退団について、クラブ側は怒り心頭で次のように発表しています。

「浅野との話は、すべて純粋な詐欺だ。これは日本人選手と、彼を雇いたいクラブとの間で交わされた、重大な違反だと思う。彼と契約したいクラブとの陰謀だよ。彼のしたことについて、欧州サッカー連盟(UEFA)や我々の法律に基づいて、根拠がないことは完全に明らかだ。契約書の文言によれば、権限を所有しているのは我々だ。これは裁判で明らかになるだろう。

コロナ禍の影響を食らってクラブが苦しく、昨シーズン末から給料の半額を申し入れたときに、彼が同意しなかったことのほうが大きいだろう。支払いの遅延に関しては、法的根拠がない。選手は(催促のために)15日前にクラブに警告書を送らなければならないが、浅野はそれもしていない。

給与の支払いが遅れているというが、2020年10月5日に支払い、11月4日に支払った。次は12月8日。その次が2021年1月12日、2月18日のサラリーも支払われている。3月26日はサラリーに加え、それ以前の未払い分の一部も支払われた。そして、今回の一件がなければ5月5日にも支払われるはずだった」

何やかんやクラブ側は言ってますが、「賃金を半額することを浅野氏に提示」「浅野氏がそれを拒否」「賃金は、一部不払い及び遅延が続いている」ことはクラブ側も認めているようです。

さて、元労働基準監督官の私から言わせると、浅野氏の対応は100%正しいということです。賃金を払っていないということは、労働者を拘束する何ら理由もないということです。

(注)正確に言うなら、浅野氏は「労働者」ではなく「個人事業主」です。

クラブ側の言い分は、何かブラック企業のそれに似ています。大多数の方には信じられないかもしれませんが、賃金不払いをする事業主の中には、それを理由に退職した労働者を責める者がいるのです。その理由は、「仕事が回らなくなること」ですが、給料を未払いしておいて、何を言うのだと思います。

また、「お客さんや取引先」に無責任だという事業主もいます。これこそ謎理論で、「従業員への賃金の支払いの責任感が欠如している」事業主から言われたくありません。まあ、でも世の中にこのことを気にされる労働者の方もいるようです。数年前に、成人の日に夜逃げして、多くの方の夢を奪った呉服屋である例の「はれのひ」の従業員の中には、給料未払いを覚悟して、「お客様の一生に一度の夢を潰してはいけない」と考え、自分の判断で成人の日に店を開け続けた従業員もいると聞きます。私は、これは決して「美談」ではないと考えますが、その方の心情を理解しますし、その生き方を尊敬します。浅野氏も、クラブ側の言い分なんぞは耳を貸す必要はありませんが、「サポーター」と「仲間」には、リスペクトの意を表しても良いと思います。

もっとも、同クラブのサポーターは経営陣のいい加減さを知っているようで、浅野氏を擁護する意見がほとんどであると聞きます。この事件で、それが救いです。

教師の仕事

私の畏友、福岡の社労士・労務安全衛生管理コンサルタントの原さんがまた本を上梓いたします。新刊のタイトルは「社長、その労務管理はダメです」です。彼は4年前に「労基署は見ている」という本を書いていますので、今度で2冊目です。前回の本は、監督官として過去の体験を基にした話で、ベストセラーとは言えないまでも、大手新聞の書評に取り上げられる等その界隈ではけっこう話題になったものでした。今回は労働局及び監督署のシステムを図入りで丁寧に説明してくれているものです。監督署の役割等を知りたい人には絶好の書だと思います。

作者について少し説明すると、今から28年前の平成5年に、私と横須賀労働基準監督署の監督官として机を並べて仕事を一緒にした仲です。私は任官10年目の中堅監督官で、彼は2年目のまだ「新人監督官」と言っていい監督官でした。しかし、彼と私ではオーラが違いました。来客者への接客術なんぞは当時から私より上で、私よりお客さんに信頼されていました。

彼の今回の著書の中につぎのような記述があります。

「監督官の中には、仕事ができないハズレの奴がいる」

これって私のことでしょうか?

さて話は変わりますが、現職教員の声をSNS(ネット交流サービス)で広げることで、教員の仕事の魅力を伝える文部科学省の「『#教師のバトン』プロジェクト」に批判的な投稿が相次いでいるそうです

そりゃそうだと思います。元々、私生活と労働の垣根が曖昧なのに、最近(というかここ20年ほど)管理面だけが強化されてきたことが教育現場の実態のような気がしますから。今日は労働基準監督官が臨検監督をしたがらない業務である教師という職業についてお話します。

世の中には、「私立学校」と「公立学校」があります。労働基準監督官には公立学校の教師に対する臨検監督権限がありません(「事務員」さんや「用務員」さんにはあります)。従って、都立や県立の中高校の教師の労働条件に介入はできません。監督官が私立の中高校の臨検監督を行った時に困るのは、学校側から

「当校の教師の労働条件は、公立校に準拠しています」

と言われることです。公立校の教師は「調整額」という名目で給与の4%の額を残業代の替りに得ています。私立校でも、この「調整額」を支払い、教師に残業代を払わない学校があるんです。(因みに、4%の調整額とは、時給1000円、ひと月の所定労働時間150時間の労働者の約5時間分の残業代です)

このような、私立校に対し、残業代不払いの是正勧告書を出すと大騒ぎになります(もっとも、残業代不払いの是正勧告書を渡されたら大騒ぎになってもらわなければ困るのですが・・・)。

「公立校が認められているのになぜウチではダメなんだ」が、お決まりのパターンでした。それから、学校側は残業代を調整額内に収めるように教師に通達します。それで、「持ち帰り残業」や「労働時間に記録に残らない部活動のための残業」が増えていく訳です。

そもそも、教師については「労働時間」の概念が曖昧です。「子供たちの野球大会に、日曜日に参加したら、滑って転んだ。これ労災?」だとか、「持ち帰り残業でメンタルおかしくした。でも長時間労働であることをどうやって証明するの?」とかいう問題はいつも生じています。

教師の過酷の労働の象徴が「修学旅行」でしょう。「2泊3日」の修学旅行でしたら、連続72時間労働ということになります。学校側にそのことを指摘すると、「修学旅行中にも教師の休憩時間はきちんとあります」という返答がきますが、それは肯定できません。

修学旅行中に教師が酒を飲みに行って、その時間に生徒に事故があって、教師が「勤務時間外だから責任の範囲外です」と弁明したら、世間はどれだけ教師を叩くでしょうか。

例え睡眠時間であっても、「拘束」されていて「責任を負わされている」ていれば、それは労働時間です。2泊3日の修学旅行中がすべて労働時間だとしたら、それは過労死の認定基準をはるかに超える馬鹿げた労働の態様です(と言うか、過労死の認定基準でさえ、そのような「労働」は想定していません)。

でも、「教師に過重労働になるから修学旅行を中止にせよ」という声はどこからも聞こえてきません。それは、もはや日本の文化に定着しているからです。法と実状に余りに乖離があるので、監督官は学校の教師の労働時間の監督に怯んでしまうのです。

だから、「『#教師のバトン』プロジェクト」なんてを管理者側が実施すると、そこは現場の教師の不満のはけ口となってしまうのです。

タクシーとクレジットカード

(浜松市スズキ本社のスズキ歴史館、by T.M)

先日、神奈川県内のある私鉄駅からタクシーに乗りました。そこで運転手さんと世間話が盛り上がったんですが、「支払い」のことに話が及ぶと、「クレジットカードやパスモ等のキャッシュレス決済の手数料はタクシー運転手の負担になる」という事実を教えてくれました。

私は驚きました。そういう噂を聞いてはいたんですが、何か昔の地方の小さいタクシー会社の話で、まさか神奈川県に本社を置く、大きなタクシー会社が現在でもそんなことをしているとは思いもしませんでした。詳しく聞くと、神奈川県内では、「キャッシュレス決済手数料」が運転手持ちの事業場もあればそうでない事業場もあるとのことでした。私はその時に手持ちの現金が少なくて、パスモで支払ったのですが、なんか運転手さんに負担をかけているようで申し訳ない気分がしました。

私は運転手さんに、「労働基準監督署に相談に行ったのか」を尋ねたところ、「労働組合が相談に行っているが何もしてくれない」とのことでした。私は「監督署は何をしているんだ」と思いましたが、自分が現役の時に相談こられたら、けっこう悩んだろうなと思いました。

これって、「労働基準法違反が成立しているか」と言われると、ちょっと考えます。

「業務に係る費用が労働者負担」と言えば、昔派遣業で問題となった「データ装備費等」のことを思い出します。これは、「保険や装備品の費用について、労働者の賃金から天引きする」というもので、明らかに労働基準法第24条(賃金不払)違反でした。それと比較して、タクシー運転手さんの「手数料運転手負担」というのは、少し違うと思います。労働契約書の文言を少し変えるだけで、そのような状況は合法となることが可能です。

(注1)具体的な事例を挙げますが、前提として分かってもらいたいのは、タクシーの運転手の賃金は「オール歩合制」がほとんどだということです。専門用語で「A型賃金」「B型賃金」「AB型賃金」とか色々言うけど、私はオール歩合制(B型賃金)以外のタクシー会社っていうのは知りません。

(注2)リース型賃金体系っていうのもあって、一定の賃金を会社に支払えば、後の売り上げはすべて労働者のものという賃金体系もあります。これはオール歩合給の変形制です。この賃金体系を始めた、関西のタクシー会社の名前から「○〇方式」と呼ばれています。

さて、ここで60%の歩合率のタクシー会社があるとします。「1000円」の売り上げがあれば「600円」が運転手のものです。ここで、「50円のキャッシュレス手数料」が発生したとします。会社側が、この50円について、月額の賃金から控除していれば、それは労働基準法第24条違反になるような気がします。しかし、歩合率そのものを下げてしまえばどうでしょうか。つまり、「キャッシュレス手数料が発生した場合は、歩合率を55%」とするという労働契約にしてしまうのです。これなら、賃金不払いにはならないかもしれません。

また、「売り上げからキャッシュレス手数料を控除した金額から歩合給を算定する」という方式でも、労働基準法違反は発生しないと思われます。

いずれにせよ、ストレートに「運転手がキャッシュレス手数料を支払う」というような労働条件にしているのでなく、「キャッシュレス支払い時の歩合給の賃金体系の変更」で、労働基準法違反ではないと主張できます。

でも、これってある意味言葉遊びです。キャッシュレス社会を推進していくと、この「手数料」という問題は必ず発生します。それを「誰が負担するのか」という部分で「労働者の賃金から負担する」ということは間違っています。

でも、では「会社が負担するのか」ということになれば、それもまたおかしい気がします。国が進める、「キャッシュレス社会」の費用を国民が一方的に負担しなければならないのでしょうか。

キャッシュレス社会への推進役は経産省だそうです。国は「貨幣をなくす」ことで、社会全体の効率を高め、社会的な費用削減を目指しているのでしょう。ならば、この「手数料」の問題こそ、減税等で最優先に取り組むべきことだと思います。

何か、「タクシー運転手さんとの世間話」から「キャッシュレス社会でのあるべき労使関係」というものを考えてしまいました。